447 / 509
第10章 お兄ちゃんの失恋
第425話 美味と空気
しおりを挟む「「あ……」」
お互いの手がピッタリと重なった瞬間、二人の声も同時に重なった。
どうやら、同じタイミングでソースを手にとってしまったらしい。あかりの手を、飛鳥が包み込むように掴んでいた。
だが、ここで動揺してはいけない。
あかりは、ぐっと息をつめた。
もし、恥じらったりすれば、神木さんに、好きだと気づかれてしまうかもしれない。
「あ、ごめん」
「いや、謝るなら離してください」
だが、にっこり笑った飛鳥は、謝りつつも、あかりの手を離そうとはしなかった。
そして、そんな飛鳥に、あかりは、戸惑う。
手を引っ込めたくても、上からホールドされていて、離すに離せない。
しかし、なぜ?
というか、いつまで掴んでるの?
見つめる先では、飛鳥が、どこかイタズラめいた笑みを浮かべていた。
この姿をみれば、明らかにワザとだ!
しかも、今は、あなたのご妹弟が、目の前にいるですけど!?
いいんですか!
女の手を掴んでるところを見られても!?
(離して、今すぐ離して……!)
(めちゃくちゃ、困ってる)
必死に目で『離せ』と訴えるあかりをみて、飛鳥は、楽しそうに微笑む。
先日は、あんなに顔を真っ赤にしていたのに、今は、そうならないように必死らしい。だが、それが、また可愛くて、つい意地悪をしてしまう。
ちなみに、あかりは知らないが、飛鳥は、前にあかりを抱きしめたところを、双子に目撃されているため、手が触れたところを見られるのは、痛くも痒くもなかった。
「ごめん、ごめん。ソースどうぞ」
「いぇ、私はあとでいいので、神木さんから、どうぞ」
すると、やっとのこと飛鳥が手を離してくれて、あかりは、同時にソースから手を引っ込めた。
先に使うと、渡す時に、また手を掴まれる可能性がある。あかりは、それを阻止するため、速やかに飛鳥に譲った。だが、飛鳥は……
「いいよ、先に使って」
「いえ。家主を差し置いて、私が先に使うわけには」
「なにいってんの。あかりは、俺の大事なお客様なんだから、遠慮しなくていいよ」
「お、おれの……っ」
「あ、それとも、俺にかけてほしい? いいよ、たっぷり愛情こめてかけてあげる♡」
「なに言ってるんですか?」
恥ずかしげもなく発せられた言葉を、あかりが、真顔で打ち返す。
というか、びっくりした!
もう気を抜くと、どこから実弾が飛んでくるか変わらない!!
(さっきから、なんなの? 『俺の大事な』とか『愛情こめて』とか!)
先週から、明らかにおかしい。
ふったあとから、急激に、神木さんがおかしくなった!
(やっぱり、気づかれてるのかも、私の気持ち……っ)
そして、最悪の事態を想定し、あかりは息を飲んだ。
もし、気づかれていたら?
だが、それも、ありえない話ではなかった。
先日、押し倒された時や『好き?』と聞かれたとき、明らかに感情が顔に出てしまっていた。
だって、恥ずかしくてしかたなかった。
好きな人に押し倒されて、動揺せずにいられるほど、あかりは、男性経験が豊富ではない。
いや、男性経験どころか、お付き合い一つした事がないのだ。まさに、初恋状態のあかりには、どうしたって出来る芸当ではない。
だが、仮に、この気持ちに気づかれていたとしても、神木さんの気持ちに、こたえるわけにはいかない!
「ふざけてないで、早く食べてください」
すると、あくまでも、おふざけと言ってつっぱねると、あかりは、飛鳥にソースをかけられる前にと、自分からかけた。
そんな恥ずかしいところ、双子に見られたくない。
そして、ここを切り抜けるには、もう食べるしかなかった。
そうだ!
高速で食べて、ずらかるしかない!!
だが、そんなあかりと飛鳥を見つめながら、双子は、顔が赤らむのを、必死に我慢していた。
(なんか見てて恥ずかしいけど、頑張れ兄貴。食事のあとは、俺が、あかりさんをゲームにさそうから)
(そして、ゲームのあとは、私が、お風呂を進めて、あわよくば、一晩泊まっててもらおう!)
まさか、お泊まりまで計画してるとは、あかりはもちろん、飛鳥も思うまい。
しかし、可能な限り兄のサポートを!
双子は、この機を逃すまいと必死だった。
だが、あかりはあかりで、まさか双子がそんな恐ろしい計画を企てているとは知らず、早く食べて帰ろうと、お好み焼きにマヨネーズをかける。
そして、すぐさま、お好み焼きをパクリ。
(っ……美味しい!)
するとそれは、まるで、光り輝くような美味しさだった。
外はカリッと、しかし、中はふわっと。
見た目も美味しそうだったが、味も素晴らしい!
これは、よき母になると、双子が推薦するだけある!
「神木さん、このお好み焼き、とても美味しいです! この味なら、どこに嫁いでも、やって行けると思います!」
「いや、なんで、俺が嫁ぐの?」
あかりの言葉に、飛鳥が、真顔で返した。
一応、これでも長男。昔ながらの形式になぞらえれば、神木家を継ぐのは、もちろん飛鳥!
なのだが……
「兄貴、何言ってんだよ! (あかりさんが)嫁いでくれっていうなら、嫁げよ!」
「そうだよー。今どき長男が、家を継ぐとか考え古すぎ! なんなら、私がお婿さんとってもいいし、お父さんだって、きっと許してくれよ」
「いや、なんでそうなるの? 俺、嫁ぎたいとは一言も言ってないんだけど。それに、父さんは『絶対に嫁にはやれない』って言ってたよ」
「「なんだと!?」」
双子の声がハモった。
まさか、父が、兄の手放しを拒絶していたとは!?
だが、そんな神木家の姿を見て、あかりが、くすくすと笑いだす。
(やっぱり、あったかいなぁ、神木さんちは)
何度訪れても、いつも優しくて、温かい。
そして、この雰囲気は、同時に実家にいた頃を思い出す。
父と母と、弟の理久。
四人で食卓を囲んでいた頃を……
あの優しい空間が、あかりは大好きだった。
だが、その幸せな場所を手放して、あかりは、この街にきた。
(早く、ここから出なきゃ……っ)
この街にきたのは、一人で生きていくためだ。
なら、いつまでも、この空気に浸っていてはいけない。
だって、この家族に囲まれていたら
私は、きっと、一人では生きられなくなる。
だから、早く。
早く離れなきゃ……っ
私の意思が、揺らいでしまう前に──…
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる