444 / 507
第10章 お兄ちゃんの失恋
第422話 決意と魔王の城
しおりを挟む「お願いって、仕事の話ですか?」
「いえ、仕事ではなく、個人的なお話で……」
真剣な表情のあかりに、隆臣は、さらに困惑する。
まさか、プライベートなお願いとは。
だが、困っているなら、力にはなりたい。
すると、隆臣は、迷うことなく
「はい。俺にできることなら」
「あ、ありがとうございます」
すると、あかりは、パッと表情をほころばせた。
まるで、ホッとしたような、どこか気の抜けた表情。
無理もない。
あかりからしたら、もう隆臣に頼むしかなかった。
なぜなら、この一週間、必死に考えたのだ。
そして、その案の一つとして、エレナに直接、手渡すことも考えたのだが、飛鳥に『見つけたら教えて』と言われた手前、勝手に渡すこともできず。
そうなれば、もうバイト先の先輩であり、飛鳥の友人でもある隆臣を頼る他なかった。
「あの、実は先日、神木さんが私の家に髪ゴムを忘れてしまって……良かったら、私の代わりに返しては頂けないでしょうか?」
すると、あかりは、バッグの中から髪ゴムの入った袋を取り出しつつ、申し訳なさはせうに、隆臣にそれ差し出した。
まるで、プレゼントとでもいうように、オシャレな袋に入れられた髪ゴム。
むき出しの状態で手渡さないとは、まさに、女性らしい気遣いだ。
だが、その袋を見つめながら、隆臣は更に考える。
(これを、俺から飛鳥に渡して欲しいってことか……)
理解するのは、簡単だった。
それに、返すのも別に構わない。むしろ、あかりさんの頼みなら、聞いてやりたいところだ。
しかし、隆臣は、よく分かっていた。
この髪ゴムを、自分が返した時に、飛鳥がどんな顔をするか!
「えーと……すみません。その頼みは聞けません」
「え!? な、なぜでしょうか?」
「多分、俺から返したら、あいつ、スゲー嫌な顔すると思うんで」
「……っ」
すると、ズバリと言い放たれ、あかりは、言葉を失った。
確かに、隆臣の言う通りだ。
もし、隆臣経由で返したとなれば、どれほど機嫌を損ねることか!?
もはや、隆臣に渡された時の飛鳥の表情が、目に浮かぶほどだった。
きっと、ニッコリと天使のように微笑みつつも、悪魔のような雰囲気をまとっているに違いない!!
「そ、そうですよね……すみません、無理を言ってしまって」
「いえ。俺の方こそ、聞いてあげられなくて、すみません。もし、大学で渡しにくいなら、今から飛鳥を呼び出しましょうか?」
「い、いえ、そのために、わざわざ呼び出すのは、申し訳ないですし。なにより神木さんは、土日に出かけると、色々大変みたいだし」
まぁ、スカウトやらナンパやら、四六時中されてるようなやつだ。
しかも、この喫茶店は、街の中心にある。人通りが多いからか、声をかけられる率も、他の地域より極めて高い。
なら、あかりの言い分はもっともで、隆臣も深く納得する。
しかし、多少億劫でも、あかりの呼び出しなら、飛鳥は、きっと出てくるだろう。
隆臣はそう思うが、あかりが、こういっている手前、無理強いするのは如何なものか?
