神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第15章 オーディション

第222話 友達と彼女

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 バタン──

 その後、自宅に戻ると、飛鳥は玄関に鍵をかけ、リビングに向かった。

 廊下を進んた先にある扉を開け、中に入れば、壁にかけられた時計で時刻を確認する。

 今は、11時38分──

 まだ昼前だというのに、今日は色々なことが起きたからか、妙に疲れた。

 飛鳥は、渇いた喉を潤すため、キッチンに向かうと、冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを取り出した。

 コップに注ぎ、それを口に含むと、口の中には、甘酸っぱいオレンジの味が広がる。

「はぁ……」

 ほっとしたように息をついて、飛鳥は、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。

 先程、狭山とエレナを見送ったあと、華にLIMEをした。

 見れば、その後すぐに既読がついたのか、1~2分もしないうちに「わかりました」と返事が返ってきていた。

 今どこにいるのか分からないが、きっと、すぐ帰って来るだろう。

(……ホント……なにやってんだろ)

 だが、さっきの自分の行動を思い出し、飛鳥は再び眉を顰めた。

 冷静になってみると、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 しかも、その腕には、あかりを抱きしめた時の感触が、今もしっかりと残っていた。

 思った以上に小柄で、柔らかくて、自分とは違う髪の香りがした。

 だが、いくら嬉しかったとはいえ、いきなり、抱きしめるなんて──…

「……あ」

 すると、スマホの画面を見て、飛鳥はふと気づいた。

(……そういえば、あかりに、連絡先聞くの忘れてた)

 エレナには、連絡先を書いたメモを渡した。

 だが、後で、あかりとも連絡先を交換しておこうと思っていたのに、先程のことで動揺していたせいか、すっかり忘れてしまっていた。

 前にも、傘を返すのに困ったというのに、どうもタイミングを逃してばかりだ。

「ていうか俺、まだあかりの『名字』も知らないし……」

 不意に、自分の不甲斐なさを思い、深くため息をついた。

 もう何度と会っているのに、自分はまだ、あかりの『名字』も『連絡先』も知らない。

 ほかのことは
 色々知っているはずなのに──…

「まぁ……また、会えるよね」

 次に会った時は、ちゃんと聞こう。

 そんなことを考えながら、飛鳥は残ったジュースを一気に飲み干すと、濡れた口元を手の甲で拭う。

 だが……

「……なんで、俺」

 口元を拭った瞬間、ふと、今までにない『感情』を抱いているのに気づいて、飛鳥は眉をひそめた。

 どうして、あの時
 抱きしめたりしたんだろう。

 どうして、あかりといると
 冷静で、いられなくなるんだろう。

 どうして、こんなこと
 思うようになったんだろう。

 少し前までは、あかりと『関わりたくない』とすら思っていたはずなのに

 今は───

「また、会いたいと、思うようになるなんて……っ」








 第222話    友達と彼女







 ◇◇◇

 一方、華と蓮は、自宅の玄関の前で、二人顔を青くしたまま、立ち尽くしていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!! どうしよう!!」

 なんか、とんでもないものを目撃してしまった!

 見てはいけないものを、見てしまった!

 なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?

 てか、なんで、あんな所で抱きしめてんの!?

 うちの兄って、公衆の面前で堂々と女の子抱きしめちゃうようなタイプだった!?

 知らなかった!!

 長年一緒に暮らしてきて、一切知らなかった!!

 これはアレかな?

 フランス人の血が混じってるからかな?!

 それとも、あのスキンシップ激しすぎる父のせいかな?!

「あぁぁぁぁ、もう!! 卵しまいたいのに、めちゃくちゃ入りづらいんだけどぉぉぉ!?」

「…………」

 玄関前で頭を抱えながら華が叫ぶと、その真横で蓮が深く眉根をよせた。

 未だかつて、こんなに家に入るのを躊躇ったことがあっただろうか?

