神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【第1部】第1章 神木家の三兄妹弟

第5話 お兄ちゃんと双子ちゃん

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 その後、そこから暫く進み、本来の目的地である自宅マンションの中に入ると、少年は、エントランスを抜けエレベーターに乗った。

 我が家は、10階建てマンションの7階。エレベーターに乗った少年は、ふぅと息をつくと、壁にもたれかかる。

「……疲れた」

 人混みもだが、スカウトやナンパにも疲れた。目を細め、腕につけた時計を見れば、買い出しに出掛けてから、もう一時間半が経過していた。

(……ヤバい。またあいつらに小言言われるかも)

 家で待つのことを思い、アイスの箱を手にした右手に力がこもる。やっぱり、日曜に街をうろつくのは無謀だったと、今更ながらに気づいても遅いのだが、自分の容姿は相も変わらず目につくものだと、少年はエレベーターに備え付けられた鏡を見つめ、一人苦笑する。

 利用できるものは何でも利用するし、自分が他よりも『可愛い』のも認めるが、モデルを勧められるのだけは、幼い頃を思い出して、未だに嫌悪感を抱く。

 もう、あんなに昔のことなのに──…


「ホント……バカだな」




 ピンポン──

 ボソリと呟いた瞬間、エレベーターが7階についた。少年は気持ちを切り替えエレベーターから降りると、廊下を清掃中だった館内整備の女性に声をかけられた。

「あら、飛鳥あすかくん。おかえりなさい」
「ただいま、瀬戸山さん。いつも御苦労様です」

 飛鳥くん──と呼ばれた少年は、にこやかに挨拶をすると、その女性とすれ違う。

 ここは、海外へ単身赴任中の「父」が、子供たちを身を案じて借りた「セキュリティマンション」だった。

 防犯に特化しているのは勿論、マンション内はいつも掃除が行き届いており、一階エントランスには、警備員も常駐しているため、神木家の長男である彼『神木 飛鳥かみき あすか』にとっても、家の中はとても安心できる空間だった。



「ただいま~お兄ちゃん帰ったよ~」

 家の前につくと、飛鳥は、鍵を開け家の中に足を踏み入れた。ブーツを脱ぎ玄関を上がると、勉強をしている妹達の様子はどうだろうかと、リビングの方へと視線をあげた。

「飛鳥兄ぃぃ!!」
「!?」

すると、その矢先。勢いよくが飛び出してきた。

「ぅ、っう……お、兄ちゃぁぁんっ」
「え? 華、どうしたの!?」

 帰るなり、泣きながら自分の胸にしがみつきいてきた妹。それを見て、飛鳥は目を丸くする。

「…ぅ…私っ、ごめんねっ、私、知らなくて、お兄ちゃんが……お兄ちゃんがぁぁ…っ!!」

「え? 俺……が、なんなの??」

 今にも溢れそうな涙を浮かべて、謝る妹。しかもその原因は自分にあるらしい。

 何かあったのだろうか?

 飛鳥は、とりあえず抱きつく華の髪をそっと撫でる。すると、その華の後を追うように、リビングから弟の蓮がでてきた。

「ぁ、兄貴…っ」

「蓮、どうしたのコレ?」

なにやら曇顔で出てきた弟を見つめ、飛鳥が問いかける。すると蓮は

「……実は、華が『なんで兄貴は彼女作らないんだろう』とか言うから──」

「?」

「兄貴は、ってついたら、華のやつ、マジで信じちゃったんだよね……ほんと、ゴメーン」

「……」

 全く謝る気のない棒読み加減のゴメーン。

「……は?」

「大丈夫だよっ飛鳥兄ぃ!! 私、に偏見なんてないから、飛鳥兄ぃが、連れてきても、ちゃんと受け止めるよ!! 本当は、お義兄さんでも、お義姉さんと、言って見せるよ!!!」

「いやいやいや、ちょっとまって!?」

 言葉を遮り、発せられた華の言葉に、飛鳥は瞠目する。

 ほんの二時間足らずの外出しただけで、とんでもない疑いをかけられていた。

 しかも、なぜか勝手に「男が好きなお兄ちゃん」にされていた!

