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第9章 恋と別れのリグレット
第392話 着替えと女装
しおりを挟むその後、廊下の奥へ進み、脱衣所の前まで来ると、飛鳥は目の前の引き戸を開けた。
ガラッと扉が開き、中を見れば、そこには、こじんまりとした脱衣所があった。
洗濯機と洗面所。単身者向けの一般的な脱衣所だ。だが、その奥にお風呂があるのが見えて、飛鳥は、中に入るのを躊躇する。
(アイツ、普通に脱衣所に通したけど、よかったのかな?)
いわゆるここは、あかりが常日頃、服を脱ぎ入浴をしている場所。そんな場所に、男を入れてよかったのか?
これは、何も考えてないのだろうか?
はたまた、俺を男として見ていないのか?
(いや、まぁ、完全に後者だよな)
だが、その後、あっさり答えは出で、飛鳥は深いため息をついた。
あかりにとって自分は、平気で脱衣所に押し込めるような無害な男なのだろう。
(俺、そんなに女っぽいかな?)
異性と意識できないほど?
ちょっと虚しくなったか、飛鳥はその後、中に入り、扉をしめた。
荷物を置いて、鏡を見つめる。すると、その瞬間、花のような香りが身体中を包んだ。
それは、まさにあかりの匂いだった。
だが、そう気づいたら瞬間、柄にもなく動揺する。
(っ……やっぱ、脱衣所はまずかったかも)
あかりの香りが染み付いた場所。
そのせいか、余計に意識してしまった。
こんな場所で、落ち着いて着替えなんて、できるはずがない。だが、今更後悔しても仕方ない。飛鳥は、袋の中から女装服をとりだすと、それを脱衣所のカゴの中に入れた。
(……早く着替えて、ここを出よう)
そう思い、着てきた上着を脱ぎ、すぐさま中のシャツに手をかけた。だが、シャツを脱ぎすてた瞬間、ふと鏡の中の自分と目があった。
長くて綺麗な金色の髪と、海のように深いブルーの瞳。顔立ちは中性的で、確かに女性と見間違うほどに美しい。だけど……
「身体は……完全に男なんだけどな」
骨格も、声も、心だって、何もかもが──男。
それなのに、なぜ少しも意識してくれないのか?
その後、小さくため息をつくと、飛鳥はズボンのベルトに手をかけた。
いくら好きな女の子のお願いとはいえ、その好きな子の家で、服を脱いで女装をする。
そんな自分が、少しだけ――惨《みじ》めに感じた。
*
*
*
(やっぱり、脱衣所をすすめたのは、間違いだったかな?)
その後、ケトルでお湯を沸かしながら、あかりはお茶をいれる準備をしていた。
この狭い家で、着替えができる場所なんて限られてる。このリビングか、あとは脱衣所のみ。
だが、恥ずかしさをかかえつつも、あえて脱衣所を進めたのは、彼に全く意識してないことを、遠まわしに伝えるため。
(ここまですれば、気づくよね?)
自分が異性として意識されてないとわかれば、きっと諦めてくれる。
どんなに優しくしても、どんなに甘い言葉を囁いても、振り向かない女だとわかれば──
だが、お風呂場を好きな人に見られるが、こんなに恥ずかしいなんて!
(あぁ、もう、やっぱり脱衣所はやめとけばよかった……なんでこんなに恥ずかしいの……直接、裸を見られてる訳でもないのに)
ちなみに、脱衣所もお風呂場も、しっかり掃除をしたし、見られて困るモノは何一つない。
なんせ、今日は、下着や着替えはおろか、バスタオルや歯ブラシですら、目に付かない場所に隠したのだ。
それなのに……
「もぅ……意識、しすぎ……っ」
自分の動揺具合に、呆れ果てる。
前は、こんなこと一切なかった。だけど、両思いだと気付いたあの瞬間から、この感情は、日増しに大きくなっていった。
好きな人が、同じ空間にいる。
ただそれだけで、窒息しそうなくらい胸が苦しくなる。
溺れてしまうのが、怖い。
早く抜け出さないと、もっと苦しくなる。
それは、わかってるはずなのに――…
――コンコン!
「……!」
瞬間、リビングの扉が鳴って、あかりは息を詰めた。扉を鳴らす相手は、一人しかいない。
さっき着替えに行った、神木さんだ。
「あかり、着替え終わったよ。入っていい?」
「あ、えっと……」
飛鳥にそういわれ、あかりは、忙しない感情をすぐさま押さえ込んだ。
今、顔を合わせて、大丈夫だろうか?
少しだけ不安になる。
(だ、大丈夫だよね。落ち着こう……女の子に変身していれば、もう下手に意識することもないはずだし……)
そうだ。目の前にいるのは女の子。
そう思えばいいのだ。
「はい、どうぞ」
明るく返事をし、あかりは、いつも通り飛鳥を招き入れた。
どんな服を着ているだろう?
そう思うと、別の意味で気持ちが高鳴った。
すると、リビングの扉が、ゆっくりと開いて、中に美少女が入ってきた。
繊細なフリルがついたシフォンブラウスに、レースのあしらわれたクラシカルなジャンバースカート。そして、首元には大きなリボンとブローチ。
(ふえぇぇ、なにこれ、めちゃくちゃ可愛い!!)
その飛鳥の姿は、まさに、ロリータ服を着た、眩いばかりの美少女だった。
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