神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第8章 好きな人のお願い

第380話 華と葉月

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『神木さんって、絶対、お兄さんとデキてるよね』

 あれは、忘れもしない中学三年の夏。

 たまたま聞いた、華の噂は耳を疑いたくなるようなものだった。

 女子トイレの中から、聞こえてきた女子生徒の声は、あまりにもあり得ないもので、だけど、その会話は、止まること無く膨らんでいって、思わず足が止まった。

『えー、デキってるって兄妹で?』

『だって、神木さんのお兄さん、告白断ってばかりらしいじゃん。彼女作らないのは、妹とデキてるからだって』

『あーでも、確かにお兄さん、神木さんのことめっちゃ溺愛してるよね』

『でしょー。しかも、この前は一緒にデートしてるところを、見た人がいるんだって』

『マジ!? あー、でも、あんなカッコいいお兄ちゃんがいたら、血つながってても好きになっちゃうかも』

『つーか、血つながってないでしょ! 神木さんとお兄さん、全く似てないじゃん!』

 金髪碧眼で綺麗な飛鳥さんと、黒髪で日本人らしい華は、全く似てなかったから、時々、こういう噂が流れる時があった。

 特に飛鳥さんは、あの双子をとても大切にしていたし、どんな時も家族優先。

 そのうえ、めちゃくちゃモテてたから、飛鳥さんにフラれた女子たちが、その腹いせで、良くない噂を流すこともあって、そして、その矛先が、華に向かうこともあった。

 だけど、あの家族の形は、小学校の事から何も変わらない。お互いがお互いに、大切にし合ってる。それは、華の傍で見てきた私が一番よくわかっていて。

 でも、小学校の時は、仲のよい兄妹弟で通っても、中学にあがり思春期を迎えると、その仲の良さが、異常なものだと言い出す人も現れた。

『神木さんの家って、今、親いないんだってー』

『あー。そういえば、父親は海外にいるっていってたっけ』

『ぶっちゃけさー、親の目がなければ、やりたい放題だよね』

『え、兄妹でってこと!? うわ、それヤバいじゃん! だれか親に教えてあげれないいのに。おたくの子供たちが、兄妹でいやらしいことしてますよーって』

『つーか、この噂広めちゃえばさー、学校から親に話がいくんじゃない?』

『あー先生たちもビックリするかもね。あんな清純そうな神木さんが、お兄さんと』

 ――バン!!

『ひッ!!』

 大切な親友と、その家族のことで、あることないこといわれて、さすがに頭に来た。

 気が付いたら、側にあった壁を思いっきり殴りつけていて、中にいた女子たちも、私に気づいたのか、バツが悪そうに顔を見合わせた。

『げ、葉月ッ』

『あんた達、さっきの話なに?』

『な、なにって、そういう噂がマジであるんだって! あの兄妹、仲が良すぎるし!』

 その言い分には、さすがに呆れた。仲がいいから兄妹できてるって、なにそれ。

『バッカじゃないの!! 華と飛鳥さんは、ちゃんと血がつながってるよ! 母親は違うけど、父親は同じなの! それに、親は不在っていっても、弟君もいるじゃん!? つーか、デートじゃなくて、二人が行ってんのは、ただの! あんたら、家族と一緒に買い物行ったことないの!?』

 イライラがまして、言葉が荒くなる。

 しかも、そんなありもしない噂を、学校中に広めようとしているのが、あり得ないと思った。

『変な噂、流したりしたら、ただじゃおかないから』

『え?』

『そんな噂流して、華が学校にこれなくなったら、あんたたち、どう責任とるの?』

『せ、責任って……っ』

『事実じゃない噂でも、一度広まれば、それを本気にする奴らだっているんだよ! そうしたら、華と飛鳥さんは、何もやましいことしてなくても、そういう目で見られるようになるの! あんた達「あの噂は全部間違いでした」って、聞いた人全員に謝ってまわる気あるの!?』

