神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第2章 クリスマスの決意

第9話 不変と成長

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***


「ただいまー」

蓮が帰宅すると、いつも騒がしい家の中は、シンと静まり返っていた。

華は買い物に行くと言っていた。

兄貴は、きっと隆臣さんと喫茶店か、もしくは夕飯の買い出しにでもいっているのだろう。

「はぁ……」

蓮は、リビングに入ると床に鞄をおいて、そのままソファーにドカッともたれかかった。

家が静かだと、なぜか妙に寂しく感じてしまうのは、気のせいだろうか?

「静かすぎる」

ソファに座り、ゆっくりと瞳を閉じるすると、ふと昨日のことを思い出した。

《なんで兄貴が、彼女作らないのか?本当の理由、知りたい?》

あの時、蓮は、華にを伝えようと思っていた。

だが、華の顔をみたら、なぜか言えなくなった。

伝えたら、きっと、華は無理して背伸びをしてしまうかもしれないと思ったから

あの兄が、彼女を作らない理由。

それは、きっと、なのだろう。

幼い頃から、ずっと兄に守られてきた。

それは、今でも兄の中で、使命感として根付いているのだろう。

「……バカだろ」

それは、誰のことを言っているのか?小さく呟いた蓮の声は、リビングにすっと溶けていく。

夕日が傾き、室内灯をつけていないリビングは、まるで蓮の心に影を宿したように、スーッと薄く暗くなった。


 トゥルルルル!

「……!」

するとそこへ、一本の電話の音が鳴り響いた。基本、この家の電話は、登録している番号以外は着信音が鳴らない。にも関わらず、音がなると言うことは

「もしもし、父さん?」

蓮がナンバーを確認して受話器を取ると、その電話は、遠く海外にいる父からだった。

「……うん。みんな元気だよ。え? あ、そう。クリスマス帰ってこれないの?」

毎年、クリスマスから兄の誕生日にかけて長期休暇をもらって帰ってきてくれる父。

だが、今年は忙しいらしく、それができないらしい。

「いや、大丈夫、兄貴いるし……そう。なら、よかった。兄貴も喜ぶよ」

父の話を聞いて、蓮が笑いながら答える。クリスマスやお正月は帰ってこれないが、兄の誕生日には必ず帰ってくるからと……父は言うからだ。

「うん。受験は2月。多分大丈夫、でも、華は怪しいかも? アイツたまに変なとこミスるから」

蓮が笑いを交えながら話しをすると、受話器からは、変わらない父の笑い声が響いた。

「うん。分かった。じゃぁね、父さん、また──」

それからしばらく何気ない会話をして、蓮は父との電話を切った。

受話器を置くと、今年のクリスマスは兄姉弟だけで過ごすことになりそうだと、蓮はそばにかけられたカレンダーに目をやる。

もうすぐ、兄は二十歳になり、自分達は高校生になる。

きっと、とりまく環境はかわり、いつの日か、クリスマスを家族で過ごすことはなくなるのだろう。

そう思うと、こうして家族と過ごせる時間は、あとどのくらいなのだろう。

当たり前のように来る毎日が、当たり前じゃなくなるのは、一体いつなのだろう───…

「……大人になるって、残酷だな」

早く大人になって、兄を安心させてあげたい。そう思うのに

変わることが、『大人』になるという、その当たり前のことが


───なぜか、すごく怖い








「──蓮?」

ただ呆然と立ち尽くしていると、突如入り口から聞きなれた声が響いた。

リビングにパッと明かりが灯され、蓮が振りかえると、そこには帰宅した兄が、いつものように、柔らかな笑顔を浮かべて、立っていた。

「……電気もつけないで何してんの?怖いんだけど?」

その声に不思議と安心するのは、この人が、幼い頃からずっと、側にいてくれた人だからなのだろう。

「お帰り、今父さんから電話きたよ」

蓮は自分の安堵感に、まるで子供のようだと内心苦笑しつつも、いつも通りを装い返事を返す。

「あー、父さんなんて?」

「クリスマス、帰れないって…」

「そぅ……」

買い出しの帰りなのだろう、兄はスーパーの袋を手にし、リビングからキッチンに移動すると、中のものを冷蔵庫に収め始める。

「まー、そうじゃないかと思ってたよ」

「え?」

「だって、蓮たち春には高校生になるし、入学準備とかで忙しくなるから、春にまとめて休み取るつもりなんだろ、父さん?」

「……」

「……あれ?違うの?」

黙りこくる弟に、冷蔵庫をパタンとしめて、兄が顔を覗かせる。

「そう、かも」

いや、きっとそうだ。あの父のことだから

「……どうかした?」

だが、なぜか元気がない弟。そんな蓮の姿を見て、飛鳥は首をかしげた。

「具合悪い? それとも、父さん帰ってこないのがそんなに寂しい?」

「……具合も悪くないし、さみしくもないよ」

「そう?ならいいけど……」

子供扱いされるのが不快だ。だが、安心もする。

『早く大人になりたい』と思う自分と、『まだ、このままでいたい』と願う自分が

心の中で葛藤する───…

「なんか今日変だよ? 寂しいなら寂しいで素直になればいいのに。俺は寂しいよー、父さんに会えないのはー」

「ホントかよ、それ」

「ホントホント♪」

ニコニコと恥ずかしげもなく放つ言葉は、どこまで本当なのか?あまり信用できるものではない。

兄はわがままだし、口も悪いし、怒ると怖いし、機嫌が悪いときは、すごくめんどくさい。

たまに、嫌になることもあるし、喧嘩をすれば、取っ組み合いになることもある。

だけどそれでも……それでもやっぱり



兄は優しいのだ──





「ねぇ、兄貴……なんで、彼女作らないの?」

「……」

不意に放たれた弟の言葉。

その問に、一瞬、言葉を詰まらせた飛鳥が、冷ややかな視線をむける。

「………また、その話?」

「俺たち、もう、兄貴が思うほど、子供じゃないよ……だから……俺たちに、気を使わなくて……いい、から……っ」

そう言って、絞り出すような小さな声を発すると、蓮は兄の横をすり抜け、逃げるようにリビングを後にした。

飛鳥は、そんな弟の背中を視線だけで追いかけ、ただ無言のまま、リビングの扉が閉まるのをみつめていた。

「…………」

弟から放たれた言葉は、少し耳に痛かった。

別に気を使っているつもりはない。

ただ、ひとつ言えるとすれば、自分たちは、のかもしれない…

居心地が良いばかりに、変わるのを恐れてしまう。

まだ、子供のままでいてほしいと、願ってしまう。

きっと、大人にならなきゃいけないのは──



「……俺の、ほうかもね」

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