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第2章 クリスマスの決意
第7話 飛鳥と隆臣
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「隆ちゃん、おはよー」
マンション前の壁にもたれかかり、スマホを見ている青年に、飛鳥が声をかければ、その人物は、ゆっくりと視線をあげた。
「おぉ……」
少しぶっきらぼうに返事をしたこの青年の名は、橘 隆臣。
飛鳥より一足先に、二十歳になった彼は、飛鳥と同じ大学に通う、大学生だった。
クセのないサラッとした赤毛の髪に、凛々しい顔つき。優しさの中に芯の強さを感じさせる瞳と、低く男らしい声音。
一見、スラッとして見えるが、これが意外と筋肉質で、おまけに身長が180cmと背も高いため、172cmしかない飛鳥からは、軽く見上げる高さだ。
「ごめんね、待った?」
「あぁ、少しだけな」
飛鳥のマンションは、ちょうど隆臣の通学経路にあたる。
そのため、こうして講義の時間が重なる時は、二人で一緒に大学まで通うことがあるのだが…
「飛鳥、お前昨日、怪しいやつの車に乗ってなかったか?」
「ありゃ? なんか、目撃者多数? なんで知ってんの?」
「バイト行く途中で見かけた」
隆臣は土日の昼だけ、母が経営する喫茶店でバイトをしていた。そして、そのバイトにいく途中、飛鳥が乗った車と、すれ違ったのだった。
「あーなるほど。大丈夫、とても親切なお兄さんだったよ。でも、昌樹さんの名前は、ちょっと借りちゃった!」
「は?」
「乗せて、って言ったら、こっちの心配してくるような、すっごくお人好しなお兄さんだったんだけど、車に乗るからには一応、保険かけとこうかとおもって。お兄さん、警視庁警部って肩書き見ただけで、青ざめてたよ」
「……」
悪気なく答える目の前の人物に、隆臣は怪訝な顔を浮かべる。
隆臣の父、橘 昌樹は、警視庁の警部だった。
隆臣と飛鳥は、小学5年の時、隆臣が転校してきた頃からの幼馴染みだ。だからか、当時からよく変質者に狙われる飛鳥のことを、隆臣の父である昌樹も、とても心配していたのだが
「保険に使うな。俺のオヤジも暇じゃねーんだから、それに──」
「わかってるよ。だから、名前借りただけだって! 狭山さん? だっけ? すごくいい人だったし」
申し訳なさそうにするのかと思いきや、そんな素振りは一切見せることなく、飛鳥はマンション前の歩道へと一歩踏み出した。
道路を横断するため、信号機の前に立つが、タイミング悪く「赤」にかわってしまったため、飛鳥は再度、信号機のボタンを押した。
「おい、飛鳥!」
「……!」
すると、信号機の前で、青に変わるのを待つ飛鳥に、隆臣が少し強めの口調で語りかけてきた。
その表情は心做しか、険しい
「……なに?」
「お前はもう少し、考えて行動しろ。何かあってからじゃ、遅いんだぞ」
「……」
何やら、始まり出した説教。
なんとも、耳に痛い。
「ちゃんと、考えてるよ」
「どうだか? あと、いい人は足に使うな。なんか可哀想になってきた、そのお兄さん」
「えー、あっちもモデル勧誘してきたんだし、アイス奢らすくらいイイじゃん」
「アイス奢らせたとか、何だそれ!? お兄さん不憫すぎるだろ!?」
「そう? ほら、世の中、全て等価交換っていうし?」
「等価分交換してないだろ?明らかにお兄さんがリスク負ってるだろ!?」
「えー」
「えーじゃねーよ。そんなことしてたら、またいつか昔みたいに、痛い目みるからな」
「はいはい。ちゃんと、人は選んでるよ? それに、今は昔と違って護身術も身に付けたし、子供の時みたいに、おいそれと攫われたりしないよ? それに、いざとなったら、隆ちゃんに頼むしね!」
そう言って飛鳥は、隆臣を指差し、ニコリと笑う。
「今の隆ちゃんなら、暴漢や変態の一人や二人、楽勝でしょ♪」
「………」
小学生の時から空手をはじめ、高校では都大会でも優勝したこともある隆臣。
その腕を見込んでなのか、笑顔でそう告げた飛鳥に、隆臣は疑心の目を向けると、おもむろに飛鳥の腕を掴む。
「……あぁそうだな。こんな細い腕なら楽に折れそうだ」
「あれ? 折るの俺の腕?」
隆臣は、飛鳥の腕を掴むと「本当にわかってるのか?」とでも言いたそうに、飛鳥を睨み付ける。
元々華奢だが、こうして腕を掴むと、本当に細い。
「お前、もう少し筋肉つけろ!ジム通え、ジム!!」
「無理無理、家のことしなきゃならないし、それに家事って意外と体力使うんだよ」
どこの主婦だ!!
……と、隆臣はつっこみたくなったが、女扱いして機嫌を損ねると、これまた厄介なので、無言でため息をつくにとどまった。
飄々としていて、どこか頼りなくも見えるが、それでも、この男が下の妹弟たちにとって、とても「頼りになる存在」だと言うことを、隆臣は知っている。
幼い頃から、ずっとそうだ。
あの双子を、飛鳥は、ずっとずっと守りつづけているのだ。
この細い腕で──
───ガシッ!!?
「いっ、だッッ!!?」
隆臣が飛鳥の腕を掴んだまま、呆然と考え事をしていると、突然、飛鳥が隆臣の腕をつかみ、明後日の方向にねじり返した。
突然、走った鋭い痛みに、隆臣は顔を顰めると
「いつまで、掴んでんの?」
と言って、子悪魔的に微笑む飛鳥。
だが、その姿には、見た目から垣間見せる、か弱さなんて微塵も感じさせなかった。
「マジかよっ、お前の護身術、完璧ッ、マジ痛い」
「でしょ~?」
飛鳥は「だから、心配しないで」と呟きニコリと笑うと、隆臣の腕からそっと手を離した。
するとタイミングよく、信号も「赤」から「青」にかわる。
「急がなきゃ、講義はじまちゃうよ?」
そう言って、そそくさと信号を渡る飛鳥の後ろ姿を見つめなかがら、隆臣は思うのだ。
昔から飛鳥は、決して他人に弱みを見せたりしない。
「ホント、面倒な奴……」
隆臣は小さくため息をつくと、飛鳥の後を追い、信号を急ぎ足で渡るのであった。
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