神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第10章 お兄ちゃんの失恋

第422話 決意と魔王の城

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「お願いって、仕事の話ですか?」

「いえ、仕事ではなく、個人的なお話で……」

 真剣な表情のあかりに、隆臣は、さらに困惑する。

 まさか、プライベートなお願いとは。
 だが、困っているなら、力にはなりたい。
 すると、隆臣は、迷うことなく

「はい。俺にできることなら」
「あ、ありがとうございます」

 すると、あかりは、パッと表情をほころばせた。
 まるで、ホッとしたような、どこか気の抜けた表情。

 無理もない。
 あかりからしたら、もう隆臣に頼むしかなかった。

 なぜなら、この一週間、必死に考えたのだ。

 そして、その案の一つとして、エレナに直接、手渡すことも考えたのだが、飛鳥に『見つけたら教えて』と言われた手前、勝手に渡すこともできず。

 そうなれば、もうバイト先の先輩であり、飛鳥の友人でもある隆臣を頼る他なかった。

「あの、実は先日、神木さんが私の家に髪ゴムを忘れてしまって……良かったら、私の代わりに返しては頂けないでしょうか?」

 すると、あかりは、バッグの中から髪ゴムの入った袋を取り出しつつ、申し訳なさはせうに、隆臣にそれ差し出した。

 まるで、プレゼントとでもいうように、オシャレな袋に入れられた髪ゴム。

 むき出しの状態で手渡さないとは、まさに、女性らしい気遣いだ。

 だが、その袋を見つめながら、隆臣は更に考える。

(これを、俺から飛鳥に渡して欲しいってことか……)

 理解するのは、簡単だった。

 それに、返すのも別に構わない。むしろ、あかりさんの頼みなら、聞いてやりたいところだ。

 しかし、隆臣は、よく分かっていた。

 この髪ゴムを、自分が返した時に、

「えーと……すみません。その頼みは聞けません」

「え!? な、なぜでしょうか?」

「多分、俺から返したら、あいつ、スゲー嫌な顔すると思うんで」

「……っ」

 すると、ズバリと言い放たれ、あかりは、言葉を失った。

 確かに、隆臣の言う通りだ。

 もし、隆臣経由で返したとなれば、どれほど機嫌を損ねることか!?

 もはや、隆臣に渡された時の飛鳥の表情が、目に浮かぶほどだった。

 きっと、ニッコリと天使のように微笑みつつも、悪魔のような雰囲気をまとっているに違いない!!

「そ、そうですよね……すみません、無理を言ってしまって」

「いえ。俺の方こそ、聞いてあげられなくて、すみません。もし、大学で渡しにくいなら、今から飛鳥を呼び出しましょうか?」

「い、いえ、そのために、わざわざ呼び出すのは、申し訳ないですし。なにより神木さんは、土日に出かけると、色々大変みたいだし」

 まぁ、スカウトやらナンパやら、四六時中されてるようなやつだ。

 しかも、この喫茶店は、街の中心にある。人通りが多いからか、声をかけられる率も、他の地域より極めて高い。

 なら、あかりの言い分はもっともで、隆臣も深く納得する。

 しかし、多少億劫でも、あかりの呼び出しなら、飛鳥は、きっと出てくるだろう。

 隆臣はそう思うが、あかりが、こういっている手前、無理強いするのは如何なものか?

「おはようございまーす!」

 すると、そのタイミングで、ちょうど他のアルバイトたちも店にやってきて、その会話もあっさり収束する。

「すみません。橘さん、髪ゴムの件は、自分で何とかしますので」

「わかりました。また、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってください。出来ることは、協力しますんで」

「はい、ありがとうございます」

 その後、各自、仕事の準備を始めた。だが、隆臣は、手際よく開店準備を整えながら、微かな罪悪感を抱く。

 別に飛鳥に睨まれるのは、大したことではなかった。
 長い付き合いだから、そんなのは日時茶飯事。

 だから、本来なら聞いてあげられる、お願いだったのだが……

(すみません、あかりさん。俺は、なんだかんだ、飛鳥サイドの人間なんで──)



