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第7章 未来への一歩
第367話 親と恋人
しおりを挟むとぼとぼと街の中を歩く。
面接を終えた昼前、不慣れなスーツ姿で、道路沿いを歩くあかりは、ずっと考えごとをしていた。
内容は、先程、言われた美里の言葉。
バイトをしたいことと、引越ししたいことは、しっかり親に話しなさいと。
いくら息子の知り合いとはいえ、見ず知らずの女の子に、こうも親身になってくれる美里には、嬉しさと、有難たさが込み上げてくる。
だが、迷っているのは、本当に親に話していいかどうか?
(どうしよう……無理を言って家を出してもらったのに、引越ししたいなんて話したら、また心配かけちゃうよね?)
親への心配事は、数年前に嫌というほど与えてしまった。
あの雪の日のことを、自分の家族は一生わすれないだろう。
だからこそ、もう心配はかけたくない。
(……でも、アルバイトをしたいなら、話さないと許可してもらえないし)
こんな時、未成年というのは厄介だ。
今は19歳。あかりが、親の許可を得ずに働けるようになるまで、まだ一年もある。
だが、そんなにも長い間、先方を待たせる訳にはいかないし、なにより、一年後に働いてお金を貯めるまでの間、ずっと彼に──神木さんに恋人のフリをして貰うことになる。
(神木さんと橘さんって、結局どういう関係なんだろう?)
すると、美里から聞いた別の話を思い出し、あかりは、改めて、飛鳥と隆臣のことを考えた。
ミサは確かに、二人が付き合っていると言っていた。だから、2人は恋人同士なのだと思っていた。
でも、いくら初対面とはいえ、美里が嘘をついているとも思えなかった。
なにより、一度は怪しいと思い、二人を問いただしたしい。
しかし、メイド服をきて遊んでいたにも関わらず、その美里が、はっきり『恋人ではない』と断言した。
ならば、美里の方が正しいのかもしれないし、ミサはなにか勘違いをしているのかもしれない。
だが、二人が恋人でないとすれば、また話が変わってくる。
神木さんの恋愛対象が『男性』なら、これまで通り、気兼ねなく『友達』を貫ける。
だけど、もし『女性』が、恋愛対象だったとしたら──
「わっ!?」
だが、その瞬間、あかりは不意に足を取られた。
履きなれないパンプスを履いていたせいか、はたまた、考え事をしていたせいか、路上に落ちていた小石に躓き、危うく転びかけたあかりは、咄嗟にガードレールを掴み、しゃがみこんだ。
(び……びっくりしたー)
道端で豪快にこけることなく、踏みとどまったあかりは、ホッと息をつく。
人は少ないが、明らかに車は通っている。人目が全くない訳ではなく、こんな所で転けたら、さすがに恥ずかしすぎる。
(はぁ……ほんと、ダメだなー)
不甲斐ない自分に嫌気がさす。
こっちにきて、約1年。
一人で生きていこうと息巻いていたくせに、結局、誰かに頼らなければ生きていけない。
誰かに寄りかかって
誰かに支えられて
誰かの傍で安心して
そんな自分に嫌気がさす。
もっと、強くならなきゃいけない。
誰にも、心配かけないように。
誰にも頼らずに、生きていけるように
強く──
(強く……なりたいのに……っ)
不意に、心の奥に閉じ込めていた傷が開き出した。
【あかり、嘘ついてゴメン】
あのメッセージは、今でも強く心に残っていた。
目が覚めたと同時に確認した、LIMEのメッセージ。
「……っ」
不意にあの日の光景が蘇り、あかりはとっさに口元を押さえた。
呼吸が乱れれば、胸の奥から、ゾワリと何かがせりあがってくる。
眼前に広がる赤い水面と、うちつけるシャワーの音。
そして、それを、ただ見つめるだけだった、中学生の頃の自分。
何度と夢に見て
何度と自分を責めて
それでも、まだ癒えない──心の傷。
いや、癒えてはいけない。
絶対に、許してはいけない。
(っ……しっかりしなきゃ)
路上にしゃがみ込んだまま何をしてるのか、不甲斐なさにさらに拍車がかかり、あかりは気持ちを切りかえるためにも、そっと目を閉じた。
深呼吸をして、乱れた呼吸と気持ちを整える。
だが、その時──
「あかり?」
「……!」
どこからか、声がした。
いきなり名を呼ばれ、おもむろに顔をあげれば、その瞬間、青い瞳と目が合った。
「やっぱり、あかりだ。どうしたの? 具合悪いの?」
「……っ」
突然のことに、思考が追いつかなかった。
そこには、自分を心配そうな見つめる青年の姿があった。
赤みがかった金色の髪が、サラサラと揺れる。
そして、優しくて穏やかな声。
それが誰だかわかった瞬間、あかりは、涙を流した。
あ……っと思った時には、遅かった。
頬には涙が伝い、隠すことも止めることも出来ず、ただ目の前の青年をみつめる。
声を聞いて、安心してしまった。
頼りたくないのに、体が言うことを聞かない。
それは、まるで『心』が、求めてるみたいに──…
「神木、さん……っ」
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