神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
420 / 509
第9章 恋と別れのリグレット

第398話 強い君と弱い君

しおりを挟む

「あかりが言わないなら、俺が言うよ?」

「え?」

「俺が今、あかりのことを、どう思ってるか」

「……っ」

 ドクンの心臓が跳ねた。

 逃げ場のない状況で、逃がさないと訴えかるような真剣に瞳が、あかりを捕らえる。

 海のように深く澄んだ飛鳥の瞳が、何かを決意したように色濃く揺れていた。
 いつもは冷静なその瞳が、そのいろに反して、熱く熱を持っているのに気づいて

「あかり、俺は」
「ッ……」

 飛鳥が言いかけて、あかりは息を呑んだ。

 振りほどこうにも掴まれた腕はビクともせず、逃げる間もなく、一番聞きたくない言葉が降り注ぐ気配を感じた。

 嫌、いや、その先は──

「俺は、あかりが」
「やめてください!」

 瞬間、あかりが叫んだ。

「やめて……くだ……さい……それ以上は…言わないで……っ」

 か細い声で『聞きたくない』と泣きだしたあかりは、目に涙をためていて、飛鳥は、その姿を見て、きつく唇を噛みしめた。

「なんで……俺に諦めさせたいなら、ハッキリふればいだろ」

 苦渋の表情で、あかりを見つめれば、二人の間には、ただただ哀しい空気が流れた。

 泣かせたくないのに、また泣かせた。

 ただ、想いを伝えたいだけなのに、あかりは、それすらも許してくれない。

「なんで……っ」

 疑問は更に大きくなって、やるせない想いが、飛鳥をむしばんだ。

 あかりの気持ちが、よく分からない。

 だけど、嫌だと泣いているあかりは、まるで子供みたいだった。さっきまで、大人だと思っていたのが、嘘みたいに弱々しくて──

「………」

 その後、無言のまま、掴んでいたあかりの手を離すと、飛鳥は指先だけで、あかりの頬に触れてみる。

 羽で撫でるように、優しく涙の跡を拭きとれってやれば、その仕草に、あかりはキュッと目を閉じ、また涙を溢れさせた。

 触れることは、嫌がらない。
 こうして、そばに居ることも。

 それなのに、どうしてあかりは、俺の告白を、聞こうとはしないのだろう?

「ねぇ、何がそんなに……怖いの?」

 優しい声は、止まらずに、あかりに降り注ぐ。

 あかりの反応を見て、ふと思い出したことがあった。

 少し前、マンションのエントランスで話した時『特別って言われて、どう思った?』そう言った俺に、あかりは『怖い』と答えた。

 誰かの特別になるのが、怖い。

 だから、あかりは一人で生きていこうとしているのだろうか?

 恋もせず、結婚もせず、子供も持たず、たった一人で。

 そんなあかりを、俺はずっと強いと思っていた。

 一人で生きいくなんて、俺には絶対できないから、それを選べるあかりは、なんて強い人なんだろうって。

 だけど──

「なんで、あかりは、一人で生きていこうとしてるの?」

 人は、一人じゃ生きていけない。
 誰かに寄りかからなきゃ、倒れてしまう。

 本当に強い人は、自分の弱さに気づいていて、それを受け入れた上で、前を見据えてる。

 それなのに──

「何が……あかりを、そんな風にしたの?」

 止まらない涙は、静かに流れ落ちた。そして、あかりのその涙を見る度、飛鳥は胸を痛めた。

 何が、そんなに怖いのか?
 何が、あかりをそうさせるのか?

 俺が、あかりのその恐怖を、取り除いてあげることができれば、あかりも少しは寄りかかってくれるだろうか?

 あかりの過去に、なにがあったのかはわからない。

 こんなに近くにいるのに、あかりは、何も教えてくれないから。

 でも……


「俺は、あかりの力になりたい。だから、教えてよ。あかりの昔のこと──」



 ◇

 ◇

 ◇


 優しい声は、絶え間なく降り注いだ。

 見た目は女の子なのに、その声は確かに男の人だった。

 心地よい声。ずっと聞いていたいと思うくらい、好きになってしまった──神木さんの声。

 だけど、その声を聞く度に、涙が溢れた。

 これ以上、優しくしないでほしい。
 もう、何も言わないでほしい。

 でなくては、溢れてしまう。
 揺らいでしまう。

 もし、ここで全て吐き出したら、あなたは、私を受け入れてくれるのでしょうか?

 寄りかかってもいいと、優しい声をかけてくれるでしょうか?

 きっと、あなたなら、そう言うのでしょうね?

 でも──


《あかり。嘘ついてゴメン》


 あの日の記憶が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。

 残像のように眼の裏に焼き付いている光景は、真っ赤に染まった水面と真っ白な雪。

 泣き叫んで
 うずくまって
 立ち止まって
 心を病んだ

 あの頃の記憶は、きっと一生なくならないし、一生なくしてはいけないもの。

 だから、私は、あなたの気持ちには答えられない。

 だって、私は、あの日


『あのさ、あかり。少し、話したいことがあるんだけど……今から、うちに来ない?』

 あの日、私は



 人を──




 殺してしまった人間だから。





「話したくありません!!」

「……っ」

 瞬間、一気に空気が張りつめた。

 あかりの拒絶の声が、部屋全体を包みこみ、飛鳥を見上げて、珍しく感情的になったあかりが、泣き叫びながら答えた。

「話したくありません! 力になってもらいたいなんて思ってません! 私、乗り越えたんです! 全部全部、乗り越えて、今やっと前に進めてるんです! だから、これ以上、私の決心を鈍らせないでください!!」

「……っ」

 あかりの声が、鼓膜を震わせ、直接、飛鳥の胸を突き刺した。

 それは、諦めさせるには、十分すぎる言葉だった。

 優しい彼は、こう言えば、もう深く介入してこない。そう思って、あかりは更に言葉を続けた。

「前にも、言ったはずです。私は一人が楽なんです。だから、ただのお友達で、いて……欲しかったのに……っ」

 壊したのは、どっち?
 先に好きなったのは、どちらから?

 そんなの、もう、よくわからない。

 だけど、これで確実に終わる。

 出会って、喧嘩して、笑いあって、打ち解けて、あなたとの時間に安らぎを感じた、これまでの日々。

 全部、全部、何もかも、終わりを迎える。

「どいて、ください……っ」

 組み敷かれたまま、あかりがハッキリそういえば、飛鳥はゆっくりと退き、その後、起き上がったあかりは、服の袖で涙を拭いながら、また呟いた。

「少し外で、頭を冷やしてきます。30分ほどしたら戻りますから、神木さんは、その間に、着替えておいてください」

「え?」

「さっき、着替えたいといっていましたよね。今日は、ありがとうございました。私の頼みを聞いてくれて……とても楽しかったです。いい思い出になりました。今日のことは一生忘れません。だから」

「何、言ってんの?」

 まるで、別れを告げるような空気を察して、飛鳥が強く呼びかけた。まっすぐに見つめる瞳に、気持ちが揺さぶられる。

 だけど、これでいい。
 これで──

「もう、耐えられないんです」

「……」

「その気持ちは、私には辛すぎます。だから、今日ここで、サヨナラしてください」

 私は、なんて酷い人間なんだろう。
 あなたの傷つけることしか、言えない。

 だけど、これでいい。
 私は、あなたには相応ふさわしくないから。

 だから、いっそ、嫌いになってください。


「今まで、ありがとうございました」


 ここまで言えば、きっとあなたなら






 ──わかってくれますよね?





しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

処理中です...