神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第2部 最終章 始と終のリベレーション

第256話 夕暮と人質

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 もうすぐ11月に入ろうとする10月の黄昏時は、ほんのりと肌寒かった。

 だが、そんななか華と蓮は、上着も羽織らず家を出てて、夕暮れの町を駆けていく。

 先程、蓮が覚えた住所。兄はきっと、その"エレナ"という人の家に向かったのだと思った。

「この先は?」
「右に曲がって、真っ直ぐ」

 蓮に誘導されるまま、その先の角を曲がると、閑静な住宅地に差し掛かった。

 時刻は、午後7時すぎ──

 この時間はどの家庭も夕食の準備に忙しいからか、その通りには、全く人は歩いていなかった。車がやっと離合できるくらいの狭く薄暗い道路を、双子は兄を探しながら走り去る。

 ──ドン!!

「いッ!?」

 だがその瞬間、突然、脇道から出てきた男と肩がぶつかった。

 まるで体当りでもするかのような激しいぶつかり合いに、蓮は一度よろめき体勢を崩したが、なんとか踏みとどまると、ぶつかってしまったことを素直に謝る。

「ぁ、すみません」

「あぁぁぁぁ!!!」

 だが、その男性は一度しゃがみこんだかと思えば、その後大きく声を発した。

 細い路地から出てきた男は、キャップを被った黒服の男だった。

 そして、その男は、罵声を発したながら、蓮にスマホを見せつけてきた。

「おぃ、どうしてくれんだ、ヒビが入っちまったじゃねーか!」

「え?」

 差し出されたスマホを見れば、確かに男性が言ったとおり、画面が割れ、蜘蛛の巣でもはったようなヒビが無数にはいっていた。

 ぶつかった拍子に、スマホが落ちて割れてしまったのか?

 あまりの剣幕で捲したてる男に、軽く恐怖した華は、不安からか蓮の服をキュッと掴む。

「弁償しろ、弁償!」

「え……あ、すみません。ちゃんと弁償します」

「当たり前だろ! 7万だ、7万!!」

「……な」

 だが、威圧的な男に思わずそう言ってしまったが、7万という大金に、蓮は軽く狼狽えた。

 瞬間、父と兄の顔が過ぎって顔を青くしたが、人のものを壊してしまったのだ。

 こっぴどく叱られることを覚悟すると、蓮は前に兄から聞いた通り対応することにした。

「あの、ちゃんと弁償しますので、連絡先を伺ってもいいですか?」

「はぁ?」

「父にこういう時は、警察を通すか、連絡先を聞いて請求書を送ってもらうよういわれてるので……修理後、請求書を送って頂いたら、その分しっかりお返しに伺います」

「……チッ」

 多少しどろもどろしつつも、教えられた通り対応すると、男性は面倒くさそうに舌打ちをする。

「はぁ……めんどくせーなー。お前ら、今いくら持ってる?」

「え?」

「わざわざ請求書とか、めんどくせーし、今持ってるだけで許してやるよ」

「……」

 あっさりと掌を返され、持っているだけ──と言った男に、蓮は疑問を抱く。

(この人、ちょっと、おかしいかも……)

 それに、持ってるだけと言われても、二人とも慌てていたからか、財布は持たずに出てきてしまったため、残念ながら──所持金はゼロ。

「今、お金は持ってません」

「はぁ? お前ら高校生だろ。こんな時間にうろついてて、金持ってないとかねーだろ」

「……でも、ホントに」

 その後、全く話が噛み合わず、蓮は困り果てた。
 兄のことも心配なのに、これでは──

「そうか、じゃぁ、今すぐ家からとってこい!」

「きゃッ!!」

 だが、その瞬間、男は蓮の隣にいた華の腕を掴むと、強引に自分の方へと引き寄せた。

 そして、華の肩を無理やりに抱き寄せた男は

「この子可愛いーじゃん。金もってねーっていうなら、身体で返してもらうのもアリだよな」

「……ひっ」

 そう言って、まるで品定めでもするように華を見つめたその男に、全身の毛が総毛立つ。

「華!」

「いいか、今から15分以内に7万持ってこい。間に合わなかったら──わかるよな?」

「……っ」

 その言葉に、蓮はなすすべなく立つ尽くした。

 15分──ここから家までの距離なら、間に合う、はず。だけど

(ど、どうしよう……っ)

 本当に、ここで華を、この男と二人だけにして、立ち去っていいのか。本気でお金が欲しいなら、待っているかもしれない。

 だけど、もしこの男の"目的"が、"お金"から"華"に変わってしまっていたら?

 15分なんて待たずに
 連れさられる可能性だって──

「……ッ」

 究極の選択を迫られ、蓮はきつく拳を握りしめた。
 自分よりも背が高く、ガタイもいい男。正直、一人で太刀打ち出来るか怪しい所だった。

 かといって、このまま、華を一人になんてしたくない。

(兄貴……っ)

 もし、兄貴だったら
 こういう時、どうするんだろう?

 あんなに華奢な身体で、兄貴は今まで、どうやって俺たちを、守ってくれてたっけ?

(どう、したら……っ)

 改めて、兄の偉大さに気付かされる。

 やっぱり、どんなに頑張っても追いつかない。

 追い越せない。

 散々、兄に甘えてきた自分は、まだ、こんなにも、弱くて──

(っ……兄貴)

 無意識に、兄に助けを求めると、蓮は唇を強く噛み締めた。

 兄貴だったら、こういう時どうする?
 どうやって、華を助ける?

 だが、その時

「──蓮!」

 不意に、聞きなれた声が響いた。

 男を挟み、その向かい側から聞こえた声に、ゆっくりと視線を上げると、そこには平然とした様子で男を見つめる"青年の姿"があった。

 華を抱き寄せる男を、険しい表情で見つめる、その青年は──

「蓮、そこ動くなよ」

 兄の友人でもある──橘 隆臣だった。

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