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第10章 お兄ちゃんの失恋
第415話 喫茶店と居酒屋
しおりを挟む「お疲れ様です」
次の日──バイト先である喫茶店にやってきたあかりは、笑顔で挨拶をしていた。
日曜日の今日は、朝9時から、夕方5時まで。
奥の休憩室に顔を出せば、ちょうどウェイター姿の隆臣がいて、軽い雑談に花を咲かせる。
「おはようございます、あかりさん。昨日は、どうでしたか?」
「え? すみません。私、昨日は、お休みを頂いていて」
「あ、いやいや、バイトのことじゃなくて。昨日、飛鳥が行ったんですよね? あかりさんの家に」
「……っ」
いきなり飛鳥の話を振られ、あかりは一瞬、息をつめた。だが、すぐさま、ニッコリと笑い返すと
「はい。神木さんのロリータ姿、とても似合ってました!」
(……アイツ、ロリータ服なんて着たのか)
あかりさんの前で女装をすると言っていたが、どんな衣装を着るかまでは、知らなかった隆臣。
だが、華が選んだ服は、飛鳥の容姿を最大限引き出したものだったらしい。
そして、そのロリータ服を、完璧に着こなしたであろうことは、これまでの経験で、すぐに想像がついた。
「はは、アイツの女装、完璧ですよね。マジで、女にしか見えなくて」
「はい、私も女の子とお茶してるみたいで、とても楽しかったです」
にこにこと会話を重ねるあかりは、普段と何も変わらなかった。
それをみて、隆臣はホッとしつつも、なんの進展もなく終わったであろう飛鳥を、軽く哀れむ。
好きな女の子の前で、女装をするのもそうだが、相変わらず、女友達としか思われてない飛鳥が、ちょっと可哀想になってくる。
だが、まさか、あの綺麗すぎる容姿が、ここまで裏目に出てしまうとは……
(中身は、結構、男らしいやつなんだけどな)
長い付き合いだから、飛鳥が男らしく頼りがいのあるやつなのは、よく知っている。
だからこそ、あかりさんにも、飛鳥のそんな部分にも目を向けて欲しいのに……
「あの、あかりさん」
「はい」
「その……飛鳥、見た目は女みたいだけど、中身は、結構、男らしいやつですよ。だから」
「わかってますよ」
「え?」
「わかってます。神木さんが、男らしくて頼りになる人なのは、よく分かってます。本当に、お兄ちゃんって感じの人ですよね」
ふわりと笑って、あかりが答えた。
だが、それをみて、隆臣は困惑する。
(……分かってる?)
じゃぁ、あかりさんは、飛鳥のことを、ちゃんと男として──
「橘さん。一つ、お願いをしてもいいですか?」
「え?」
すると、あかりは、しっかりと隆臣を見つめて
「今後、神木さんの前で、私の話題は出さないで欲しいんです」
「え?」
「きっと、嫌がると思うので……だから、お願いします」
そう言って、深く頭を下げたあかりは『じゃぁ、私も着替えてきますね』といい、奥の更衣室に引っ込んでいって、隆臣は、更に困惑する。
「……どういう意味だ?」
なんで、飛鳥が嫌がるんだ?
飛鳥は、あかりさんのことが……
──ピコン!
「……!」
瞬間、隆臣のスマホがメッセージを受信した。
何かと思い、ロッカーの中からスマホを取り出せば、そこに書かれていたのは
《隆臣さん、助けて!(;_;) お兄ちゃんが、あかりさんにフラれて、すっごく落ち込んでるの!》
という、華からのメッセージだった。
第415話『喫茶店と居酒屋』
◇◇◇
「いただきまーす」
そして、その日の夕方。隆臣は、バイトが終わり次第、飛鳥を呼び出していた。
場所は、前に二人で飲みに行った居酒屋。
華と蓮の話を聞けば、昨日、フラれた飛鳥は、帰宅後、あかりさんから貰ったシュークリームをみんなで食べたあと、部屋に引きこもってしまったらしく『きっと、明るく振る舞いつつも、かなり傷心している』と、華たちが助けを求めてきた。
まぁ、飛鳥の事だ。きっと、双子の前では、無意識に『お兄ちゃん』になってしまうのだろう。ならば、ここは、親友である隆臣が、何とかするしかあるまい!
