神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第10章 お兄ちゃんの失恋

第429話 アパートと浮気

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 それから暫くして、泣き止んだあかりは、目を赤くしたまま住宅街を歩いていた。

 隣には飛鳥がいて、大通りをぬけたからか、周りはとても静かだった。

 聞こえてくるのは、民家から溢れる子供たちの笑い声くらい。

 だが、そんな楽しそうな声すら掻き消えてしまうほど、あかりの心臓は、バクバクと鼓動を鳴らしていた。

(私は、なんてことを……っ)

 抱き寄せられ、思わず抱きついてしまったことに、深く自己嫌悪する。

 本当は、突き放さなくてはいけなかったのに、まるで縋るようにしがみつき、彼の行動を受け入れてしまった。

 だが、あれでは、逆に期待させるようなものだ。

「大丈夫?」
「……!」

 悶々と考えていると、横から声が聞こえた。

 ふと目を向ければ、飛鳥の綺麗な顔が、目と鼻の先まで近づいているのが見えた。

「ち、近いです」

「あ、ごめん。まだ目が赤いなーと思って」

「赤……っ」 

 そりゃ、泣いたあとなのだ。
 目だって赤くなる!

 だが、それにしたって近い!

 なんで、この人は、あっさり人のテリトリーに入ってくるのか!?

「だからって、必要以上に近づかないでください」

「頑なだなー。照れてんの?」

「照れてません!!」

 からかうような飛鳥の態度をはねつけ、あかりは必死に虚勢をはる。

 今の自分たちの関係は、一体なんなのだろう?

 お互いに想いあっていて、その上、気持ちにすら気づいていて、もう『友達』とは言えない。

 変わってしまった関係に、名前など付けられる訳もなく。ただ、進むことも出来ず、戻ることも出来ず、そこに佇むだけ。

 そして、唯一残された方法は、彼から離れること。

 それなのに、彼は全く離そうとしてくれない。

(このままじゃ、ダメなのに……っ)

 心が、弱ってるのが分かった。

 必死に乗り越えて、強くしたはずの心が、また、弱体化しようとしてる。

 待つと言ってくれた、彼の優しさにのまれたら、そのまま、ズルズルとひきずりこまれて、いつかまた後悔する。

 あの時と、同じように──

「もう、ここで結構です。今日は、ありがとうございました」

 すると、あかりは、あからさまに距離を取り、飛鳥を追い返そうと試みる。だが、飛鳥

「なに言ってんの。ちゃんと最後まで送るよ」

「最後って、もうアパートは目の前ですよ!」

「俺が言ってる最後ってのは、って意味。どうすんの、家の前に不審者がいたら」

「いませんよ。あんな目立つ所になんか!」

 スタスタとアパートの階段をのぼり、あかりは逃げるように二階へと駆け上がる。

 早く、離れたい。
 そうでなくては、また流されてしまう。

 だが、その時──

「あかりちゃん!」

 と、前方から声が聞こえた。

 あかりが視線をあげれば、廊下の中腹に、男性がたっているのがみえた。

 そう、隣の部屋に住む大野おおのさんだ。

「お、大野さん……っ」

 いきなり現れた不審者……いや、隣人に、あかりはヒヤリと汗を流す。

 なぜなら、大野は、まだあかりのことを諦めていないらしい。しかも、彼氏のフリをしていた飛鳥に『別れたら教えてね!』などと直接、言ってきたほどの要注意人物。

 だからこそ、あかりは、早くこのアパートから引っ越そうと、アルバイトを始めたのだが……

「今、帰り? バイト遅かったんだね」

「あ、えっと……っ」

「こんばんは、大野さん」

 すると、あかりの背後からひょこりと顔を出し、飛鳥が大野に声をかけた。

 ちなみに、飛鳥とあかりは、大野の前で、恋人のフリをしている。

 これは、ストーカー化しそうな大野への対策であり、あかりを守るためでもあるのだが、大野は、飛鳥を見た瞬間、あからさまに眉をひそめる。

「神木くん。また、あかりちゃんを泣かせたの」

「「え?」」

 威嚇するように飛鳥を睨みつけた大野に、飛鳥とあかりは、無意識に身構えた。

 確かに、今のあかりの目は赤い。

 そしてそれは、廊下のライトに照らされれば、はっきり分かるほど。

 しかも大野は、あかりが泣いた原因を、と断定しているらしい。

 いや、ある意味、飛鳥が原因なので、間違ってはいないのだが……

「ち、違います、神木さ──ッんん」

「なんの言いがかり? 俺が、泣かせたわけじゃないよ」

「いいや、神木くんしかいないだる。だって、この前、神木くんが来た日も、あかりちゃんは、泣きながら部屋から出てきたんだ!!」

「「!?」」

 この前? もしや、アレか!?

 飛鳥が女装しに来た日、あかりが泣きながら家から飛び出した、あの件か!?

(うそ、見られてたの……っ)

(……なんか面倒なことになってきたな)

 『神木さん』呼びをしそうになったあかりの口を背後から塞いだまま、飛鳥は冷や汗をかいた。

 だが、そんな飛鳥を目の敵にでもするように、大野は、更に飛鳥を責め始める。

「神木くん、俺いっただろ。あかりちゃんを泣かせたら許さないッて。それなのに、一度ばかりか二度までも! やっばり、浮気してるんだろ! 5股かけてたんだろ!?」

「だから、かけてないって!」

 昨年の夏祭り、女子大生を5人はべらせていた事を蒸し返され、いわれもない疑いをかけられる。

 だが、どんなに否定しても、大野さんは、聞く耳を持たず

「神木くん、俺、一度信じたんだ! 神木くんは、あかりちゃんを大切にしてるって! それなのに、裏切られた! やっぱり、神木くんにあかりちゃんは任せておけない! それに、俺の方が、神木くんの何倍も、あかりちゃんを愛してる!!」

「「…………」」

 
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