神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
272 / 507
第2部 最終章 始と終のリベレーション

第251話 拒絶と決心

しおりを挟む
「オーディション受けなかったって、どういうこと?」

「……ッ」

 その問いかけに、エレナはヒュッと息を飲んだ。

(な、なんで……っ)

 なんで、お母さんが、そのこと──

「本当なの?」

「っ……ぁ……そ、れは……っ」

 顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。

 それは、絶望にも似た瞬間だった。唇を震わせながら、恐る恐る母を見上げれば、母は酷く冷たい目をして、自分を見下ろしていた。

 その表情を見れば、そこにあるのが"怒り"だけだということが、ありありと伝わってくる。

 どうしよう
 どうしよう

「エレナ」
「ッ──ごめんなさぃ!!」

 自分が何をすべきなのか、そんなことを考えるよりも先に喉をついたのは、謝罪の言葉だった。

「ごめん……なさぃ──ごめん…なさい…ごめん、なさ…ぃ……っ」

 顔は青ざめ、手が小刻みに震え始め、エレナは今にもこぼれ落ちそうな涙を必死こらえながら、ただひたすら謝り続けた。

「本当、なのね?」

 確信めいた母の言葉に、その言葉に、さらに叩かれるのではとエレナは咄嗟に身を竦めた。

 ぎゅっと目を瞑り、衝撃に備える。

 だが、思っていた衝撃は一切訪れず、エレナが恐る恐る目を開くと、ミサは膝を折り、まるで崩れ落ちるようにエレナの目の前に座り込んだ。

「? お母……っ」
「ふふ……フフフ…ッ」

 怯えるエレナをよそに、ただ呆然と俯き、床に手をついたミサは、クスクスと笑いだした。

「どうして……」

「……え?」

「私はこんなに、あなたに尽くしてるのに…っ」

 視線の先では、母の金色の髪が肩からサラリと流れ落ちた。

 リビングに差し込む日の光が柔らかく母の髪を照らすその様は、とても幻想的で美しい光景だった。

 でも……

「エレナ、あなたもなのね?」

「え?」

「あなたも……あの子と同じなのね?」

 刹那、母の綺麗な手が、ゆっくりと伸びてきた。

 その細い指先は、エレナの髪に触れ、沿うように輪郭を撫でると、その後、首筋へと到達する。

「フフ、あはは……もうダメね……もう」

 

 もう、こんな世界





 ────生きていけない









 ──パンッ!!

「!?」

 だが、その瞬間、リビングに乾いた音が響いて、ミサは目を見張った。

 空中で静止した手は、ヒリヒリと小さな痛みを発して、娘に振り払われたのだと気づいた。

 静まり返ったリビングで、母娘見つめ合う。

 エレナの表情をみれば、まるでバケモノでも見るかのように、酷く怯えた目をしていた。

 自分に向けられたその瞳が信じられなくて、ミサは再びエレナに手を伸ばすが──

「──いやッ!!」

 拒絶の声が発された瞬間、伸ばした手がピタリと止まる。

 すると、エレナは這いずりまわるようにして、リビングから逃げ出した。

 ──バタン!!!

 バタバタと階段を駆け上がると、エレナは自分の部屋に入り、勢いよく扉を閉めた。

 薄暗い部屋の中、エレナはズルズルとその場にへたれこむと

「な、に……」

 声が震える。

 指先は感覚がなくなるくらい冷え切って、深いブラウンの瞳からは、大粒の涙が溢れ落ちた。

「なに、今……首に──…っ」

 なに?
 なに?

 お母さんは、今、何をしようとしたの?

