神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
435 / 507
第9章 恋と別れのリグレット

第413話 恋と別れのリグレット⑭ ~出会い~

しおりを挟む

「あや姉、私、行ってくるね」

 二月下旬──

 美しく晴れ渡る冬の空の下、白いコートをきたあかりは、墓石の前にいた。

 このあとあかりは、一人で桜聖市に向かう。受験する桜聖大の場所や、予約したホテルからの距離を把握するためだ。

 そして、その前に墓地に立ち寄ったあかりは、今こうして彩音に手を合わせていた。

 『倉色家』と書かれた墓石は美しく磨かれ、菊の花がいけてあった。

 そして、この中には、あの日亡くなった彩音の遺骨が眠っている。

 あれから、丸3年が経ち、中学3年生だったあかりは、もう高校3年生。

 まだ幼かった理久だって、秋に誕生日を向かえ、8歳になり、春になれば小学4年生だ。

 季節は目まぐるしく流れ、緩徐に心を癒し、冷えきった倉色家は、あれから少しずつ笑顔を取り戻していった。

 そして、先日の家族の前で決意を固めたあかりは、どことなく清々しい表情をしていた。

 深い後悔は、今もその胸にあった。

 あの日の凄惨せいさんな光景は、今も目の奥に焼き付いたまま。

 できるなら、忘れたかった。
 あの光景だけは、記憶から消し去りたかった。

 だけど、忘れられるはずもなく。

 むしろ、忘れられないものを無理に忘れようとしても、苦しいだけだった。

 なら、忘れなくていい。
 むしろ、忘れちゃいけない。

 覚えているから
 後悔があるから

 きっと人は──強くなれる。

「あや姉……私ね、一人暮らしをしたいと思ってるの。だから、絶対に大学合格するからね」

 墓石をみつめ、あかりは、明るく彩音に笑いかけた。

 いつまでも俯いてはいられない。
 きっと、彩音だって、それは望まないだろう。

 なら、しっかり前を向いて歩いて行こう。

 もう聞き逃すことがないように

 誰かの悲しい声に気づいてあげられるように

 二度と後悔することがないように

 生きていきたい。

 自分のために、そして、私を愛してくれる家族のために──


「行ってきます、あや姉」

 ゆっくりと立ち上がると、その後、あかりは静かに歩き出した。

 雪の中で泣いていた、あの日から数年。
 晴れた空の下を歩き出す。


 新しい未来に向けて


 未来に向かって──








 恋と別れのリグレット⑭ ~出会い~







 ◇◇◇

(わぁ、人がいっぱい……っ)

 桜聖市・桜ヶ丘──

 あかりの住む町から、電車では三時間ほどの距離にあるその街は、とても活気に溢れていた。

 母の稜子の話だと、桜聖市は、子育て支援にとても力を入れている街らしく、最近は、若い世代が移り住んでいるため、とても栄えてきているらしい。

 だからか、駅の中は、親子連れや若者たちの姿がよく目に付き、たくさんの人で溢れていた。今日が週末というのもあるかもしれない。

 だが、人ゴミが苦手なあかりにとっては、同時に、しり込みするような場所でもあった。

(なんか都会って感じ……私の地元は田舎だしなぁ)

 あかりが暮らす宇佐木うさぎ市は、桜聖市よりも大きな町だ。

 だが、残念ながら、あかりが住んでいるかがり町は、その宇佐木市の外れにある田舎町。

 のどかで落ち着いた優美な町ではあるが、さすがに田舎から来たのもあり、この街のきらびやかさには目を見張ってしまう。

(私……この街で暮らすかもしれないんだ)

 勿論、合格したらの話だが、その見慣れぬ光景には、少しばかり不安がよぎった。

 知らない場所。
 知らない人々。

 そして、この街で、自分は一人で生きていかなくてはならない。

(……頑張ろう)

 人波に圧倒される中、あかりは負けじと気合いを入れた。

 今更、怖気付くわけにはいかない。するとあかりは、まずは泊まるホテルを探そうと、駅から歩き出した。


 ◇◇◇


(っ……どうしよう、迷ったかも)

 だが、それから数時間がたった頃、日が落ち始めた夕方の国道沿いで、あかりは青ざめていた。

(おかしいな。この道で、あってるはずなんだけど……っ)

 ガードレールが続く歩道を歩きながら、あかりは、不安げに辺りを見回す。

 あの後、前日に泊まるホテルを見つけ、そこから桜聖大までの道のりを確認していたのだが、どうやら迷ってしまったらしい。
 もう直、日が暮れるというのに、受験先である『桜聖福祉大学』が、なかなか見つからなかった。

(道、違えたのかな? もう一本向こうの路地だった? それとも、もう通り過ぎたとか?)

