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【第1部】第1章 神木家の三兄妹弟
第2話 少年と狭山さん
しおりを挟む「え?」
その瞬間。にっこりと笑って告げられたその言葉に、狭山は耳を疑った。
お……男??
「ぁー、心は男だけど、身体は的な?」
「違うよ」
「じゃぁ、男の娘的な、アレかな?」
「……なに? お兄さんバカなの?」
そう言って、少し小バカにするようにクスリと笑った女性は、にこやかに、だが決して笑っているとは言えない視線をむけて迷惑そうに答えた。
「俺、髪は長いけど、スカート履いてるわけじゃないし、胸だってないんだけど?」
「……」
確かにお世辞にも胸があるとは言えなかった。それも貧乳でもなく、真っ平ら、もはや絶壁の粋に達する。
しかも、改めてよく聞けば、その唇から漏れる声も、女性にしては少しハスキーな声をしてる気がした。
服装もジーンズに、紺のダッフルコートに、グレーのマフラーといった至ってシンプルな出で立ち。女性が着るには、些かボーイッシュすぎる。
身長も176cmある狭山よりも、少し低いくらいなので、170cmちょっとと言ったところだろう。
スラリとした華奢な身体付き。だが、女性特有の柔らかさがあるわけではなく、その服装や体格、それは確かに「彼女」が「彼」であることを物語っていた。
そして、目の前の「美女」が「男」だと理解した狭山は、口をぽかんと開けて絶句する。
4時間半さまよった挙句、やっと見つけた「千年に一度の美女」が、まさかの男!!
もはや、開いた口が塞がらなかった。
「ま。そういうことだから。残念だったね、お兄さん♪」
すると、少年は再びニコリと笑うと、ひらりと踵を返し、軽く手を上げサヨナラをする。
自分の元から立ち去る少年の後ろ姿を見つめながら、狭山はふと考える。
確かに自分が探していたのは、モデルの卵になりうる女の子なのだ。
だが──
「ちょっと待って!! ストーップ!?」
「い──ッ!?」
止まった思考が再び動き出すと、狭山は少年のマフラーを掴み、強引に引き止めた。
マフラーを引っ張られたことで、自動的に首が絞まると、少年は咄嗟に足を止め、食い下がる狭山を見つめ、声を荒らげる。
「ちょっと、なにす──」
「待って、お願い!! 大丈夫!! もうこんなに綺麗なら男の子でもいい! 男の子でもいいから! お願い! お茶だけでも! せめて話だけでも!!」
「……」
少年の言葉を遮り、もう性別なんてどうでもいいと言わんばかりに、マフラーを離すことなく懇願する狭山。
「なにあれ、ナンパ?」
「あの子、男の子なんでしょ?」
しかも、こんな街中で人目も憚らず大声を上げるものだから、行き交う人々がチラチラと二人を盗み見ては、なにやら誤解めいたことを話していた。
コレはあれだ。確実に男が男をナンパしていると思われている。
「お願い!! ちょっとだけ!! 10分で、いや、5分でもいいから!!」
だが、そんな世間の目には一切気づくことなく、神や仏に拝み倒す勢いで手を合わせる狭山。
それを見て、少年は一瞬だけ考えると、その後、狭山の前にそっと何かを差し出してきた。
「ねぇ、コレなんだと思う?」
「え?」
コレと言われて、狭山がその差し出された手の先を見ると、そこにはスーパーの物と思われる白いビニール袋が握られていた。
「これ、アイスなんだけど、お兄さんのせいで溶けちゃったかも? どうしてくれんの?」
「え?」
お兄さんの──せい?