「ぁ──っ、うぅ…」

 自分の首を掴んだ母に、漠然とした恐怖を感じた瞬間、手や肩はガクガクと震え始めた。

 涙で視界が霞む。

 そんな中、机の上に置きっぱなしだったスマホが目に止まると、エレナは弾かれたように、そのスマホを手にとった。

「ぁ……誰か…っ」

 震える手で必死にスマホを操作する。

 誰か、誰か、お願い、誰か……っ




「……助け……て────っ」










 ◆


 ◆


 ◆


「ただいまー」

 大学の講義を終え飛鳥が帰宅すれば、そこには既に双子の姿があった。

 兄より先に帰宅した双子は、リビングのソファーに座りテレビを見ていたらしい。いつも通り帰宅の挨拶をすれば、そこからは、華と蓮の明るい声が返ってきた。

「おかえり、兄貴」

「おかえり~、飛鳥兄ぃもコーヒー飲む?」

「うん。ちょうだい」

 どこがぎこちないながらも、三人はあくまでもいつも通りだった。

 いや、いつもどおりに振舞っていると言った方がいいかもしれない。

 華が明るく笑顔を向けソファーから立ち上がりると、その後パタパタと兄の横を横切り、キッチンで三人分のコーヒーを入れ始めた。

 飛鳥はそんな華を見つめながら、ダイニングテーブルの上にバッグをおくと、椅子に腰掛け小さく息をつく。

 リビングから外を見れば、黄昏時のどこか哀愁漂う空が広がっていた。

 鮮やかなオレンジから次第に赤黒く変わって行く空を見れば、もうじき日が沈むのだと実感する。

「飛鳥兄ぃ、明日はなにか予定あるの?」

「いや、特には」

「そぅ……」

 いつも通り会話を弾ませながら、華は放課後、葉月に言われた言葉を思い出した。

(……ちゃんと、仲直りしなきゃ)

 このままずっと、ぎこちないままなんて嫌だ。

 ちゃんと謝ろう。
 ちゃんと話そう。

 また、いつもの兄妹弟に戻れるように……

「はぃ、どうぞ!」

 いつも以上の笑顔を向けて、コーヒーを兄の前に差し出すと、華は自分と蓮のコーヒーも一緒にテーブルの上に置き、そのまま飛鳥の向いに腰掛けた。

 ダイニングテーブルを挟み、向かい合わせに座る兄と妹。

 その姿をみて、蓮は察するままにテレビの電源をオフにすると、ソファーから立ち上がり、何も言わず、華の隣に腰かける。

「ありがとう、華」
「「…………」」

 3人一つのテーブルにつくと、飛鳥がいつも通りニッコリ笑ってコーヒーを受け取り、双子が見つめる中、そっとそのカップに口付けた。

 もう何年と一緒に過ごしてきたからか、華は飛鳥の好みをちゃんと熟知していた。

 甘いのも普通に好きだが、コーヒーは砂糖は入れずミルクだけを入れるのだ。

 どこか優しい味わいのコーヒー。

 華は、そうして自分が入れたコーヒーを飲み、一息ついた兄を見て、決心を固める。

「……あの、飛鳥兄ぃ」

「ん?」

 静かなリビングに、兄の優しい声が響く。

 大丈夫。何も怖がることはない。

 自分達が、今思っていること、悩んでいること、知りたいこと、それを何もかも素直に打ち明けて、しっかり誤解をといた上で仲直りをしよう。

 例え、兄に自分達以外の兄妹がいたとしても、関係ない。

 例え、兄が、この先一生隠し事を続けたとしても、全て受け入れる。

 大丈夫、大丈夫。

 だって私達は、それでも"お兄ちゃん"と"兄妹弟"でいたいから──


「あの、お兄ちゃん──」


 トゥルルルルルルルルル…

「……!」

 だがその瞬間、飛鳥のスマホが、けたたましく鳴り響いた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

伊賀忍者に転生して、親孝行する。

風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
 俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。  戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女の子が地面に突き刺さっている

藤田 秋
キャラ文芸
マジかよ。

純喫茶カッパーロ

藤 実花
キャラ文芸
ここは浅川村の浅川池。 この池の畔にある「純喫茶カッパーロ」 それは、浅川池の伝説の妖怪「カッパ」にちなんだ名前だ。 カッパーロの店主が亡くなり、その後を継ぐことになった娘のサユリの元に、ある日、カッパの着ぐるみ?を着た子供?が訪ねてきた。 彼らの名は又吉一之丞、次郎太、三左。 サユリの先祖、石原仁左衛門が交わした約束(又吉一族の面倒をみること)を果たせと言ってきたのだ。 断れば呪うと言われ、サユリは彼らを店に置くことにし、4人の馬鹿馬鹿しくも騒がしい共同生活が始まった。 だが、カッパ三兄弟にはある秘密があり……。 カッパ三兄弟×アラサー独身女サユリの終始ゆるーいギャグコメディです。 ☆2020.02.21本編完結しました☆

処理中です...