 不安は最高潮に達して、あかりが、再びカバンからスマホを取り出すと、その瞬間、チリンと財布につけていた鈴が鳴り響いた。

 だが、あかりは、その音には気づくことなくスマホを見つめる。

「うーん、やっぱり使えないよね?」

 そして、そのスマホの画面は真っ暗ままだった。

 実は、スマホをナビ代わりに使っていたからか、いつもよりバッテリーの消耗が早く、大学にたどり着く前に、充電が切れてしてしまったのだ。
 
 しかも、こんな時に限ってモバイルバッテリーを忘れるという有様。

(はぁ……こんなんで私、ちゃんと一人暮らし出来るのかな?)

 不甲斐ない自分に、不安はさらに大きくなった。受験前の下調べてきたのに、その受験先の大学がみつからないなんて……

(もう夕方だし、遅くとも6時の電車には乗らないといけないのに……っ)

 この街にいる時間は、限られていた。
 あと一時間ほどだ。

 しかも、充電が切れ、連絡も出来ないとなると、家族に心配をかける可能性がある。

 だが、ここまできて諦めるわけにはいかない!

(しっかりしなきゃ……!)

 あかりは、改めて気合いをいれると、再び歩き出した。

 だが、その時──

「ねぇ!」

「………??」

 不意に、どこからか声が聞こえた気がした。
 車の音に紛れて届いた、澄んだ声。

 気のせい?と思いつつも、あかりは、キョロキョロと辺りを見回し、その後、ゆっくりと振り向いた。

 すると、そこには、見たこともないほどが立っていた。

 長い金色の髪と、海のように青い瞳をした、とてつもなく

 ──綺麗な人。


 *

  *

 *

  *


 神木さん──

 それが、あなたとの出会いでしたね。


 夕暮れの街で声をかけてくれたあなたは

 あの日、私の財布を拾ってくれて

 大学までの道のりを、親切に教えてくれました。


 あの時、私は、あなたのことを『女性』だと勘違いしていたけど、でも、だからかもしれません。

 優しく笑うあなたの姿が、どことなく"あや姉"と重なったんです。

 見た目は全く似てないのに、お日様みたいに温かいその雰囲気に、ひどくほっとしました。

 だけど、にっこり笑うあなたは、笑っているのに、笑っていないようにも見えて、思わず聞いてしまったんです。

『少し、イライラしてますか?』

 私の耳のせいで、また迷惑をかけたかもしれない。そう思うと、申し訳なくて。

 だけど、あなたは、少し驚いた顔をしたあと

『あれ? どこをどう見てイラついてると思ったのかな。てか、今ので、ちょっとイラついたかも?』

 なんて言って、おどけながら返事をしましたね。嫌な顔ひとつせず、笑顔のまま。

 そして、その後も、あなたは、私に優しく接してくれました。

『もうすぐ暗くなるから気を付けてね。あっちの道、街灯すくないから、夜になると危ないよ』

 そう言って、私の身を案じてくれたあなたは、本当に素敵なお姉さんでした。

 だから、凄く安心したんです。

 こんなに優しいお姉さんがいる街だったら、きっと素敵な街かもしれない。

 一人暮らしに対して不安になり始めていた心が、不思議と和らいだ気がしました。

 だから、あの時のことは、今も感謝しています。

 だけど、今、思えば──

 あの日、出会わなければよかったと『後悔』しています。

 神様は、残酷ですね。

 どうして『一人で生きよう』と進み始めたあの日に、あなたを巡り合わせたのでしょう。


 だって、あの時、あなたと出会わなければ

 こんな思いをすることはなかった。


 あなたに恋をして

 こんなにも、苦しくなることはなかった。



 神木さん──

 私は、いつから、あなたを

 好きになっていたのでしょう?


 絶対に、恋はしないと思っていました。


 だって、怖かったんです。

 そして、それは今も変わらないはずなのに

 私は、あなたを好きになっていました。


 でも、それは

 あなたが、それだけ

 私の傍に、寄り添ってくれたから。


 半分聞こえない私の左側に座って

 普通の友人として、接してくれたから。


 だから、私は

 あなたの隣に居心地の良さを感じて


 『ずっとこのままでいたい』と

 思うようになってしまって


 意地でも気付かないふりをして

 友達を貫こうとしていました。


 でも、それも、今日で終わりです。


 あんな風に拒絶した私を

 きっと、あなたは嫌いになったでしょう。


 でも、それでいいです。


 だって、私は


 あなたに『幸せ』になってほしいから──…



 だから、嫌いになってください。


 私のことなんて

 記憶の片隅に追いやってください。



 ──さようなら、神木さん。



 きっともう、話すことはないでしょう。



 でも、それでも私は


 あなたの未来が明るいものになることを


 心から、願っています。



 だから


 ──ありがとう。


 ──ごめんなさい。


 ──そして、さようなら。



 あなたに愛された私は


 きっと、誰よりも幸せ者でした。



 だから、もう十分です。



 こんな私を、好きになってくれて


 かけがえのない時間を


 たくさん、与えてくれて



 本当に、ありがとうございました。





 だから、どうか、幸せになってください。



 たくさんの人に祝福されて



  素敵な人生を歩んでください。





  私ではない『誰か』の隣で──…







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

処理中です...