「いや、こんなに寒くて溶けるわけないよね?」
「いやいや、もう溶けてるよ。それに、ちゃんとしたアイス買ってかなきゃ、俺、妹に罵倒されるんだけど?」
***
「いらっしゃいませー」
それから暫くして、狭山とその少年が訪れたのは、すぐ近くにあったアイスクリームショップだった。
自動式の扉が開くと、客を出迎えるチャイムがカランカランと軽やかな音を奏でる。
女性客でにぎわった店内は、暖房が効いているため、程よく温かく、何時間も冷たい風にさらされた狭山には、まるで天国だった。
だが、少年が先に店内に入ると、その後に続いた狭山の顔は、なぜかとても引きつった顔をしていた。
(この子、美人だけど、性格マジ悪魔だ)
ほぼ恐喝に近いお願いを聞き入れた狭山は、なぜか今日初めて会った少年に、アイスを奢ることになってしまった。それも、コンビニアイス等ではなく、サンキューワンのちょっとお高いアイスだ。
(スカウトは上手くいかないし、アイス奢らさせられるし、今日は厄日か、てか真冬にアイスとか)
「お姉さん、コレ3つくださーい」
狭山が、財布片手にブツクサと独り言をいっていると、その横で少年は悪びれる様子もなく3人分のアイスをしっかりと注文していた。
そんな少年の横顔を見つめ、狭山は本日何度目かのため息をつく。
あまりに傍若無人な振舞いにもかかわらず、なぜか許せてしまうのは、彼にそれだけの魅力があるからなのか?
確かに、彼はとてつもなく華があるし、何気ない姿でも自然と絵になり、目を奪われる。
容姿が美しいだけでなく、その仕草や物腰も実に優雅で、アイスを指さすその指先ですら、美しいと感じてしまうほどなのだ。ならば、今この店にいる客や店員のほとんどが、彼に視線を集中させているのも頷ける。
(モデル始めたら、すぐに売れちゃうだろうなー)
その整った中性的な横顔を見つめながら、狭山は呆然と考える。
男でも、女でもいけそうな見た目。これなら、ある意味、男女問わず人気を博しそうだ。……となると、はやりこんな逸材を、このまま逃すわけにはいかない。
「ねえ、君いくつなの?」
狭山は、少年をチラリと流しみると、何気ない世間話から始め、スカウトの仕事を再開することにした。
「えーと、今は19。でも、来月20歳になるよ」
すると、アイスを待つ間、特にすることもなかったからだろう、少年は素直に返事を返してきた。
「え!? 20歳!? マジかよ! 高校生くらいだと思った!?」
「あはは、よく言われる」
「目青いけど、ハーフなの?」
「……違うよ、クォーター。おじいちゃんだか誰かが、イタリア人だかフランス人だか?」
「へー。ねーモデルする気ない?」
「ない」
「じゃ、タレントとか?」
「ないない」
「えーもったいないって!」
「うん。それもよくいわれるけど…俺モデルとか、死んでも嫌だから」
「死んでも!? そんなに毛嫌いすること!? モデルって一部じゃ憧れの職業なんだけどぉ!!?」
にっこり笑って拒絶の言葉を放った少年に、狭山は本日何度目かのクリティカルヒットを食らった。
だが、それでも狭山は折れない。
「あのさ、本当にもったいないよ。君すごく綺麗だし、モデルしたら絶対人気出るよ?」
「……だろうね。でも俺、他にやりたい仕事あるし」
「え?」
どこか遠くを見つめ、ぼそりと呟いた少年の言葉に、狭山は素直に興味をひかれた。
この美少年が目指している「仕事」とは、果たしてどんなものなのだろうか?
「なにか、目指してんの?」
そう言って顔を覗き込む。すると少年は、再びにこりと笑って
「うん。保育士」
「…………」
一瞬の沈黙ののち
「保育士ぃぃぃ!!?」
そのあまりに意外すぎる職業に、狭山は少年の肩をつかみ、目を血走らせた。
どう見ても、保育士の見た目ではない。だって、こんな金髪碧眼の保育士、見たことない!!
「いやいやいや、その顔で何言ってんの!? ダメだから! 幼稚園、大変なことになりそうだから!! 奥様にモテて、不倫とか禁断の恋とか始まったらどうす──ていうか、ハーレムでも作るの!?とんでもないマダムキラーなの!?」
「お兄さん、なに興奮してんの? キモい。警察呼ぶよ」
「いやいや、保育士はすごく素敵な仕事だよ! でもさぁ、君にはもっと芸能界とか、華やかな仕事の方が向いてるって! なんで保育士なの!?」
「そりゃ、子供が好きだからでしょ?」
「子供の扱いが、上手いようには見えない」
「失礼。これでも子供の扱いには慣れてるんだよ」
「え?まさか、その歳で子供いるの!?」
「……」
その言葉に、少年は再び柔らかく微笑むと、狭山の耳元にそっと顔を近づける。
「……いるよ。可愛い可愛い、双子ちゃん達がね?」
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