 いや、ない。

 だが、蓮は一歩前に出ると

「うるせーよ。もうここまで来たんだから、つべこべ言わず入るぞ!」

「ウソ~ほんとに入るの! あんなとこ見て、ますます顔合わせずらくなちゃったじゃん!?  てか、彼女じゃない女の子を抱きしめるって、アレどういう状況!? 意味わかんないんだけど!!」

「俺もわかんねーよ! てか、もう身体の関係あるんだし、抱きしめたくらいで、驚くなよ!!」

「そういう問題じゃないでしょ!? 普通は驚くし! 大体、場所だって考えるべきでしょ!? なんで、よりに寄ってマンションの前であんなことしてんの!? ただでさえ金髪で、あの顔で目立つのに、誰かにみられたら、マンション中に噂ひろまっちゃうじゃん!!」

 玄関先で口論を繰り返す双子。
 はっきり言って、頭の中はパニックだった。

 まさか、あの兄が、あんなことするなんて!

 だが、その瞬間──

「おかえり。何、騒いでんの?」
「「!!!!?」」

 ガチャっと玄関が開くと、まさに話題の中心である兄が、なに食わぬ顔で現れた。

 それを見て、双子はギョッとする。

((っ……うわ、顔見れない))

 どうやら、玄関先にいる二人に気づいたのか、わざわざ出迎えに来てくれたらしいが、双子は、飛鳥と目があった瞬間、バツが悪そうに、その顔を背けた。

 物陰から、兄とあの女の人が話しているのを、ずっと見ていた。

 遠かったから、会話の内容はわからなかったが、この兄が、あの女の人を抱きしめていたのは、紛れもない事実!

 それに……

(お兄ちゃんの、あんな顔……初めて見たかも…)

 抱きしめたことにも、驚いた。

 だけど、それ以前に、あんな風に泣きそうな顔をして笑う兄の姿を、二人は初めて見た気がした。

 家族の前では、ほとんど涙なんて見せず、弱音もはかない兄が、あの女の人の前では、あんな表情をするのかと思ったら、なんだがとても……複雑だった。

 自分達が知らない、兄の別の顔──

(やっぱり、あの人……お兄ちゃんにとっては、特別な人なのかな?)

 家族に話せないことも、あの人には話せるの?

 抱きしめてしまうほど、気を許せる仲なの?

 なら、その関係が例え"不純"なものであれ、今の兄には、必要な人なのかもしれない。

「あのさ、さっきのことだけど……」
「……ッ」

 すると、黙っている双子を見つめ、飛鳥が再び声をかけてきた。

 さっきのこと──

 それは確実に、あの「女の人」のことを話そうとしていた。

(っ……どうしよう)

 そして、その瞬間、華は戸惑う。

 正直、今は兄の口から、あの女の人の話は聞きたくない……!

「──いい!!」
「え?」

 すると、飛鳥の言葉を遮り、華が叫んだ。

「せ、説明なんてしなくていいよ! そういう関係のお友達だってのは、分かったから!」

「え?」

「あ、そうだ! お昼! 飛鳥兄ぃ、お昼食べた!?」

「え? いや、まだ……だけど」

「そう、じゃぁ、私作ってあげる!飛鳥兄ぃは、ゆっくりしてていいよ!」

「……」

 慌てながらも話題を変えると、華は兄の横をすり抜け、そそくさとリビングに逃げ出した。

「あのさ、兄貴……」

「?」

 すると、玄関に残された蓮が、再び兄に問いかける。

「さっきの女の人、彼女ではないんだよね?」

「え?」

 その質問に、飛鳥は首を傾げる。

 エレナの存在に、気づいてない二人。

 もしかしたら、自分があかりを部屋に連れ込んだことで『兄に彼女が出来たのでは?』と双子は勘違いしていると、飛鳥は思っていた。

 だが……

「うん。彼女じゃないけど」

「…………そ、そう」

 飛鳥が素直に事実を告げると、蓮はなんとも言えない表情を浮かべた。

「え? なに、どうしたの?」

「あ、いや。ただ……彼女だったらよかったのにと思っただけ」

「え?」

 淡い期待は見事に打ち砕かれ、蓮は深くため息をつくて、華の後に続き、リビングへと歩き出した。

 そして、玄関に一人残された、飛鳥はというと……

(あれ? アイツら絶対、勘違いしてるとおもってたのに……)

 一瞬、疑問を抱く。だが……

(でも『友達』だって分かってるなら……まぁ、いいか)

 まさか双子が、そこから更に進んだ『斜め上な誤解』をしているとは全く思っていない飛鳥。

 その誤解は結局解消されないまま、飛鳥の中で、あっさり完結されてしまったのだった。

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