神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第2部 最終章 始と終のリベレーション

第267話 対面と不安

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 玄関の前に立って、目を瞑る。

 このマンションに引っ越してきたのは、中学1年の時だった。

 華と蓮は、まだ小学二年生で、前は狭いアパートに住んでいたからか、こっちに引っ越して来て子供部屋が与えられた時は、二人してとても喜んでいた。

 だけど、せっかく男女別れて部屋を与えられたのに、初めの頃は寂しいからって、夜寝る時はいつも三人一緒だった。

 窮屈だったけど、誰かが側にいてくれるのは、凄く安心できて

 同時に、すごく心が満たされた。

 あれから、8年──

 何度と、この玄関を出入りして
 何度と、この温かい家に帰ってきた。

 だけど

 この玄関の扉を、こんなにも重いと感じる日がくるなんて思ってもみなかった。

(……心配、してるかな)

 ガチャ──と、玄関が重い音を立てた。

 意を決して鍵を開けた瞬間

 行かないでと
 泣いて引き止めた華と

 行かせたくないと
 立ちはだかった蓮の姿が過ぎった。

 あんなに不安そうな二人の手を、無理やり振りほどいて、でてきた。

 何も告げず、置き去りにして──

 もしこの後
 隠していたこと全て伝えたら

 二人は、どんな顔をするだろう。


 幻滅するかな?
 軽蔑するかな?

 もう、今までのように
 仲の良い兄妹弟ではいられなくなるかな?


 でも

 もし、そうなったとしても──



「…………っ」

 ぐっと奥歯を噛み締めて、ゆっくりとドアノブに手をかけた。

 今更、後戻りはできない。

 もう、覚悟は決めた。


 大切に守ってきたものが

 ──壊れる覚悟。


 愛している人たちを

 ──失う覚悟。



 そして





 忘れたかった過去と






 ──向き合う覚悟。














 第267話 対面と不安













 ◇◇◇

「この子は、エレナ……俺の妹だよ」

 玄関先で、そう言った飛鳥の言葉を最後に、辺りはシンと静まり返った。

 飛鳥の後ろにいる金髪の少女を見て、華と蓮が、その場で硬直すると、その光景を、隆臣が少し離れた所から見つめていた。

 空気は、あまりいいとは言えない。

 顔も知らない女の子が、いきなり兄の妹と言われて出てきたのだ。

 その光景に、鼓動は少しずつ早くなる。

 だが、目の前の少女は、兄に、とてもよく似ていた。
 まるで幼い頃の兄を彷彿させるような、赤みの入ったストロベリーブロンドの髪と長い睫毛と、人形のように整った顔立ち。

 唯一違うのは瞳の色だけで、そこに並ぶ二人は、誰がどうみても

 ───兄妹だった。


「華、蓮」
「──っ」

 長い沈黙を破り、飛鳥が名を呼んだ瞬間、双子はビクリと反応する。

 毎日呼ばれていたはずなのに、すごく久しぶりに呼ばれたような気がして、微動だにできずにいると、その後、ゆっくりと飛鳥が話し始めた。

「さっきの話……これから話そうと思う。エレナも一緒に──」

「…………」

 エレナ──

 その名前を再度咀嚼して、華と蓮はゴクリと息を飲んだ。

 あの時、狭山さんとの電話で発していた言葉。今日、兄は、この子のために家を出たんだと思った。

 もう一人の『妹』のために───…


「っ……わ、分かった。じゃぁ、私お茶入れてくる。蓮も手伝って」

「え、あぁ……」

 兄の言葉に、小さく同意した華は、その後くるりと踵を返すと、蓮を連れ、まるで逃げるように、リビングへと戻っていく。

 そして、そんな二人の姿に、漠然と不安が過ぎった飛鳥は、きゅっと拳を握りしめた。

 いきなり連れてきて、すぐに受け止められないのはわかっていた。

 お茶を入れると言いながら、気持ちを整理したいのだろう。

「飛鳥」
「……!」

 すると、それをずっと傍観していた隆臣が、声をかけてきた。

 距離が近づくと、いつもと変わらない隆臣の雰囲気に、飛鳥は心なしか安堵する。

「隆ちゃん、さっきはごめんね。いきなり電話して……華と蓮、大丈夫だった?」

 そう問われ、隆臣は素直に

「大丈夫ではなかったな。案の定、家から出た挙句、当たり屋に遭遇して、スマホ代7万請求されてたぞ」

「え!? ちょっと待って、なにそれ!?」

「華なんて、人質にされてたしな」

「人質!?」

 瞬間、飛鳥の表情が一変する。
 顔を蒼白させ、酷く狼狽える飛鳥を見て、隆臣は、小さく苦笑する。

 離れていた間、華と蓮のことが心配で仕方なかったのだろう。こういうところは、やっぱり"お兄ちゃん"だなと思う。

「大丈夫だよ。二人共かすり傷一つ出来てねーから、安心しろ」

「……っ」

 隆臣がそう言うと、飛鳥は今にも泣きそうな顔で

「ありがとう……隆ちゃん……っ」

 と、ホッとした様子で答えた。

 それをみて、隆臣も安心したように微笑むと、その後、飛鳥の後ろでビクついてる女の子と目が合った。

 今の重くるしい雰囲気が、自分のせいだとわかっているのか、飛鳥にぴったりくっついている女の子は、隆臣が初めて出会った頃の飛鳥とよく似ていた。

 髪の長さも瞳の色も違うし、飛鳥のような内面から滲み出るような華やかさがある訳でもないが、それでも、その独特の雰囲気と顔立ちは、本当に、あの頃の飛鳥にそっくりだった。

(……まさか、華と蓮の他に、もう一人、兄妹がいたなんて)

 さすがに驚いた。

 だが、なにより、いきなり妹を連れてこられた華と蓮は、それこそ只事ではないだろう。

 軽く、その心中を察したが、部外者がとやかく言うことではない。隆臣はとりあえず、この場から立ち去ることにした。

「じゃ、俺は帰るから、また何かあったら連絡しろよ」

「え? ぁ、うん」

 そう言って、飛鳥の横を通り過ぎりる。
 だが、不意に服を引っ張られて、隆臣は足を止めた。

「…………」

 見れば、飛鳥が無言のまま、隆臣の服を掴んでいた。
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