神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第7章 未来への一歩

第375話 両思いと始まり

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「連絡して……いいかな?」

 スマホを見つめたまま、少し迷う。

 さっきのことがあるからか、恥ずかしくて、あかりは、なかなか電話がかけられなかった。

 両思いだと気づいてしまったのは、ある意味『不幸』なことかもしれない。

 彼の気持ちに、自分の気持ちに、一切気づきさえしなければ、ずっとこのまま、友達として、変わらない日々を過ごせかもしれないのに──…

「……いつまでかな、この関係」

 あなたの近くで、友達として笑っていられるのは、あとどのくらいでしょうか?

 私が、ずっと、この気持ちを隠しさえすれば、この先も、ずっと続けられますか?

 でも、それは……

「神木さんのためには、ならないですよね?」

 スマホに表示された名前をみつめ、あかりは、切なげに呟いた。

 どうしたって、彼の気持ちには答えられない。

 だから、この両思いという関係を、素直に喜ぶことができない。

 だって、から。

 結婚も子供も持たない。そんな自分と、彼の未来は、どうしたって、交わることがないから。

「……離れなきゃ」

 離れなきゃいけない。
 傍にいちゃいけない。

 彼の時間を、私なんかに使わせちゃいけない。

 だから、あと1、二人だけの時間を過ごせたら、少しずつ、離れていくことにします。

 できるだけ傷つけないように、ゆっくりと距離をおいて『友達』から『他人』に戻ろうとおもいます。

 まぁ、その最後の時間が、女装をしてくれだなんて、少しおかしいかもしれないけど。

 でも、両思いだとわかったこの状況で『男性』の神木さんと過ごすのは、なんだかとても、恥ずかしいから……

「逆に、よかったかも?」

 とんでもないワガママを言ってしまったこと苦笑しつつも、あかりは、気持ちの整理をつけ、迷いのある表情を一新させた。

 離れる覚悟をきめた、表情。
 友達をやめる、決意の表情。

 そして、それは、友達としての今の関係を終わらせる、カウントダウンの始まり。

「うーん。でも、神木さんの女装姿は、すっごく気になる……!」

 だが、その後、あかりは、飛鳥の女装姿を想像して、歓喜の表情をうかべた。

 まさか、いいと言ってくれるとは、思わなかった!それに、あんなに綺麗なのだ!どんな服でも完璧にきこなしてくれそう!

「あの長い髪、一回いじってみたかったんだけど、触らせてくれるかな? エレナちゃんの髪はいじったことあるけど、やっぱりおなじ感じなのかな?……あ、そうだった!」

 すると、不意にあることを思い出して、あかりは、飛鳥の連絡先を消し、また別の連絡先を探し始めた。

 電話帳の欄に現れたのは『紺野 ミサ』の文字。
 実は、先日の花見の時、あかりはミサと連絡先の交換をしていた。

「あ、突然すみません。ミサさん、今、大丈夫ですか?」

『えぇ、大丈夫よ。今、ちょうどお昼を食べ食べ終わったところだから』

 あかりが電話をかけると、ミサはすぐに出てくれた。

 飛鳥が届けてくれたお弁当を食べ終えたミサは、ちょうどオフィスに戻る途中で、幸せそうにお弁当の袋を見つめたミサは、その後、廊下の隅により、あかりとの会話に集中する。

『どうかしたの? もしかして、エレナになにか?』

「あ、いいえ。エレナちゃんのことではなくて、今日は、神木さんのことで」

『飛鳥の?』

「はい。実は先日、ミサさんが話していた、神木さんと橘さんの件は、みたいです」

『へ? 間違い?』

「はい。お二人は、お付き合いもしていないし、恋人同士でもないみたいです」

『え!? そうなの!?』

「はい。はっきりしたので、一応お伝えしておこうと」

『そうだったの。ありがとう……あれ、じゃぁ、今日のあれは、誰のことだったのかしら?』

「え?」 

『あの子、私が「本当に好きなら応援する」っていったら「認めてくれるんだ」って、少し安心したような顔をしていたから……他に好きな子がいるってことかしら?」

「…………」

 そのミサの言葉に、あかりは暫く黙り込む。

 飛鳥の好きな相手が、誰なのかは、あかりにははっきり分かっていた。だが、その相手が自分だなんて、口が裂けても言えない。

「さぁ、私も、そこまでは」

『そうよね。ごめんなさい、わたしのせいで、迷惑かけてしまったわね。じゃぁ、隆臣くんも、友人として付き合ってるってつもりで話してしたのかしら? あ、でも、エレナの『友達以上の関係』って、なんだったのかしら?』

「友達以上?」

『えぇ、エレナが、そういっていて……飛鳥は、昔から可愛かったし、女の子みたいで、だから、私はてっきり恋人同士なんだと』

「うーん……もしかしたら、それは『親友』って意味だったんじゃないでしょうか?」

『え?』

「あの二人とても仲がいいので……それにエレナちゃんは、親友というものに、憧れがあるみたいですし」

『親友……そう、それは、きっと、私がエレナから奪ってきたせいね』

 友達なんて必要ない──と、仲良くなろうとする子供たちを、エレナから遠ざけ、エレナ自身にもそれを強要していた。

 自分が臆病だったせいで、エレナの大事な友達との時間を奪ってきた。

 すると、昔自分が、あかりに『エレナに近づかないで』と忠告した日のことを思い出した。

 強くトゲのある言葉を、この子に向けた。
 本来なら、離れてもおかしくない。

 それでも、あかりさんは、エレナの友達でいてくれた。

『あかりさん、あらためてお礼を言わせて……あの子の──エレナの友達になってくれて、ありがとう』

 ミサが、ふわりと微笑めば、桜が空に舞い上がる。

 うららかな、春の日。

 この日、ミサとあかりは、未来への一歩を踏み出した。


 片方は、大切な我が子たちの未来を守るために

 もう片方は、好きな人との、別れの未来を覚悟して


 春の空はには、桜が舞う。

 それは、暖かく、穏やかに

 だけど、少しだけ──切なげに漂っていた。




 ✿

 ✿

 ✿




「え!? 誤解といてくれたの!?」

 そして、そのあと、あかりは心機一転、飛鳥に電話をかけたのだが

『はい、ミサその方には、はっきりと付き合っていないことを伝えておいたので、もう大丈夫だと思います』

「そ、そうなんだ……っ」

 あかりの言葉を聞いて、飛鳥はほっと息をついた。

 なぜなら、実の母親に男と付き合ってないことを説明することに、とてつもない苦痛を感じていたから!!

「っ……ありがとう、あかり。助かった」

「助かった?」

「いや……それと、隆ちゃん、俺のこと恋愛対象としては見てないって」

『あぁ、聞いたんですね』

「お前が、あんなこと言うからだろ!」

『あはは。それと、私、無事に親からアルバイトの許しをもらえたんですが、神木さん、本当に女装してくれるんですか?』

「うん、するよ。もう、女装だっていくらでも。本当に、ありがとう!!」

 この恩は、しっかり返す──とばかりに、ミサの誤解をといてくれたあかりに、飛鳥は激しく感謝する。

 だが、そんな飛鳥の会話を聞いていた双子は

(飛鳥兄ぃ……最近、女装することに躊躇いがなくなってきてる気がする)

(兄貴、あかりさんの前でマジで女装するのか。まぁ、楽しいからいいけど)

 兄は、一体、好きな人の前で、どんな女装姿を披露するのだろうか?

 そんなことに、不安と、微かな期待をふくらませながら、双子は二人あわせて「ごちそうさまでした」と手を合わせ、ラーメンを食べ終えたのだった。
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