9 / 509
第2章 クリスマスの決意
第9話 不変と成長
しおりを挟む***
「ただいまー」
蓮が帰宅すると、いつも騒がしい家の中は、シンと静まり返っていた。
華は買い物に行くと言っていた。
兄貴は、きっと隆臣さんと喫茶店か、もしくは夕飯の買い出しにでもいっているのだろう。
「はぁ……」
蓮は、リビングに入ると床に鞄をおいて、そのままソファーにドカッともたれかかった。
家が静かだと、なぜか妙に寂しく感じてしまうのは、気のせいだろうか?
「静かすぎる」
ソファに座り、ゆっくりと瞳を閉じるすると、ふと昨日のことを思い出した。
《なんで兄貴が、彼女作らないのか?本当の理由、知りたい?》
あの時、蓮は、華に本当のことを伝えようと思っていた。
だが、華の顔をみたら、なぜか言えなくなった。
伝えたら、きっと、華は無理して背伸びをしてしまうかもしれないと思ったから
あの兄が、彼女を作らない理由。
それは、きっと、自分達のせいなのだろう。
幼い頃から、ずっと兄に守られてきた。
それは、今でも兄の中で、使命感として根付いているのだろう。
「……バカだろ」
それは、誰のことを言っているのか?小さく呟いた蓮の声は、リビングにすっと溶けていく。
夕日が傾き、室内灯をつけていないリビングは、まるで蓮の心に影を宿したように、スーッと薄く暗くなった。
トゥルルルル!
「……!」
するとそこへ、一本の電話の音が鳴り響いた。基本、この家の電話は、登録している番号以外は着信音が鳴らない。にも関わらず、音がなると言うことは
「もしもし、父さん?」
蓮がナンバーを確認して受話器を取ると、その電話は、遠く海外にいる父からだった。
「……うん。みんな元気だよ。え? あ、そう。クリスマス帰ってこれないの?」
毎年、クリスマスから兄の誕生日にかけて長期休暇をもらって帰ってきてくれる父。
だが、今年は忙しいらしく、それができないらしい。
「いや、大丈夫、兄貴いるし……そう。なら、よかった。兄貴も喜ぶよ」
父の話を聞いて、蓮が笑いながら答える。クリスマスやお正月は帰ってこれないが、兄の誕生日には必ず帰ってくるからと……父は言うからだ。
「うん。受験は2月。多分大丈夫、でも、華は怪しいかも? アイツたまに変なとこミスるから」
蓮が笑いを交えながら話しをすると、受話器からは、変わらない父の笑い声が響いた。
「うん。分かった。じゃぁね、父さん、また──」
それからしばらく何気ない会話をして、蓮は父との電話を切った。
受話器を置くと、今年のクリスマスは兄姉弟だけで過ごすことになりそうだと、蓮はそばにかけられたカレンダーに目をやる。
もうすぐ、兄は二十歳になり、自分達は高校生になる。
きっと、とりまく環境はかわり、いつの日か、クリスマスを家族で過ごすことはなくなるのだろう。
そう思うと、こうして家族と過ごせる時間は、あとどのくらいなのだろう。
当たり前のように来る毎日が、当たり前じゃなくなるのは、一体いつなのだろう───…
「……大人になるって、残酷だな」
早く大人になって、兄を安心させてあげたい。そう思うのに
変わることが、『大人』になるという、その当たり前のことが
───なぜか、すごく怖い
「──蓮?」
ただ呆然と立ち尽くしていると、突如入り口から聞きなれた声が響いた。
リビングにパッと明かりが灯され、蓮が振りかえると、そこには帰宅した兄が、いつものように、柔らかな笑顔を浮かべて、立っていた。
「……電気もつけないで何してんの?怖いんだけど?」
その声に不思議と安心するのは、この人が、幼い頃からずっと、側にいてくれた人だからなのだろう。
「お帰り、今父さんから電話きたよ」
蓮は自分の安堵感に、まるで子供のようだと内心苦笑しつつも、いつも通りを装い返事を返す。
「あー、父さんなんて?」
「クリスマス、帰れないって…」
「そぅ……」
買い出しの帰りなのだろう、兄はスーパーの袋を手にし、リビングからキッチンに移動すると、中のものを冷蔵庫に収め始める。
「まー、そうじゃないかと思ってたよ」
「え?」
「だって、蓮たち春には高校生になるし、入学準備とかで忙しくなるから、春にまとめて休み取るつもりなんだろ、父さん?」
「……」
「……あれ?違うの?」
黙りこくる弟に、冷蔵庫をパタンとしめて、兄が顔を覗かせる。
「そう、かも」
いや、きっとそうだ。あの父のことだから
「……どうかした?」
だが、なぜか元気がない弟。そんな蓮の姿を見て、飛鳥は首をかしげた。
「具合悪い? それとも、父さん帰ってこないのがそんなに寂しい?」
「……具合も悪くないし、さみしくもないよ」
「そう?ならいいけど……」
子供扱いされるのが不快だ。だが、安心もする。
『早く大人になりたい』と思う自分と、『まだ、このままでいたい』と願う自分が
心の中で葛藤する───…
「なんか今日変だよ? 寂しいなら寂しいで素直になればいいのに。俺は寂しいよー、父さんに会えないのはー」
「ホントかよ、それ」
「ホントホント♪」
ニコニコと恥ずかしげもなく放つ言葉は、どこまで本当なのか?あまり信用できるものではない。
兄はわがままだし、口も悪いし、怒ると怖いし、機嫌が悪いときは、すごくめんどくさい。
たまに、嫌になることもあるし、喧嘩をすれば、取っ組み合いになることもある。
だけどそれでも……それでもやっぱり
兄は優しいのだ──
「ねぇ、兄貴……なんで、彼女作らないの?」
「……」
不意に放たれた弟の言葉。
その問に、一瞬、言葉を詰まらせた飛鳥が、冷ややかな視線をむける。
「………また、その話?」
「俺たち、もう、兄貴が思うほど、子供じゃないよ……だから……俺たちに、気を使わなくて……いい、から……っ」
そう言って、絞り出すような小さな声を発すると、蓮は兄の横をすり抜け、逃げるようにリビングを後にした。
飛鳥は、そんな弟の背中を視線だけで追いかけ、ただ無言のまま、リビングの扉が閉まるのをみつめていた。
「…………」
弟から放たれた言葉は、少し耳に痛かった。
別に気を使っているつもりはない。
ただ、ひとつ言えるとすれば、自分たちは、仲が良すぎたのかもしれない…
居心地が良いばかりに、変わるのを恐れてしまう。
まだ、子供のままでいてほしいと、願ってしまう。
きっと、大人にならなきゃいけないのは──
「……俺の、ほうかもね」
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる