247 / 509
第17章 華の憂鬱
第231話 幸せと本心
しおりを挟む「はぁ……」
──2日後の朝。
朝食を終えた神木家では、華がダイニングテールを拭きながら、小さくため息をついていた。
視線をそらせば、兄の飛鳥が、いつものようにキッチンに立ち、朝食の片付けをしていた。
3人分の食器を洗い、手際よく作業を終わらせていく姿は、もう何年と見続けてきた姿だ。
最近になり、華も大分家事ができるようになってはきたが、やはり小学生の頃から父の手伝いをしていた兄には遠く及ばず、未だに子供扱いをされることも多い。
「華?」
「……!」
すると、華がテーブルを拭き終わった瞬間、突然、兄に声をかけられた。
カウンター越しに見つめてくる兄は、相変わらず綺麗な青い瞳をしていて、目が合った瞬間、華は珍しく、上ずった声を発した。
「な、なに?」
「いや、今日買い出し行くって言ってたけど、どのくらい買うの? 荷物重くなるなら、俺も付きあうけど?」
今日は日曜。朝食の時に、華がスーパーまで食料品の買い出しに行くと言っていたのを思い出してか、飛鳥がそう問いかけてきた。
相変わらず、兄は優しい──
今日は「課題を終わらせたい」と言っていたのに、わざわざ荷物持ちとして買い出しに付き合ってくれるというのだから……
「そ、そんなに買うものないから、1人でも大丈夫だよ」
「そう。じゃぁ、気をつけて行ってこいよ」
華の返答に飛鳥が返すと、食器を洗い終えた兄と入れ替わりに、華がシンク前で台拭きを洗い始めた。
だが……
「華、お前何かあった?」
「え!?」
瞬間、心配そうに顔を覗き込んでくる兄と再び目が合った。
「なんか、元気ないみたいだけど……」
「……っ」
相変わらず、鋭い。
いや、昔から兄は、自分たちが落ち込んだり悩んだりしていると、こうしてさりげなく声をかけては、悩みを聞いてくれた。
だけど、今回、華が悩んでいるのは、他ならぬ『兄』のことで……
更に、先日、自分のモヤモヤの原因がわかってからは、兄とまともに顔を合わせられずにいた。
「そ、そんなことないよ! 元気元気!」
身振りをつけ、少しオーバーリアクションになりつつも、華にはあくまでも気取られぬようにと明るく振る舞う。
だが、そんな華に飛鳥は
「はぁ……バレバレだって。何に悩んでるのか知らないけど、あまり抱え込むなよ?」
「……っ」
そう言うと、飛鳥は華の頭をぽんと撫でたあと、キッチンから出ていった。
不意に触れた、自分よりも大きな手の感触。その温もりに、華はキュッと唇を噛み締めた。
兄に頭を撫でられるのは、嫌じゃない。
どこか子供扱いされているような気はしても、やっぱり安心するから。
でも……
「……言えるわけ……ないよ……っ」
こんな気持ち───
第231話『幸せと本心』
◇◇◇
「はぁ~……」
──その後、10時を過ぎ、買い物に出かけた華は、スーパーの中で、また深々とため息をついていた。
カートを押しながら、必要なものをカゴの中に入れていく。今日、訪れているのは、最近できた新しいスーパーだった。
このスーパーは、商店街とは真逆だが、日用品や食品だけでなく文具や雑貨、衣料品など、ひととおりの商品が揃うため、買い物を手短に済ませたい時には、よく利用していた。
(彼女が出来たら、複雑かぁ……)
差し掛かったお菓子コーナーで、華は足を止めると、また深くため息をついた。
──複雑。
先日、葉月と話した際、その言葉は、妙にしっくりと華の心に落ちてきた。
ずっと、兄が彼女を作らないのが不思議だった。
あれだけの人気者で、あんなに整った顔立ちをしていて、その気になれば、彼女なんていつでも作れる。
だけど、心のどこかで、兄が彼女を連れてこないことに、安心している自分もいた。
そして先日、その『気持ち』の正体がやっと分かった。
自分は──兄に彼女ができることを、好ましく思ってない。
もしかしたら知らないだけで、今までにも彼女だっていたかもしれない。
それでも、今までは、絶対的な『自信』みたいなものがあった。
お兄ちゃんなら、例え、彼女が出来ても『私たち』を優先してくれるんじゃないかって
今までどおり『家族』のことを、一番に考えてくれるんじゃないかって。
だけど、あの日、あの女の人と話している姿を見て
あの人を、抱きしめた兄の姿を見て
──その『自信』が揺らいだ。
『嫌だ』と思った。
『行ってほしくない』と思った。
『取られたくない』と思った。
(最低だ、私──)
心の中に、またモヤモヤとした感情が沸き起こる。
あんなにも泣きそうな顔をして笑う兄の姿を、初めて見た気がした。
弱みなんて全く見せない、あの兄が、あの人の前では、素直に『弱さ』を見せようとしているのを見て『嫌だ』と思ってしまった。
「言えるわけないよね……こんな気持ち」
お兄ちゃんは、私たちが寂しくないように、ずっと、そばにいてくれた。
母の代わりに、尽くしてくれた分、愛してくれた分、誰よりも「幸せ」になって欲しいと思ってた。
それなのに……
(私、本当は、お兄ちゃんのこと──…)
『誰よりも幸せになって欲しい』なんて言いながら、お兄ちゃんが『幸せ』になることを
望んでなかったなんて──…
(……結局、自分のことばっかり)
離れていってしまうと思った途端、手放したくなくなるなんて
素直に、家族の幸せを願えないなんて
自分はなんて、嫌な妹なんだろう。
──幸せになって欲しい──
そんな『建前』ばかり『綺麗な言葉』を並べても『本心』が違ったら、意味ないのに……。
「ママ~」
「……!」
瞬間、お菓子コーナーの奥から子供の声が聞こえた。
見れば、2歳くらいの小さな女の子が、ママ~と呼びながら、女の人のスカートを引っ張る姿が見えた。
「え?」
だが、その『母親』の姿が見えた瞬間、華の目は一瞬にして、その女性に釘付けになった。
子供の前に座り込んで何かを語りかける、その女の人は──先日、兄が家に連れ込んでいた、あの女の人だったから。
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる