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第10章 お兄ちゃんの失恋
第421話 答えとお願い
しおりを挟む「俺のこと、好き?」
そう言われた瞬間、あかりは大きく目を開いた。
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。そうだとすら思った。
だが、それは決して聞き間違いなどではなく、その言葉の意味を飲み込んだ瞬間、あかりの頬は急激に赤くなる。
「あ、な……ッ」
体は燃えるように熱くなり、肩はわなわなと震え、一切の動揺を隠せなくなる。
好きかと聞かれた。
しかも、こんなにハッキリと──
だが、こんな質問、答えられるわけなかった。
なにより、本当の気持ちなんて絶対に言えない。
「わ、私は……っ」
ならば、答えは、一つしかなかった。
嫌いと言わなきゃいけない。
「き……っ」
だが、一言発するだけでいいのに、その言葉が上手く出てこなかった。
すると、心拍はみるみる上がり、頬は限界まで赤くなり、ついには限界がきたらしい。
耳まで真っ赤にした、あかりは──
「き、聞こえませんでした!!」
そう言って、聞こえないフリをして、やり過ごせば、逃げるように視線をさげた。
これまでにも聞こえなかったことは何度かあった。
だって、片耳が聞こえないから。
なら、誤魔化すには最適のはずなのだが、その返答で、飛鳥が納得するわけがなく。
「へー……じゃぁ、もっと近づく?」
「ひぃぃ、やめてください! それ以上近づいたら、セクハラで訴えますから!」
もう、半泣き状態だった。
更に距離をつめようとする飛鳥を、あかりは必死に威嚇すると、その後、するりと飛鳥を躱し、あかりは、講義室へ駆け出した。
パタパタと校内へ消えていくあかり。
それは、本当にあっという間の出来事で、結局、答えを貰うことなく逃げられた飛鳥は、その後、小さくため息をつく。
「ホント、可愛くない……っ」
まさか、聞こえなかったふりをされるとは。
だが、聞こえなかったはずがない。
だって、こんなに近くにいるのだから。
だが、あの赤くなった頬と「嫌い」という否定の言葉を発しなかったことを考えれば、あかりの気持ちは一目瞭然だった。
「あの反応……やっぱり、俺のこと好きだよな」
念のため、もう一度確かめておこうと、少し強引な策にでた。だが、その反応は確信を持つには十分すぎる程で、飛鳥は、その後わ嬉しそうに頬を緩ませる。
あの赤らんだ頬も、恥じらいの表情も、全部自分の質問によるもの。
そして、それは「好き」の二文字を、あかりが、意識した証拠。
(ふふ……あれじゃ、好きだって言ってるようなものなのに)
風が吹けば、飛鳥の長い金の髪が、サラサラと煌めき、その春風は、好きな子に逃げられたあとにもかかわらず、不思議と心地良く感じた。
「……答えはもらえなかったけど、大学で話しかけるのは、やめといてあげようかな?」
すると、あかりの願いを一つだけ聞き入れた飛鳥は、壁から手を離し、講義室へ歩き出した。
そして、歩きながら、また一つの決意を固める。
いつの日か
絶対に言わせてみたいと思った。
あかりの口から直接、
俺のことが「好き」だって──…
第421話『答えとお願い』
***
「うーん……こっちかな?」
そして、それから数時間後──
大学の講義を終え、アパートに帰宅したあかりは、猫のように四つん這いになりながら、脱衣所の床に這いつくばっていた。
なぜかというと、もちろん、それは、飛鳥が忘れたと言っていた髪ゴムを探すため。
キョロキョロと床面をみつめながら、あかりは、洗面台の隙間を覗きこむ。
すると、確かに飛鳥の言う通り、洗面台と壁の間に、髪ゴムが落ちているのが見えた。
(あ、ほんとにあった……!!)
見つけた。
あの日、神木さんがつけていた髪ゴム!
だが、それを手にした瞬間、あかりは、崩れ落ちるように、床に突っ伏した。
「どうしよう……見つけちゃった!」
額には、じわりと汗が流れる。
そう、見つけてしまったということは、これを返さねばならないということだ!
「……これって、私から連絡しなきゃいけないってこと?」
昼間、電話には出ないと担架を切ったばかりなのに、まさか、自分から連絡をする羽目になるとは。
だが、なぜ、こんな所に!?
本当に忘れたのか!?
まさか、わざとおいて言ったわけでは?
(……いやいや、さすがに、それは疑いすぎよね?)
だが、そう思いつつも、なんか、ちょっとだけ「やりそう」だと思った。
だって、神木さん、天使みたいな顔して、時々、悪魔になる時があるし。
そう、さっきみたいに!!
「っ……それにしても……なんで、あんな質問を……」
髪ゴムを、ゆるりと握りしめ、あかりは、小さく唇をかみ締めた。
だが、苦渋の表情をうかべつつも、あかりの頬は、昼間と同じように赤くなり、あの時のことを思いだせば、胸の奥から、じわりじわりと熱がせり上がってくる。
──俺のこと、好き?
あの質問は、どういうことだろう?
まさか、私の気持ちに気づかれたのだろうか?
もし、そうなら最悪の事態だ。
せっかく、別れを告げたのに……っ
「連絡……どうしよう……っ」
髪ゴムをみつめて、あかりはポツリと呟いた。
正直、電話をするのが怖い。
また、昼間みたいに攻められたら、完全に、この気持ちに気づかれてしまうかもしれない。
「どうやって、返そう……っ」
髪ゴムを握りしめると、あかりは、頬を赤くし、しばらくの間、考え込んでいた。
*
*
*
そして、それから一週間。
あかりは、まだ髪ゴムを、飛鳥に返せずにいた。
電話をかけようかと、スマホを握りしめるも、緊張して発信ボタンは押せず、結局『見つかりました』の連絡ひとつ出来ないまま、時間だけがすぎた。
そして、週末にさしかかり、アルバイトが始まる直前、喫茶店にやってきたあかりは、ある人物に泣きついていた。
「橘さん! 折り入って、お願いがあるのですが!」
そう言って、あかりが切実に訴えると、飛鳥の親友である隆臣が首を傾げる。
「お願い、ですか?」
「はい……!」
必死すぎるあかりに、隆臣は、更に困惑する。
珍しいこともあるものだ。
あかりさんが、一体、俺に、どんなお願いがあるのだろう?
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