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第11章 恋と雨音
第446話 温もりと大人
しおりを挟む「な、なんでいるんだよ!?」
明らかに夢じゃないと気づいた瞬間、蓮は叫んでいた。
あれだけ、デートに行けと言った。
それなのに──
「そんなに大声だすなよ。病人だろ」
「だって、兄貴が……!」
「はいはい。悪かったよ、言うこと聞かなくて」
軽くあしらいつつ扉を閉めると、飛鳥は、ローテーブルにお盆を置き、その後、蓮の額に、そっと手を伸ばした。
兄の優しい手が、静かに弟の肌に触れる。
すると、その瞬間、蓮は、ぐっと息をつめた。
ほっとしてるが分かった。この兄の手に──
幼い頃から、ずっとずっと傍にいてくれた母親のような人に、身体は勝手に安心してる。
でも──
「なんで、行かなかったんだよ……っ」
悔しそうに唇を噛み締め、蓮が、苦渋の言葉を発した。
足を引っ張りたくなかった。
兄の幸せのためにも、行かせなきゃいけなかった。
それなのに──
「さっきよりは、熱下がったかな? 食欲はある?」
だが、兄は平然とした様子で蓮から手を離すと、普段と変わらない穏やかな笑みをうかべた。
デートに行けなくなったことを、一切責めることなく、兄はいつものように優しく笑う。
その上、卵粥の香りのせいか、さっきまで全くなかったはずの食欲すら、不思議と湧いてくる。
だけど、そんな自分が情けなくて、蓮は、反抗期の子供のように、兄に向かって反駁する。
「何やってんだよ! 今日、優先すべきなのは、俺じゃないだろ!」
これじゃ、今までと何も変わらない。
「あかりさんに、嫌われたらどうすんだよ……もっと、自分のこと優先しろよ。それとも兄貴は、まだ、俺たちに、子供のままでいてほしいの?」
「………」
その言葉に、飛鳥は目を細めた。
それは、あの日、打ち明けた話。
エレナを初めて、二人に合わせたあの日、一緒に、弱い心を曝け出した。
でも──
「そうだね。昔は、子供のままでいて欲しいと思っていたかな。そうすれば、ずっと、あの頃のままでいられたから」
脳裏に過ぎるのは、まだ、小さかったこの子達が『お兄ちゃん!』と言って、抱きついてきた頃のこと。
温かくて、優しくて。
泣きたくなるくらい、幸せな時間。
もしも、あの頃のままでいられたら
きっと、大人にならなければ
こんなにも、悩むことはなかった。
でも──
「もう、あんなこと言ったりしないよ。それに、どうして俺が、あかりを好きになったか……分かる?」
「え?」
優しく微笑みながら、再度、飛鳥が問いかければ、蓮は目を見開いた。
──どうして、好きになったのか?
その言葉に、蓮は
「えっと……母さんに、似てるから?」
「え?」
「あれ、違う? じゃぁ、胸が大っきいから?」
「お前、もう少し、まともなこと言えないの?」
これは、熱のせいだろうか?
いや、違うだろう。
すると飛鳥は、呆れつつも、ハッキリと答える。
「あかりは、俺の大切なものを、一緒に守ろうとしてくれるんだよ」
「守る?」
「うん。今日、蓮が熱を出したっていったら『傍にいてあげてください』って言ってきたのは、あかりの方……あかり、すごく心配してたよ……それに、エレナの時もそうだった。もう関わるなって、わざわざ釘まで刺したのに、ミサさんの元に行って、エレナを守ってくれて……あかりは、俺が大事にしているものを、よく理解していて、一緒に守ろうとしてくれる……隆ちゃんも、そうだけど、そんな人と出逢えるのは、そうある事じゃないよ」
「……っ」
その兄の言葉に、蓮はくちびるを噛み締めた。
誰だって、大切なものがある。
でも、その大切なものが、それぞれ違うからこそ、人は衝突し、争うことがある。
自分を理解してくれて。
自分と同じ価値観を持って。
自分の大切なものを、同じように大切にしてくれる。
そんな人と出会えることが、どれほど尊いことか、兄はよく分かってるのだろう。
だからこそ、兄は
あかりさんに惹かれたのかもしれない。
あかりさんは俺たちのことも
大切にしてくれる人だから──…
「兄貴が、人を好きになる基準って、家族なの?」
「そうだよ」
「そうだよって、おかしいだろ」
「なんで? 別に、おかしくはないだろ。誰かを好きになる基準は、人それぞれだよ」
「それぞれ?」
「うん。例えば、イケメンがいいとか。可愛い子がいいとか。あとは、優しい人がいい。食べ物の好みが合う人がいい。趣味が合う人。年収が高い人。スポーツが得意な人……人の好みって、それぞれだろ。だから、人が人を好きになる基準も様々だよ。そして、その基準が、俺の場合は『家族を大切にする人』だっただけ」
「……家族」
「うん。だから、デートに行けなくなったくらいで、お前が、そんなに落ち込む必要はないよ。あかりなら、分かってくれるから」
安心させるように微笑んだ飛鳥は、その後、ポンポンと蓮の頭を撫でたあと、お粥を差し出してきた。
ほのかに湯気がたつお粥は、いつも兄が作ってくれるもの。
「少しでも食べて。それとも、食べさせて欲しい?」
「……っ」
だが、これまた子供扱いされて、蓮は眉をひそめた。
確かに、子供の頃は、兄が食べさせてもらっていた。
だが、もうそんな歳ではない!
蓮は、差し出されたお粥を奪い取ると
「自分で、食べれる……!」
そう言って、お粥をレンゲで掬って、すぐさま口に運ぶ。
程よい温かさの粥は、卵と絡まりあって、優しい味が口の中、いっぱいに広がった。
(……やっぱ、うまい)
風邪をひいた時に作ってくれる兄のお粥は、絶品だった。
愛情がこもってるからか、心做しか、体調も楽になったような気になって、蓮は、二口目を口に運ぶ。
そして、そんな蓮の姿を、飛鳥は、ほっとしたように見つめていた。
きっと、映画を見に行っても、蓮が心配で、集中出来なかっただろう。
そして、今回の件で、前よりも更に、あかりのこと好きになったような気がした。
絶対に、手離したくないと思ってしまうほどに──…
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