「おはようございまーす!」
すると、そのタイミングで、ちょうど他のアルバイトたちも店にやってきて、その会話もあっさり収束する。
「すみません。橘さん、髪ゴムの件は、自分で何とかしますので」
「わかりました。また、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってください。出来ることは、協力しますんで」
「はい、ありがとうございます」
その後、各自、仕事の準備を始めた。だが、隆臣は、手際よく開店準備を整えながら、微かな罪悪感を抱く。
別に飛鳥に睨まれるのは、大したことではなかった。
長い付き合いだから、そんなのは日時茶飯事。
だから、本来なら聞いてあげられる、お願いだったのだが……
(すみません、あかりさん。俺は、なんだかんだ、飛鳥サイドの人間なんで──)
*
*
*
「お疲れ様でしたー」
その後、バイトを終えたあかりは、制服から私服に着替え、店を出た。
時刻は、夕方5時過ぎ──
バイトが終わり、一人帰路につくが、あかりは、その道中、朝の隆臣との会話を思い出し、深くため息をついた。
「はぁ、まさか、橘さんに断られるなんて……っ」
きっと橘さんなら、代わりに返してくれそうだと思った。だが、その予想はすっかり外れてしまい、あかりは途方に暮れる。
(どうしよう……っ)
立ち止まり、バッグの中を見れば、髪ゴムが入った袋は、今も自分の手元にあった。
しかも、たかだか髪ゴムを返すだけなのに、もう一週間も経ってしまった。
このまま、髪ゴムをパクるわけにはいかない!
なにより、忘れたものは、しっかり返さなくては!
「っ……いつまでも、逃げてちゃだめだよね?」
すると、あかりは、ゴクリと息をのみ、その後、決意を固めた。
深呼吸をし、ここ一週間、言うことを効かなかった心臓を、必死に落ち着かせる。
そして、決意したなら、善は急げ!
あかりは、もう迷うな!と言わんばかりに、いつもより足取りを早めると、そのまま、ある場所に向かった。
いつもの帰宅経路を少しだけ外れ、大通りを進む。
そして、行き着いた先は──神木家が暮らすマンション。
夕陽を浴び、そびえたつマンションは、まるで、魔王の城のごとく、あかりの前に立ちはだかった。
どこからか、ゴゴゴゴゴと言う効果音すら聞こえてくるくらいだ。
だが、あかり気づいたのだ!
そう、ここにくれば、直接、会わなくても返せる!
なぜなら、ポストにINするだけでいいのだから!
(だ、大丈夫。ポストに入れて、すぐに出れば、神木さんには会わないわ……っ)
だが、ここは、なんといっても、飛鳥の暮らすマンション。近づけば、近づくほど、鉢合わせする可能性は、十分にあった。
しかし、飛鳥は、基本、土日祝日は出かけない。
あの美貌だ。家から出れば、彼に見惚れた人が、わんさか口説きにくる!
だからこそ、あかりはバイト帰りとはいえ、今日(土曜日)を選んだ!
(よし、行こう!)
いざ、行かん! 神木家のポストへ!
すると、あかりは、意を決して、マンションの中に入った。清潔感のある、洗練されたエントランス。
だが、前に来た時は、警備員にファンの子だと間違われ、止められた。
しかし、その警備員には、一応、友達だという話で、前に飛鳥が紹介してくれた。だから、今回は、大丈夫だろうと、あかりは、スタスタと進み、迷うことなく神木家のポストの前へ立った。
前と同じように、しっかり鍵のかかったポスト。
そして、前は、このポストにお土産は入れられなかった。しかし、髪ゴムサイズの荷物なら、ポストの受け口からでも入る!
(あ、なにか一言、書いといた方がいいかな?)
だが、バッグから、髪ゴムの袋を取り出したあかりは、ふと思う。
一応、何かメッセージを……と、それと一緒に、付箋とペンを取り出すと、あかりは、正方形のオシャレな付箋に
《ヘアゴム見つかりました。お返しします》
とだけ書き、それを髪ゴムの袋にペタっと貼り付つけた。そして、あとは、そのままポストに──
と、思ったその時!
「あー! あかりさんだ~!」
「!?」
瞬間、どこからか、明るい声が響いた。
あかりは、驚きつつ、声のした方に振り返る。
すると、そこには
「お久しぶりです、あかりさん」
「今日は、どうしたんですかー!」
と、賑やかに話しかけてきたのは、神木家の双子。
そう、飛鳥の妹弟──華と蓮だった!
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる