神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第17章 華の憂鬱

第231話 幸せと本心

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「はぁ……」

 ──2日後の朝。

 朝食を終えた神木家では、華がダイニングテールを拭きながら、小さくため息をついていた。

 視線をそらせば、兄の飛鳥が、いつものようにキッチンに立ち、朝食の片付けをしていた。

 3人分の食器を洗い、手際よく作業を終わらせていく姿は、もう何年と見続けてきた姿だ。

 最近になり、華も大分家事ができるようになってはきたが、やはり小学生の頃から父の手伝いをしていた兄には遠く及ばず、未だに子供扱いをされることも多い。

「華?」
「……!」

 すると、華がテーブルを拭き終わった瞬間、突然、兄に声をかけられた。

 カウンター越しに見つめてくる兄は、相変わらず綺麗な青い瞳をしていて、目が合った瞬間、華は珍しく、上ずった声を発した。

「な、なに?」

「いや、今日買い出し行くって言ってたけど、どのくらい買うの? 荷物重くなるなら、俺も付きあうけど?」

 今日は日曜。朝食の時に、華がスーパーまで食料品の買い出しに行くと言っていたのを思い出してか、飛鳥がそう問いかけてきた。

 相変わらず、兄は優しい──

 今日は「課題を終わらせたい」と言っていたのに、わざわざ荷物持ちとして買い出しに付き合ってくれるというのだから……

「そ、そんなに買うものないから、1人でも大丈夫だよ」

「そう。じゃぁ、気をつけて行ってこいよ」

 華の返答に飛鳥が返すと、食器を洗い終えた兄と入れ替わりに、華がシンク前で台拭きを洗い始めた。

 だが……

「華、お前何かあった?」

「え!?」

 瞬間、心配そうに顔を覗き込んでくる兄と再び目が合った。

「なんか、元気ないみたいだけど……」

「……っ」

 相変わらず、鋭い。

 いや、昔から兄は、自分たちが落ち込んだり悩んだりしていると、こうしてさりげなく声をかけては、悩みを聞いてくれた。

 だけど、今回、華が悩んでいるのは、他ならぬ『兄』のことで……

 更に、先日、自分のモヤモヤの原因がわかってからは、兄とまともに顔を合わせられずにいた。

「そ、そんなことないよ! 元気元気!」

 身振りをつけ、少しオーバーリアクションになりつつも、華にはあくまでも気取られぬようにと明るく振る舞う。

 だが、そんな華に飛鳥は

「はぁ……バレバレだって。何に悩んでるのか知らないけど、あまり抱え込むなよ?」

「……っ」

 そう言うと、飛鳥は華の頭をぽんと撫でたあと、キッチンから出ていった。

 不意に触れた、自分よりも大きな手の感触。その温もりに、華はキュッと唇を噛み締めた。

 兄に頭を撫でられるのは、嫌じゃない。

 どこか子供扱いされているような気はしても、やっぱり安心するから。

 でも……


「……言えるわけ……ないよ……っ」


 こんな気持ち───









 第231話『幸せと本心』








 ◇◇◇


「はぁ~……」

 ──その後、10時を過ぎ、買い物に出かけた華は、スーパーの中で、また深々とため息をついていた。

 カートを押しながら、必要なものをカゴの中に入れていく。今日、訪れているのは、最近できた新しいスーパーだった。

 このスーパーは、商店街とは真逆だが、日用品や食品だけでなく文具や雑貨、衣料品など、ひととおりの商品が揃うため、買い物を手短に済ませたい時には、よく利用していた。

(彼女が出来たら、複雑かぁ……)

 差し掛かったお菓子コーナーで、華は足を止めると、また深くため息をついた。

 ──複雑。

 先日、葉月と話した際、その言葉は、妙にしっくりと華の心に落ちてきた。

 ずっと、兄が彼女を作らないのが不思議だった。

 あれだけの人気者で、あんなに整った顔立ちをしていて、その気になれば、彼女なんていつでも作れる。

 だけど、心のどこかで、兄が彼女を連れてこないことに、安心している自分もいた。

 そして先日、その『気持ち』の正体がやっと分かった。

 自分は──兄に彼女ができることを、好ましく思ってない。

 もしかしたら知らないだけで、今までにも彼女だっていたかもしれない。

 それでも、今までは、絶対的な『自信』みたいなものがあった。

 お兄ちゃんなら、例え、彼女が出来ても『私たち』を優先してくれるんじゃないかって

 今までどおり『家族』のことを、一番に考えてくれるんじゃないかって。

 だけど、あの日、あの女の人と話している姿を見て

 あの人を、抱きしめた兄の姿を見て

 ──その『自信』が揺らいだ。


『嫌だ』と思った。 

『行ってほしくない』と思った。

『取られたくない』と思った。


(最低だ、私──)


 心の中に、またモヤモヤとした感情が沸き起こる。

 あんなにも泣きそうな顔をして笑う兄の姿を、初めて見た気がした。

 弱みなんて全く見せない、あの兄が、あの人の前では、素直に『弱さ』を見せようとしているのを見て『嫌だ』と思ってしまった。

「言えるわけないよね……こんな気持ち」

 お兄ちゃんは、私たちが寂しくないように、ずっと、そばにいてくれた。

 母の代わりに、尽くしてくれた分、愛してくれた分、誰よりも「幸せ」になって欲しいと思ってた。

 それなのに……


(私、本当は、お兄ちゃんのこと──…)

『誰よりも幸せになって欲しい』なんて言いながら、お兄ちゃんが『幸せ』になることを

 なんて──…



(……結局、自分のことばっかり)

 離れていってしまうと思った途端、手放したくなくなるなんて

 素直に、家族の幸せを願えないなんて

 自分はなんて、嫌な妹なんだろう。


 ──幸せになって欲しい──


 そんな『建前』ばかり『綺麗な言葉』を並べても『本心』が違ったら、意味ないのに……。



「ママ~」
「……!」

 瞬間、お菓子コーナーの奥から子供の声が聞こえた。

 見れば、2歳くらいの小さな女の子が、ママ~と呼びながら、女の人のスカートを引っ張る姿が見えた。

「え?」

 だが、その『母親』の姿が見えた瞬間、華の目は一瞬にして、その女性に釘付けになった。

 子供の前に座り込んで何かを語りかける、その女の人は──先日、兄が家に連れ込んでいた、あの女の人だったから。


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