『そ、それは……っ』

『あ、神木さん……!』

 すると、どうやらタイミング悪く、華がやってきたらしい。

 私の後ろに現れた華は、何事かと困惑していて、目が合った女子たちは、その後、慌てて華に謝罪しはじめた。

『ご、ごめんね、神木さん。変な噂、流したりしないから、安心してね!』

『え、変なウワサ?』

『あ、うんん! 聞こえてなかったなら、いいの!』

 だけど、華には聞こえていなかったのか、女子たちは、安心したように駆け出していって、それを見送ったあと、華は、私の側にやってきた。

『葉月、何があったの?』

『うんん。別になにも』

『そう……ごめんね』

『な……なんで、華が謝るの?』

『うーん、なんとなくだけど、葉月が助けてくれたんだろうなって……ありがとう』

 華は、笑っていた。
 すこしだけ、悲しそうに。

 きっと、どんな話をされていたのか、なんとなく、わかっていたのかもしれない。

 だけど、それでも華は、変わらない。

 変わらずに
 今もずっと、家族を大切にしてる。


 ◇

 ◇

 ◇


(前に、兄貴に彼女ができた時、どんな気持ちだったか聞いてきたけど、あれは、飛鳥さんに好きな人ができたからだったのかな?)

 今、華は、どんな気持ちなのだろう。

 飛鳥さんに好きな人が出来て。
 嬉しい? それとも、寂しい?

 でも華なら、どんなに寂しくても、きっと応援するのだろうな。

 大好きな、お兄ちゃんの幸せを――


「葉月~、何やってんの!」

 ボーっとしていたら、華が飛鳥さんからはなれて戻ってきた。

 きゅっと腕に抱きついて、笑いかける華は、普段通りの明るい表情で、自然と笑みがこぼれた。

「なんでもないよ。ちょっと軽くシュミレーションをね」

「シュミレーション?」

「うん。だって私、飛鳥さんと一緒に電車に乗るの初めてだし! モーレツに女子が押しよせてきたらどうしよう~って!」

「あはは、さすがに電車の中じゃ危ないし、それはないと思うけど、でも痴漢にあったことはあるみたいだから気をつけないとね!」

「え、痴漢!? それって男、女?」

「どっちもだって」

「どっちも!?」

「うん。相変わらず美人すぎるよね、うちのお兄ちゃん」

 華がため息混じりに、飛鳥さんを見つめた。
 駅の入口では、華が離れたからか、さっそく女子から声をかけられている飛鳥さんの姿があった。

 はっきりいって、この家族は『普通』じゃない。

 あんなに美人なお兄ちゃんがいるからかもしれないけど、ありえないくらい仲が良くすぎて、必要以上に絆が強い。

 だけど私は、そんなありえないくらい仲がいい神木家が、今も昔も、変わらずに大好きだった。

「ねぇ、華」

「ん?」

「飛鳥さんに彼女ができて、寂しいなーって思う日がきたら、私に言いなさいよ。いつでも話きいてあげるから」

「え?」

 耳元でコソッと囁けば、華はキョトンと目を見開いた。

 私だって兄貴がいるから、少しは気持ちが分かる。うちの兄貴に彼女はいないけど、やっぱり、ちょっと寂しいかもなって思うから。

 でも、私がこうなんだから、華は人一倍寂しいかもしれない。

 だって飛鳥さんは、華にとって、お兄ちゃんであり、お母さんのような人でもあるから。

「うん……ありがとう葉月。その時は、よろしくね」
 
 私の言葉に、華がふにゃりと微笑めば、私も一緒に微笑んだ。

 本当は、その寂しさを感じた時に、榊がいてくれたらいいんだけど、きっと、そう上手くはいかないだろうな?

 だから、華が家族に気づかれないように、こっそり悲しんでる時は、友達の私が、そばにいてあげよう。

 だって華は、一人孤立していた私に、唯一声をかけてくれた子だから。

 無駄に正義感が強くて、周りから怖がられていた私に

『葉月ちゃんて、かっこいいね!』

 なんて言って、笑いかけて、一切怖がらずに接してくれた女の子。
 
 きっと、華がいなかったら、こんなにも楽しい学校生活は、送れなかったかもしれない。


「おーい、なにやってんのー」

 女子を追い払ったのか、その後、飛鳥さんが声をかけてきた。

 私と華は、すぐさま飛鳥さんの元に行って、駅の中に入った私たちは、電車に乗って隣町へ。

 今日はまた、一段と楽しい一日が始まりそう!

 まぁ、あんなに美人なお兄さんのお供をする訳だから、普段よりも、大変かもしれないけどね!

 
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