「蓮!! お前、華をからかうのやめろ! こいつ、お前の言うことは、すぐ本気にするんだから!」

「うん。知ってる。でも、と思う」

「え? なんで?」

の車で帰ってきたから」

「……」

 その言葉に、飛鳥は先程の狭山とのことを思い出した。

 うん。確かに帰ってきた。車で……

「み……見てたの?」

「うん。アレみて、俺が『彼氏かなー』っていったら、華が青ざめて泣き出して発狂して、収集つかなくなった。兄貴さ──マジで、そうなの?」

「違うから!!!」

 戸惑いと疑惑の目を向ける弟に、飛鳥はそれを間髪いれず否定する。

 こっちは、少しでも早く帰ろうと思い、車を利用したと言うのに、なんてことだ。

 だが、飛鳥はこみあげる怒りを必死になって静めると、なんとか事態を収集させなくてはと、泣いている華に語りかける。

「華、お前も蓮の嘘に騙されちゃダメだよ」

「え? 嘘なの? 違うの?」

「違うよ」

「え? いけるってこと?」

お前は、黙っててくれる!?」

 ニッコリと黒い笑顔を浮かべ、飛鳥は蓮の胸ぐらを掴みあげる。

 これ以上、話をややこしくされたらたまらない。

「ぁ……怒った?」
「怒るよね、普通」

 いつもより低い声を発して微笑む兄。

しまった。からかいすぎたかもしれない。蓮が苛立つ兄を見て、焦りの表情を浮かべた。

 言ってはなんだが、日頃にこやかな分、兄は怒るとかなり怖いのだ。

「……ご、ごめん兄貴! それより外は大丈夫だった!?」

 蓮は「これはマズい」と慌てて謝罪の声をあげると、自分の胸ぐらを掴んだ兄の手が思ったよりも冷たかったようで、続けて心配の声を発する。

 すると、それを聞いた華も、思い出したかのように、飛鳥の前に身を乗り出し謝り始めた。

「あ! そうだ、飛鳥兄ぃごめんね!日曜日こんな日に、アイスを買いにいかせたりして!!」

 別に、じゃんけんに負けたのは飛鳥なので、二人は何も悪くないのだが、流石にこのモテまくる兄を休日の中心街にさ差し向けたことを申し訳なく思ったのだろう。

 先程とは一変して心配の声をあげた華と蓮を見て、飛鳥は小さく息を吐く。

 飛鳥の5つ下の双子、華と蓮──

 姉の華は、天真爛漫で少し勝ち気な性格をしているが、弟の言葉にすぐに騙される天然な部分があり、弟の蓮は、日頃、冷静な性格をしているのだが、悪ふざけが好きで、よく兄や姉ををからかって遊ぶ。

 喧嘩もたまにはするが、それでも、自分達兄妹弟きょうだいの仲は、決して悪くはない。 

 それに、そんな風に謝られると、不思議と怒る気にはなれず、飛鳥は全身から、すっと力が抜けるのを感じると、掴んでいた蓮の首もとから、そっと手を離した。

「大丈夫だよ、あのくらい慣れてるし」

「でも、飛鳥兄ぃ今日普通の格好で出掛けたでしょ!」

「あー…地味な格好してでたんだけど、日曜に出掛けるの久々だったから、自分の可愛さ、ちょっとなめてた」

「何人?」

「3人? おかげで冬なのにアイス溶けちゃった」

「えー! 溶けてるのー!?」

「だから、に、買わせてきたよ♪」

「あ! サンキューのアイスだ~♡」

「おー。さすが、兄貴」

 買ってきた(買わせてきた)アイスを、妹に手渡すと、飛鳥はコートを脱ぎながら、玄関からリビングへと移動する。

 玄関から真っ直ぐに進んだ先にある扉をあけると、そこには広々としたリビングダイニングがあった。

 入って右側には、カウンター付きのキッチン。そして、そのカウンターに添うように、4人がけのダイニングテーブルが置かれていて、左側のリビングスペースには、3人がけのソファーと、チェストとテレビ。

 そして、ソファーとテレビの間にあるローテーブルの上には、散らばった勉強道具と漫画。

(……さては、勉強さぼってたな)

 隠されもしないサボりの残骸を見て飛鳥は眉をひそめる。勉強、終わらせとけと言ったはずなのに、見事この有様だ。

「飛鳥兄ぃ。外、寒かったでしょ~?」
「コーヒーでいい?」

 だが、兄の帰りを待ってました!と言わんばかりに、キッチンでわいわいとコーヒーを入れはじめた双子の姿を見ると、不思議と毒気を抜かれてしまう。

(……ま。いっか)

