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第17章 華の憂鬱
第237話 お礼とお詫び
しおりを挟む次の日──大学の授業が終わると、飛鳥は外のベンチに腰掛け、隆臣と待ち合わせをしていた。
「飛鳥ー」
「……!」
学生達が行きかう中、飛鳥を見つけた隆臣が小走りで駆け寄ってくると、飛鳥はいつも通りにこやかに返事を返す。
「隆ちゃん、ごめんね。昨日は、いきなりLIMEして」
「いや。それよりコレ、頼まれてたやつ」
そう言って隆臣はリュックの中から、ラッピングされたお菓子を取り出すと、飛鳥はそれを受け取り、代わりに代金を差し出した。
昨日、華にいきなり、あかりとのことを問いただされ、軽く修羅場った飛鳥。
あのあと、華も反省したらしく、お互いに謝り事なきを得たのだが、なんでも華は、昨日あかりに助けられたそうで、飛鳥はこのあと、華が借りたショッピングバッグを返すべく、あかりの家に向かうことになっていた。
「それ、どうするんだ? 誰かへのプレゼントか?」
「え? いや……あかりにね。お礼と言うか、お詫びというか」
(……お詫び?)
その言葉に、隆臣は首を傾げる。
昨晩、いきなり『プレゼントになりそうなお菓子を、なにか見繕って持ってきて』とLIMEがはいり、隆臣はバイト上がり、喫茶店のお菓子をいくつか詰め合わせて持ってきたのだが……
「お前、あかりさんに、また何かしたのか?」
「……っ」
前に、飛鳥があかりと(一方的に)喧嘩していた時のことを思い出して、隆臣がそう問えば、飛鳥は途端に言葉を詰まらせた。
何もしてない──といいたいところだが、今回は確実にやらかした。
だが『無理やり、抱きしめました!』なんて、この警察官の息子に暴露できるはずもなく……
「いや、別に……じゃぁ、俺、急ぐから、もう行くね!」
飛鳥はバツが悪そうに視線を落とすと『お菓子ありがとう』と再度お礼を言ったあと、足早に立ち去っていった。
だが、その珍しく挙動不審な飛鳥を見て、隆臣は
「あれ、確実に、なにかやらかしてるだろ……」
──と、確信したとか。
◇
◇
◇
「はぁ……」
その後、飛鳥は、あかりのアパートに向かいながら深くため息をついていた。
昨日、華に『イケメンなら何しても許されるとか思ってるの!?』などと問いただされ、かなり胸にグサリときた。
確かに、自分の外見がいいのは認めるが、だからと言って、何をしてもいいなんてことはなく。ただ、あの時はなぜか、勝手に身体が動いてしまった。
(でも、まさか、蓮華に見られてたなんて……)
あの恥ずかしい現場を見られていたのかと思うと、恥ずかしさでいっぱいになる。
大体、女の子とのイザコザなんて面倒なだけだし、基本的に飛鳥は『理性的な人間』なので、一時の感情に任せて、抱きしめたりなんて、本来なら絶対にしない。
それなのに……
「なんで抱きしめたりしたの……か」
華に問われた言葉を思い出し、飛鳥は再度ため息をつく。
昨日は動揺して、まともに返すことすらできなかったが、もしあの時、つい抱きしめたことに"理由"があるとするなら、それは、きっと『感情的』になってしまったから──
あの日、エレナとあかりに『あの人の息子だ』と打ち明けた。
そして、自分が『人を刺した女の息子』だと聞いて、どう思ったのか、あかりに率直に問いかけた。
軽蔑するだろうか?
怖がるだろうか?
幻滅するだろうか?
離れていってしまうだろうか?
色んな不安が渦巻く中、それでも、あかりは臆することなく
『私は、好きですよ。神木さんのこと──』
そう言って、今までどおり友人として、受け入れてくれた。
思わず感情的になってしまったことに、もし、理由をつけるなら
それは、きっと『嬉しかった』から──…
「……やっぱり、嫌だったかな」
あの日、自分の腕の中で困惑しているあかりの姿を思い出して、飛鳥は申し訳なさそうに眉をひそめた。
相手は、自分よりも非力な女の子。
例えどんな理由があっても、抱きしめていいはずがない。
だからこそ飛鳥は、今とてつもなく反省していた。
(お菓子ひとつじゃ、詫びにもならないだろうけど……)
何もないよりはマシか──と、3度目のため息をつくと、その先に、あかりのアパートが見えてきた。
公園を通り過ぎ、階段をのぼり、アパートの2階につくと、一番奥の部屋の前に立ち、インターフォンを鳴らした。
だが、それからしばらく待っても、あかりが出てくる気配はなく。
「留守か……」
アポなしで来ているのだ。
留守であっても、不思議はなかった。
(アイツ……今日何時に、帰ってくるんだろ)
大学は6限目まででると、そこそこ遅くなる。
夕方5時を過ぎ、だいぶ薄暗くなってきたからか、飛鳥は少し心配になるが『留守なら仕方ないか……』と、その後カバンから手帳とペンを取り出すと、飛鳥は簡単な手紙を書いて、華が借りたショッピングバッグとお菓子を、玄関ドアに備え付けられたポストの中に入れ込んだ。
無機質なポストがガタンと、虚しい音を立てる。
すると……
『あかりさんのこと、好きなんじゃないの?』
その瞬間、また華の言葉がよぎって、飛鳥は目を細めた。
あかりに触れたのは、初めてじゃない。
本屋で再会した時、その帰り道で自転車から守ろうと抱き寄せたこともあったし、あの人に遭遇して倒れた時にも、あかりが俺の体を支えて、家まで運んでくれた。
だけど、なぜか、あの時抱きしめた感触だけは、未だずっと、忘れられないまま残っていた。
肌の温かさも
髪から舞う甘い香りも
困ったように頬を赤らめた表情ですら
だけど──
「そんな、わけない……」
そっと目を閉じると、そう自分に言い聞かせた。
そんなわけない。
もう、とっくの昔に実感した。
自分は、他人を愛せない人間だって──
家族に依存する自分を変えようと、誰かを好きになろうとした時期もあった。
だけど、無理だった。
これ以上、大切な人なんて増やしたくない。
また、取りこぼしたら、どうする?
何かを守るために、また別の何かを失うくらいなら、もうこれ以上、大切な人なんていらない。
それに───
「……どうせ、好きになったところで」
人の『愛』なんて
簡単に壊れてしまうのに──
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