神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第11章 恋と雨音

第442話 甘い声と一人暮らし

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「はい」

 それから暫くして、あかりの声が聞こえてきた。
 
 穏やかで優しい声。その癒されるような声を聞いて、飛鳥は静かに目を閉じる。

(……どうしよう)

 かけるだけかけて、また迷ってしまったのは、華に『嫌われるよ』と言われたからかもしれない。

 自分でも、よくわかってる。

 こちらから誘っておいて、土壇場でキャンセルをするなんて、どう考えても心象が悪い。

 でも、蓮のことが心配なのも確かで──

『神木さん……ですよね?』  

「…………」

 すると、何も言わない飛鳥に、今度は、あかりの方から話しかけてきた。

 すると、このまま無言を貫く訳にはいかないと、飛鳥は、意を決して言葉を発する。

「あのさ……もう準備はした?」

『はい。先ほど準備は終わりました。今日は、駅で待ち合わせでしたよね?』

「…………」

 準備は終わった──そう告げられ、飛鳥は二の句が告げなくなる。

 まだ、身支度をしていなければ良かったけど、出かける準備を終えたあととなると──

『神木さん?』

 すると、またもや黙り込む飛鳥に、あかりが首を傾げながら、問いかけた。

 なんとなく、様子がおかしいとおもったのか?
 あかりは、その後

『なにかあったんですか?』

 そう、不安げな声で聞いてきた。

「えっと……っ」

 だが、その言葉に続くことができず、飛鳥は、また黙り込む。

「………」
『………』

 そして、ひたすら長い沈黙が続く。
 それは、まるで、お互いの反応をさぐるように

『もしかして、具合が悪いとかですか?』

 すると、それからしばらくして、また、あかりの声が響いた。

 どうやら、普段とは違う飛鳥の反応に、飛鳥自身の体調が、よく良くないとおもったらしい。すると、飛鳥は

「いや……俺は大丈夫。ただ、蓮が熱を出して」

『え?』

「今日、学校、休んでるんだ、蓮。熱も、朝よりも上がってて」

 迷走する声が、ひたすら続く。

 もう高校生の弟を、ここまで心配する自分は、やはり、おかしいのだろうか?

 いつまでも家族に依存してはいけない。
 いい加減、双子離れをしないといけない。

 でなくては、華と蓮にも、うざったく思われるかもしれない。

 しかし、誰かが体調を崩すと、たちどころに不安になる。

 ほんの些細な熱や病気でも、万が一のことを考えて、心が萎縮してしまう。

 あの日の朝、ゆりさんは、いつも通り元気だった。

 でも、そのゆりさんは、あっという間に、いなくなってしまったから──

『だったら、傍にいてあげてください』

「え?」

 だが、そこにまたあかりの声が響いて、飛鳥は目を見開いた。

「傍に……?」

『はい。だって、熱があるんですよね? なら、傍にいてあげるべきです』

「でも……蓮はデートに行けって言ってて」

『なにいってるんですか。あ、もしかして、私に気を使ってるんですか? だったら、気にしなくていいです。映画なら、一人でも行けますし。それに、私、一人暮らしだからわかりますが、具合が悪い時に、家に一人でいるのって、けっこう心細いものなんですよ?』

「え?」

『病気の時は、いつも以上に寂しくなるんです。だから、今日は、蓮くんの傍にいてあげてください。神木さんがいてくれたら、きっと、安心すると思います』

 すると、まるで木漏れ日のような温かな声が、脳内に響いた。

 それは、何もかも包み込むような優しい言ノ葉で、気がつけば、迷いなんて、あっという間に、かき消されていた。

 そして、その甘い声に、飛鳥は、静かに酔いしれる。

 電話をかけて、良かったと思った。
 好きになった人が──あかりでよかったと思った。

『あ、そうだ。買い物は大丈夫ですか? 何か必要なものがあるなら買ってきますが』

 すると、あかりが更に問いかけてきて、飛鳥は、小さく笑みを浮かべた。

 蓮の傍にいさせるために、わざわざ買い出しをして、届けてくれるという。

 そして、もし一目でも会えるのなら、ここで差し入れを頼んでも良かったかもしれない。

 だけど、そんな邪な心をおちつかせながら、飛鳥は柔らかく答えた。

「いや、大丈夫だよ。必要なものは、ある程度そろってるから」

 ただ会いたいからって、嘘までついて、あかりに来てもらうのは、どうかと思った。そして、飛鳥は

「映画、一人で行くの?」

『はい。行って、入場特典を貰ってきます』

「また、日を改めてもいいと思うんだけど」

『うーん……でも、次の機会を待っていたら、特典なくなっちゃいそうですし。それに、内容を知らないと、大野さんに、本当に行ったか確認された時に困るので』

「……まぁ、そうだけど」

 どうやら、このままデートの話はなくなってしまうらしい。

 これを、蓮と華に話したら、なんと言われるだろう?

 だが、仮にデートに行ったとしても、蓮を置き去りにしていたら、気が気じゃなかった。

 それだけは、よく分かった。
 
『では、そろそろ。蓮くん、早く良くなるといいですね?』

 すると、またあかりの声が、電話先から響き、飛鳥は、素直にお礼をいう。

「うん、ありがとう」

『いいえ。それでは──お大事に』

 その後、あかりとの通話を終えると、飛鳥は、一人きりの部屋の中で、ふと昔のことを思い出した。

 まだ、自分が、高校一年生の時の話だ。

 家族に依存する自分を何とかしたくて、女の子と付き合っていたことが、数回あった。

 そして、そのうちの一人と、似たようなやり取りをしたことがあった。

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