 飛鳥は、そう小さく呟くと、その後いつものように「コーヒーでいいよー」返事をし、コートをハンガーにかけると、そのままキッチンのダイニングテーブルに腰かけた。

 なんだかんだ言っても、やはりこの家は、居心地がいい。

だが……

「あれ? そういえば兄貴、そのは、どうしたの?」

「え?」

不意に問われた蓮のその言葉を聞い、飛鳥は、きょとんと目を丸くする。

そして、しばらく思考を巡らせると

「あー……そういえば、に忘れてきた……かも?」









***




「ちょっとー狭山さん! このアイス溶けてるじゃないですか~」

 その頃狭山は、今まさに同僚である女子社員に、飛鳥が忘れたアイスを振る舞ったところだった。

「こんな寒いのに、溶けます普通?」

「うるせーよ! いっとくけど、そのアイス、お前たちが喜びそうなが買ったアイスだからな。ありがたく食え」

「えーじゃぁ、なんでスカウトしてこないのよ!? そのイケメン~!!」

「そうですよ~仕事してくださいよ~!」

「してきたっつーの!!」

 20代の若々しい女子社員が二人、狭山をからかいながら、溶けかけたアイスを食べる。

 それでも、文句を言いながらも満足そうにアイスを食べる女子社員の話に耳を傾けながら、狭山は、まだ目を通していない書類を手に取った。

「狭山さんは食べないの? あと一つは残ってるけど?」

「いや、俺はいい」

「そう、じゃぁ……」

 端的にはなった狭山の言葉に、女子社員は、三つあったうち一つだけ残ったアイスをみつめると、その後デスクから立ち上がり、事務所奥の来客コーナーにいるある人物に声をかけた。

「ねぇ、、アイス食べない?」

 その声につられ、狭山が来客コーナーに視線をむける。

 すると、そこには、が一人座っていた。ふんわりとした髪をサイドで高く結いツインテールにしており、服装も紫と黒のワンピースと、実にモデルらしい身なりをしていた。

 年は3~4年生くらいだろうか?みるからに、可愛らしい少女……

(なんか、似てるな……)

 その少女を見つめ、狭山は今日出会った少年のことを思い出す。

 雰囲気や顔立ちに、彼ほどの華やかさはないが、その少女の髪の色は、今日あった、の髪の色と、よく似ている気がした。

 金髪だが、ほのかな赤みがはいっており、確か『ストロベリーブロンド』とか言う、地毛なら実に珍しい髪色だ。


(まーモデル志望なら、染めてく子もいるしな)

染めた髪なら特段珍しくはない。

まぁ、あのは「地毛だ」といっていたが…

「狭山さん、コーヒーどうぞ?」
「あ、ありがとう」

 すると、丁度女子社員がコーヒーを運んできて、狭山は何気なしにその少女について問いかける。

「あの子、誰かスカウトしてきたの?」

「あの子? あー、エレナちゃんですか? いえ、元々別の事務所でモデルをしていたらしいんですが、上手くいかなかったみたいで、そちらの事務所を辞めて、先日うちにお母さんと一緒にオーディション受けにきたんですよ」

「母親と?」

「ええ。でも、エレナちゃん本当に可愛いんで、オーディションも楽々通過して、今日は面接を受けに。さっき、あの子のヒアリングが終わって、今はお母さんが社長と今後について話してますよ」

「へー」

 この業界なら、別に珍しいことではない。あの年齢で、モデルやアイドルになりたいのなら、やはり親がそれなりに動かなくては大成しないからだ。

「エレナちゃん? もしかして、アイス、嫌い?」

 すると、そこにまた来客コーナーから声が聞こえて、狭山は再び少女に視線を移す。

「ぁ……いえ…っ…ごめんなさい。私、お菓子とか……食べちゃ……ダメなんです……っ」

「あ、そっか。まぁ、モデル目指してるなら、スタイル維持は基本だもんね~!」

 アイスを進める女子社員を見上げ、申し訳なさそうに「エレナ」が断ると、その少女を見つめ、狭山は目を細めた。

「可哀想に……」

「え? なにがですか、狭山さん?」

 エレナを見つめ、独り言のように呟いた狭山の言葉。それを聞いて、女子社員は、ただただ疑問を抱くばかりだった。


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