そんなわけで、時刻は、夕方6時。
バイトが終わった足で、そのまま、この居酒屋にやってきた隆臣は、飛鳥と共に、奥の個室に通された。
段取りよく、人目のつかない座敷の席を予約していたため、会話を聞かれることもないし、万が一、飛鳥が酔って醜態(痴態)を晒しても、なんとかなるだろう!
そして、少し早めの夕食をとることになった二人の前には、からあげやサラダ、ビールと言った居酒屋料理が、豪勢に並べられていた。
男二人で食べれば、それなりの量がいる。
だが、呼び出したはいいが、隆臣は飛鳥に、あかりさんのことを、なかなか切り出せずにいた。
(あかりさんが話題に出すなと言ったのは、飛鳥をふったからなのか……)
きっと、フラれた飛鳥の気持ちを配慮してのことなのだろう。
あかりさんは、あかりさんで、飛鳥を大切に思ってくれてる。だが、それは、やはり『友達』としてだかららしい。
(あぁ……やっぱり、俺が『フラれる呪いをかけとく』なんていったから)
一年半前のクリスマスシーズンのことを思い出し、隆臣は深く後悔した。
まさに、口は災いの元だ。
滅多なことは、言わない方がいい。
だが、まさか、あの飛鳥が、本当にフラれるなんて!
「隆ちゃん、華たちに何か言われたでしょ」
「……っ」
すると、ポテトをつまみながら、飛鳥が隆臣に問いかけてきた。相変わらず、察しがいいというか、なんというか……
「ははは、わかりやすーい! 隆ちゃんて、隠し事できないタイプだよね」
「俺が隠し事できないんじゃなくて、お前の察しがよすぎるんだろ」
「てことは、やっぱり華達に何か言われたんだー。まぁ、そんなことじゃないかと思ったよ。いきなり、食事に行こうなんて」
前に、侑斗さんに相談された時も同じ行動をとったからか、飛鳥には、バレバレだったらしい。
だが、隆臣だって心配なのだ。
飛鳥は、いつも自分の苦しみや悲しみを、自分の中だけに留めてしまうから。
「……なぁ、飛鳥」
「ん?」
「その……ホントなのか? あかりさんにフラれたって」
あかりさんには、話題に出すなと言われた。だが、そういう訳にはいかない。
華たちが助けを求めてきたということは、今、飛鳥の思いを聞きだせるのは、きっと自分しかいないから。
「うん、フラれた。もう、完膚なきまでに!」
「──て、笑って言うことか?!」
だが、深刻な雰囲気も、飛鳥の明るい笑顔であっさり吹き飛ばされた。
いや、これはあれか、空元気ってやつか!?
「飛鳥、今日は、記憶なくすまで飲んでいいぞ! 俺が、全部奢るし、お前が子鹿になっても、しっかり家までおくりとどけるから!!」
「子鹿? なにそれ。別に今日は、あまり飲むつもりはないよ。明日は朝から講義もあるし、二日酔いにはなりたくないし」
お酒に弱いという自覚はないが、飲んだ後、二日酔いで起きれなくなる自覚はある飛鳥。
そのため、今日は、あまり飲む気はないらしく、お酒のペースも、普段よりはゆっくりだ。
「それよりさ。恋って、やっぱり愛情からくるものなのかな?」
「は?」
だが、そんな最中、飛鳥が呟く。
まるで、軽い雑談でもするような雰囲気で、その口調は、失恋して落ち込んでるようには、一切見えない。
「そ、そりゃ、そうだろ。"恋愛"っていうくらいなんだから」
「そっか……じゃぁ、俺は、あかりを愛してるんだ」
「……っ」
愛してる!?
いやいや、さすがに、面と向かって、その言葉を言われると、恥ずかしくなる!
だが、恋が、愛故に始まるのだとしたら、飛鳥はあかりさんを『愛してる』のだろう。
まぁ、その愛の深さや重さは、人により様々だろうが。
「……な、なんだ、いきなり」
戸惑いがちに、隆臣が問いかける。
すると、飛鳥は、どこか真剣な表情で
「『愛』って、すごく醜いよね」
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