 *

 *

 *



「お疲れ様でしたー」

 その後、バイトを終えたあかりは、制服から私服に着替え、店を出た。

 時刻は、夕方5時過ぎ──

 バイトが終わり、一人帰路につくが、あかりは、その道中、朝の隆臣との会話を思い出し、深くため息をついた。

「はぁ、まさか、橘さんに断られるなんて……っ」

 きっと橘さんなら、代わりに返してくれそうだと思った。だが、その予想はすっかり外れてしまい、あかりは途方に暮れる。

(どうしよう……っ)

 立ち止まり、バッグの中を見れば、髪ゴムが入った袋は、今も自分の手元にあった。

 しかも、たかだか髪ゴムを返すだけなのに、もう一週間も経ってしまった。

 このまま、髪ゴムをパクるわけにはいかない!
 なにより、忘れたものは、しっかり返さなくては!

「っ……いつまでも、逃げてちゃだめだよね?」

 すると、あかりは、ゴクリと息をのみ、その後、決意を固めた。

 深呼吸をし、ここ一週間、言うことを効かなかった心臓を、必死に落ち着かせる。

 そして、決意したなら、善は急げ!

 あかりは、もう迷うな!と言わんばかりに、いつもより足取りを早めると、そのまま、ある場所に向かった。
 
 いつもの帰宅経路を少しだけ外れ、大通りを進む。
 そして、行き着いた先は──神木家が暮らすマンション。

 夕陽を浴び、そびえたつマンションは、まるで、魔王の城のごとく、あかりの前に立ちはだかった。

 どこからか、ゴゴゴゴゴと言う効果音すら聞こえてくるくらいだ。

 だが、あかり気づいたのだ!

 そう、ここにくれば、直接、会わなくても返せる!
 なぜなら、ポストにINするだけでいいのだから!

(だ、大丈夫。ポストに入れて、すぐに出れば、神木さんには会わないわ……っ)

 だが、ここは、なんといっても、飛鳥の暮らすマンション。近づけば、近づくほど、鉢合わせする可能性は、十分にあった。

 しかし、飛鳥は、基本、土日祝日は出かけない。

 あの美貌だ。家から出れば、彼に見惚れた人が、わんさか口説きにくる!

 だからこそ、あかりはバイト帰りとはいえ、今日(土曜日)を選んだ!

(よし、行こう!)

 いざ、行かん! 神木家のポストへ!

 すると、あかりは、意を決して、マンションの中に入った。清潔感のある、洗練されたエントランス。

 だが、前に来た時は、警備員にファンの子だと間違われ、止められた。

 しかし、その警備員には、一応、友達だという話で、前に飛鳥が紹介してくれた。だから、今回は、大丈夫だろうと、あかりは、スタスタと進み、迷うことなく神木家のポストの前へ立った。

 前と同じように、しっかり鍵のかかったポスト。

 そして、前は、このポストにお土産は入れられなかった。しかし、髪ゴムサイズの荷物なら、ポストの受け口からでも入る!

(あ、なにか一言、書いといた方がいいかな?)

 だが、バッグから、髪ゴムの袋を取り出したあかりは、ふと思う。

 一応、何かメッセージを……と、それと一緒に、付箋とペンを取り出すと、あかりは、正方形のオシャレな付箋に

《ヘアゴム見つかりました。お返しします》

 とだけ書き、それを髪ゴムの袋にペタっと貼り付つけた。そして、あとは、そのままポストに──

 と、思ったその時!

「あー! あかりさんだ~!」

「!?」

 瞬間、どこからか、明るい声が響いた。

 あかりは、驚きつつ、声のした方に振り返る。
 すると、そこには

「お久しぶりです、あかりさん」
「今日は、どうしたんですかー!」

 と、賑やかに話しかけてきたのは、神木家の双子。
 そう、飛鳥の妹弟──華と蓮だった!

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