神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第15章 オーディション

第220話 好きと衝動

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 その後、兄からLIMEをもらった華と蓮は、公園を出て、自宅へむかっていた。

 大通りを進み、その先の横断歩道の前で立ち止まると、蓮が信号機のボタンを押す。

 すると、信号が青に変わるのを待つ間、華がやっと口を開いた。

「ねぇ、ホントに帰るの?」

「そ、そりゃ、終わったって書いてあったし……なにより、卵も早くしまいたいし」

「そ、そうなんだけど……っ」

 そうなのだ。いくら常温でいいとはいえ、いつまでも卵を外気に晒しておくわけにはいかない。

 卵のためを思うなら、今すぐ帰った方がいい。

 のだが……

「いやいや、待って!? でも、女の子連れ込んでたんだよ!? こんな時、どんな顔して会えばいいの!?」

「どんなって……」

「見て見ぬふりしとくべき!? それとも、いつもみたいに、笑って『ただいまー』って言った方がいいの!? どうしよう……あ! いっそ葉月に聞いてみようかな! お兄ちゃんが、家に女の子連れ込んだ時の対処法!」

「それは、やめろ!」

 パニック気味の華が、スマホを握りしめながら血迷ったことを言い出し、蓮が慌てて制止する。

 葉月には、確かに兄がいる。

 だが、そんなことを相談したら「うちの兄が女の子連れ込みました~」と報告するようなものだ。

 すると、その瞬間、信号が赤から青に変わった。

「馬鹿なこと言ってないで、行くぞ。とりあえず、帰って兄貴の反応見て考える」

「えー! 見てからって。なに、その行き当たりばったりな感じ!?」

 二人言い合いながら、信号を渡る。

 だが、そこから暫く進んだ先、大通りから中の路地へ曲ろうとした瞬間──

「!?」
「キャッ!?」

 蓮が急に立ち止まり、華はその背にぶつかった。

「ッ……ちょっと、いきなり立ち止まらないでよ」

「兄貴がいる」

「え?」

 その路地の先を覗き込めば、そこから少し離れた自宅マンションの前で、兄と、さっきの女の人の後ろ姿が見えた。

 なにを話しているのか?

 内容は、遠すぎて分からないが、その女の人を見つめる兄の表情が、なんだかとても真剣で、二人は、その場から動けなくなった。

(……っ、どうしよう)

 お兄ちゃん、あの人と
 一体どんな話をしているんだろう──









 第217話   『好きと衝動』










 ◇◇◇


「あかりは……俺のこと、どう思う?」

 まるで逃げ場を塞ぐように、飛鳥はあかりの肩を掴み、真っ直ぐにそう問いかけた。

 ずっと、気になっていた。
 さっきの話をきいて、あかりがどう思ったのか?

 あの人が『人を刺した』と聞いて
 俺が、その女の『息子』だと聞いて

「俺の、母親は……人を……刺し殺そうとした人で……俺には、その人と"同じ血"が流れてる。おまけに髪の色も目の色、顔立ちまで……何もかも、そっくりで……っ」

「……」

「あかりは、あの人に似てる俺を見て、どう思う? やっぱり…………?」

 情けないくらい、声が震えているのがわかった。

 ずっとずっと、怖かった。

 自分が、あの人に似すぎていることが

 そして、それを打ち明けたあとの
 周りの反応が──

 容姿が似ていく度に
 その不安は少しずつ大きくなっていって

 いつか自分も
 あの人のようになってしまうかもしれない。

 そう思ったら、話せなかった。

 もし、話して

 受け入れてくれなかったら?


 『犯罪者の息子』だと思われたら?


 そう思うと、怖かった。


 また、大切な人達を失ってしまうかもしれない。


 また『独り』に、なってしまうかもしれない。



 そう思ったら




 誰にも話せなかった。



 
 意地の悪い質問なのかもしれない。


 でも、あかりなら

 あかりだったら……


 嘘偽りなく『正直』に話してくれると思った。



 『本音』で俺と



 向き合ってくれる気がした。




「私は……」

 すると、数秒の沈黙を挟んだあと、あかりが小さく声を発した。

 どんな言葉が来ても、受け入れようと思った。

 飛鳥は、あかりをみつめたまま、きつく唇を噛み締め、その先の言葉を覚悟をする。

「私は"好き"ですよ。神木さんのこと……」

「え……?」

 だけど、その先の言葉に、飛鳥は目を見開いた。

 いつもと変わらない、柔らかな雰囲気で笑うあかりの反応は

 拍子抜けするほど

 予想とは、かけ離れたもので──


「……好……き?」

「はい。正直にいうと、ミサさんのことは"怖い"です。前に電話が来た時も、話すら聞いて貰えなくて……なんだが、一方的に敵意を向けられているようにも感じて」

「……」

「でも、そのミサさんのことと、神木さんは全く関係ありません。例え親子でも、雰囲気や容姿が似ていても、私はあなたが、とても『優しい人』なのを知っていますから、今更『怖い』だなんて思ったりしませんよ。……だから、どうかこれからも、お友達として仲良くしてください」

「………っ」

 その言葉に、自然と胸の奥が熱くなった。

 ちゃんと、受け入れてくれた。

 そう、思ったら──

「ッ……あかり」

 瞬間、掴んだ肩を引き寄せると、飛鳥はあかりの身体を、きつく抱きしめた。

 細い背に腕を回して、限界まで肌を寄せれば、一回り小さいあかりは、いとも簡単に飛鳥の腕の中に収まった。

「ッ、神木さ……」

「ありがとう……本当に……ありがとう…っ」

 動揺するあかりの身体を、よりきつく抱きしめて、ただただ感謝の言葉を繰り返した。

 腕の中にある、その温もりに、思いのほか安心していた。

 嬉しかった。

 突き放さず、今までと『同じ関係』を望んでくれたことが

 怖がることなく

 『俺自身』を見てくれたことが──


「ありがとぅ……あかり…っ」

 ほのかに甘い香りのする髪に顔を埋めて、何度と囁きかける。


 もし、いつか

 華と蓮に、同じように打ち明けたとして


 あの二人も


 あかりと同じように言ってくれるだろうか?



 自分たちの母親を傷つけた女の「息子」ではなく


 今まで通り

 ただの「お兄ちゃん」として



 接してくれるだろうか──…?






 出来るなら


 そうであって欲しいと思った。




 今の「幸せ」が


 兄妹弟としての「絆」が







 どうか


 どうか、永遠に






 壊れることがないように──と…




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