280 / 554
第2部 最終章 始と終のリベレーション
第259話 ミサとゆり
しおりを挟む(確かこの辺りに……っ)
夕方の住宅街──飛鳥は、狭山から聞いた住所と照らし合わせながら辺りを見回した。
前に"あの人"を見かけた公園の前を横切って、あかりのアパートの通りから二本ほど奥へと進んだ細い路地。
車がやっと離合できそうなくらいのその路地には、庭付きの一軒家が数軒建ち並んでいた。
狭山から聞いた話だと、その路地の中間辺りにエレナの家があるらしい。
青い屋根の家だと言っていた。
二人だけで住むには広すぎるんじゃないかと言うくらい大きな西洋風の一軒家。
「……っ」
小走りで、その路地の家を一軒ずつ確認し、すぐに該当の一軒家を見つけた。
格子状になった門構えの奥には、5~6段ほどの階段があって、その上にその家はあった。
少し薄汚れた白い壁と、群青色に近い青い屋根。築20年ほどの古びたその家を見た瞬間、飛鳥は思わず足を止めた。
いや、動けなくなった──と言った方がいいかもしれない。
なぜなら、それは、あまりにも似ていたから
自分が幼い頃に、あの人と父と『三人』で暮らしていた、あの家に──…
「なんで……っ」
一瞬にして、子供の頃の思い出したくない光景が、眼前に広がった。
目の前に飛び込んできた情報量の多さに、軽く目眩を起こしそうになる。
玄関を開けて、右手には自分が閉じ込められていた子供部屋があって、左手にはリビングとキッチンがあった。
中央には、玄関からまっすぐ上にのびた木製の階段。そして、その先には両親の寝室と、父の仕事部屋があった。
(いくら、なんでも……)
──似すぎてる。
中に入らずとも、その間取りが分かってしまうほど、この家は、あの頃住んでいた家に似ていた。
まるで、子供の頃にタイムスリップでもしてしまったかのように…
だけど──
(ッ……いや、落ち着け。同じなわけない)
子供のように震え切った自分の心に、飛鳥は言い聞かせた。
──違う。
ここは、星ケ峯じゃない。
この家も「あの家」じゃない。
外観や雰囲気が似ているせいで、幼い頃の記憶が混濁して錯覚してるだけだ。
(落ち着け、大丈夫。もう──)
もう、あの頃のような、子供じゃない。
何もできなかった、4歳の子供じゃ──…
「ミサさん、落ち着いてください!」
「!?」
瞬間、怯える心を砕くように、女の声が聞こえた。
よく見れば、玄関の扉が開いていて、声はそこから漏れてきたようだった。
切羽詰まったような女の声は、酷く聞き覚えのある声で
巻き込みたくないと──思っていた声で
(……あかり?)
第259話『ミサ と ゆり』
◆◆◆
階段から降りてきたエレナを抱きとめると、あかりは、玄関先できつくエレナを抱きしめた。
ガチガチと歯を鳴らす勢いで震えるエレナ。
そして、その首筋には、かきむしったような細い傷が出来ていた。
爪で引っかいたような数本の傷。
夕陽の色で始めは気づかなかったが、近くで見れば、頬も少し腫れているように見えた。
モデルをするエレナは、怪我には人一倍気をつけていた。
そんなエレナに残る痛々しい傷痕に、あかりは今、起こっていることの異常さを垣間見る。
「エレナちゃん……一体」
「エレナ」
「……っ」
──瞬間、冷たい声が響いた。
あかりがゆっくりと階段の上へ視線をむけると、その先で、まるで肉親の敵のように鋭い視線をむける女と目が合った。
「ミサさん……っ」
その存在を直視して、あかりはゴクリと息を飲む。
階段の上から見下ろすミサは、酷く虚ろな目をしていた。二階の窓から差す夕日が、背後からミサを照らせば、その逆光がミサの表情に深く影を作る。
金色の髪と、青い瞳と、きめ細かな白い肌。
その光景は、まるで女神のように美しいのに、どこか、まがい物のような得体の知れない恐怖を感じた。
「──誰?」
「え?」
だが、綺麗な瞳を細めた瞬間、ミサはあかりを見つめながら、そういった。
誰──と、聞かれて一瞬考える。
前に、飛鳥と共にミサを目撃し、その後一方的にかかってきた電話で言葉を交わしたことはあった。
だが、こうして、ミサと直接、目と目を合わせて会話をするのは──初めてだった。
「あ、私は……」
「フフ、フフフ」
すると、何がおかしいのか、突然ミサが笑いだした。
くすくすと笑いながら、細い指先を階段の手すりに滑らせたミサは、その後ゆっくりと階段をおりてくる。
紺のスーツを身にまとったミサ。
上着は少しだけはだけていて、タイトスカートから覗く綺麗な足が一歩一歩進む度に、金の髪が揺れた。
ギシ──
古い木製の階段をおりきると、玄関先の廊下が微かに軋む音がした。
目の前まで来たミサが、再びあかりとエレナを見下ろす。
すると──
「また、あなたなのね」
「え?」
まるで壊れた玩具のように、笑うミサにあかりは困惑する。
「ふふ、あはは……今度はエレナなの? エレナを──あは、あはは…!」
明らかに様子がおかしい。
瞳に光がない。
言動だっておかしい。
「ミサさん、落ち着いてください…!」
「ふふ、また……また、奪おうって言うの? 私から、今度はエレナを……っ」
(え、また……?)
言われたことの意味が分からなかった。まるで、前にも何かを、あかりに奪われたことがあるような口ぶり。
(……どういう……こと?)
状況が、よくわからない。
だが、困惑するあかりを、ミサはさらに睨みつけると
「エレナから離れて!!」
「……ッ」
鬼の形相で訴えてきたミサに、あかりは一瞬、手を緩めた。
だが、自分の胸の中で震えるエレナをみれば、この腕を離すなんて出来るはずもなく
「離れてって言ってるでしょ!?」
「ミサさん……っ」
「いつもそう、あなたはいつも私から大切なものを奪っていく!! 侑斗も、飛鳥も、私の大事なもの全て!!!」
力強く叫び、思いをぶつけてくるミサの姿を、あかりは身動きひとつ取れず見上げていた。
(ゆうと……?)
そして、聞き覚えのない名前と聞き覚えのある名前。それが同時に飛び出してきて瞬間、あかりは、前に飛鳥から聞いた話を思い出した。
幼い頃「ゆり」という名の女の人に助けられたという話。
だけど、そのゆりは、ミサに刺されたあと
《助かったよ。出血は多かったけど一命はとりとめて……その後は、色々あって、俺の父と結婚して、俺の母親になってくれた》
「───…っ」
瞬間、線が一本に繋がった気がして、あかりはヒュッと息を飲んだ。
確か、その"ゆりさん"は、後に神木さんの父親と結婚して、それで──
「ねぇ、どんな気分だった?」
「……え?」
「私から何もかも奪って……侑斗から愛されて、飛鳥から母親と呼ばれて、さぞ、いい気分だったでしょうね?」
「…………」
勘違いされていると思った。
ミサさんから、大切な夫と息子を奪った、その"ゆりさん"と───
「っ……違います、私は」
「うるさい、うるさい、うるさい!!! 何が違うのよ! 飛鳥を保護したなんて言って、本当は侑斗を誑かして、全部仕組んだことだったんでしょう!! その上、今度はエレナまで奪うの!?」
「ッ──ミサさ」
「もう、いい加減にしてッ!!!!」
叫んだと同時に、ミサは靴箱の上にあった一輪挿しを掴んだ。
筒状の花瓶が、頭上高く振り上げらる。
その光景に、あかりは咄嗟にエレナを抱きしめると、きつく目を閉じる。
「あなたなんて、いなくなってしまえばいいのよ!!!」
そう叫んだミサが、一輪挿しを振り下ろす。
すると、その一輪挿しは、その後、激しい音を立てて無惨にも、砕け散った。
0
あなたにおすすめの小説
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる