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第15章 オーディション
第219話 懺悔と優しい言葉
しおりを挟む「あかりには、話してもいいと思ったから──」
再び視線が合わさると、あかりは目を見開いた。
声のトーンは、いつもと変わらず柔らかいはずなのに、その瞳が、あまりに真剣で……
「ここから先は、絶対聞き逃して欲しくないから、ちゃんと聞いてて……お前、なんで今日、エレナを追いかけたの?」
「……」
「あの人から、電話があったって言ってたし、家の場所まで知られてるって、結構ヤバいとおもうんだけど……俺、この前いったよね?『他人を気にかけるのもいいけど、その前に、自分のことも考えろ』って」
「それは……」
夏祭りの夜、飛鳥から忠告された言葉を思い出して、あかりは、まるで叱られた子供のように縮こまった。
確かに注意された。でも……
「あの時の、エレナちゃんを見たら、どうしても追いかけなくてはと、身体が勝手に動いてしまって」
「…………」
そのあかりの返答に、飛鳥は苦々しげに眉根を寄せた。
そうだと思った──
あの雨の日、倒れた自分をわさわざ家の中に招き入れて、介抱してくれたあかりなら、きっと、エレナを見捨てることも出来ないと思った。
どうして、あかりは、こんなにも、他の誰かを優先しようとするんだろう。
もっと、自分のことも、大事にして欲しい。
今日、あの人が、あかりの住所まで知ってると聞いて、すごく怖くなった。
もし、あかりに、なにかあったら──?
そう思ったら、話すべきだと思った。
あかりに、今の立場を分からせるためには、忘れたかった、あの過去を話すのが、一番いいと思ったから……
「お前、もう二度と、この件には関わるな」
「……!」
あかりにとって、非情な言葉を投げかける。
エレナを心配しているあかりに、これを言うのは、とても酷かもしれない。
「それは、できません!」
すると、あかりは、案の定、その忠告を聞き入れず、思ったより気丈な返事を返してきた。
「……『できない』じゃなくて『やれ』って言ってるんだけど?」
「できません。だってそれって、この先エレナちゃんが助けを求めてきても『無視しろ』ってことですよね! そんなの」
「さっきの話を聞いてたら分かるだろ。あの人は、怒ると何をするか分からない。それに、エレナの気持ちも考えろ」
「……っ」
「今日、なんでエレナがお前から逃げたのか、なんで、あかりを避けてたのか……わかるだろ」
あかりの気持ちは、痛いほどわかる。
あんなにも、エレナを心配して、エレナの気持ちを理解しようとしていた。
だけど
エレナにとってのあかりは
きっと、俺にとっての
ゆりさんみたいな人で
だからこそ、あかりを巻き込みたくない。
そんな、エレナの気持ちも
よく分かった。
「頼むから、俺の言うこと聞いて……エレナのことは、全部、俺が引き受ける。だからもう、あの人には関わるな」
「…………」
あかりの肩を掴むと、しっかりと目を見て語りかけた。
掴んだ肩は、思ったよりも細くて、簡単に壊れてしまいそうだと思った。
「……返事は?」
すると、飛鳥が問いかけたあと、あかりは、長い沈黙を経て
「─────はぃ」
と、小さく小さく、了承した。
その言葉は、どこか納得がいっていない様にも感じた。
それでも、今、エレナとあかりを守るには
こうするしかなくて──…
「凄い……ですね、神木さんて……っ」
「え?」
すると、その後、一段と弱々しい言葉が返ってきて
「……私、いつもそうなんです。肝心な時に役に立てなくて……今日だって、神木さんがいなかったら、私一人では、きっと、どうにも出来なくて……っ」
「…………」
俯くあかりの表情は、わからなかった。
だけど、その肩は震えていて……
「……あかり?」
「その"ゆりさん"て方、それから、どうなったんですか?」
「…………」
不意に尋ねられた質問に、思考がとまる。
話すか話さないか、迷った。
だけど、一度目を閉じ、ゆっくりとあの頃を思い出すと、嘘偽りなく、あかりに話すことにした。
「……助かったよ。出血は多かったけど、一命はとりとめて。その後は、色々あって、俺の父と結婚して……俺の、母親になってくれた」
「え?」
「さっきの双子の、華と蓮は……そのゆりさんが産んだ子……でも、死んじゃった。あの子達が、まだ2歳の時に」
「どうして……」
「病気……心筋梗塞で」
「…………」
重苦しい話に、あかりが口を噤む。
あかりが、何を思っているのか、それはわからなかった。
だけど──
「じゃぁ、前に話していた『大切な人』って、その『ゆりさん』のことだったんですね」
悲しげに視線を落としたあと、あかりはまた、小さく言葉をかけてきた。
大切な人──
その言葉に、前にあかりと喧嘩した時のことを思い出した。
大切な人を失いたくないと
失うのが怖い──と
そんな弱い心を見透かされて、一方的に避けてしまった、あの時のこと。
「そうだよ……俺にとって、ゆりさんは、本当に感謝しても、したりないくらいの人で……なにがなんでも、守りたかった人で……子供の戯れ言かと思うかもしれないけど、約束したんだ。ゆりさんに『絶対、守るから』って──」
約束した。ゆりさんと──
もう、あんな風に、傷つくところも、苦しむところも、見たくなかったから。
「なのに……俺、その日、いつもより帰りが遅くなって……いつもはしない回り道をして帰って……ほんの10分程度だったけど、あの時、俺がもっと早く帰っていたら……もっと早く救急車をよべていたら……母さんは、助かったかもしれなくて──…っ」
心の底から溢れ出すように、溜たまりにたまった懺悔の言葉が、次々に、喉から溢れてきた。
あの時、俺が──
その後悔は、今でも、ずっと残っていた。
俺が、早く帰っていれば
回り道さえしなければ
母さんは、助かったかもしれないのに
華と蓮から
母親を奪うことも、なかったかもしれないのに
そう、思ったら───…
「あなたは、何も悪くない」
「……え?」
すると、再び声が響いた。
視線を上げれば、あかりが悲しそうにこちらを見つめていて、二人の間に静かに、秋の風が吹き抜けた。
それは、髪を揺らし、あかりの頬をかすめて
「『あれは、仕方なかったんだ』『だから、あなたが気に病む必要は無いはないのよ』……これは昔、私を"支えてくれた人達"がかけてくれた言葉です。私を心配してかけてくれた──『優しい言葉』」
「………」
「私にもあります……ずっと、後悔していること……私も昔、間違った選択をして後悔して、酷く自分を責めて、どうしようもなかった時期があって……でも、それを、家族が必死になって支えてくれました。『あかりは、何も悪くない』って──」
「………」
「でも、ダメなんですよね……ほかの誰が許しくれても『その日の自分』を許せるのは……自分だけなんですよね?」
「………ッ」
今にも泣き出しそうな声で、あかりは、そう言って、そんなあかりの姿に、不意に目の奥が熱くなるのを感じた。
ずっと、一人で抱えていた「後悔」
それは、誰かに許されて
癒える傷ではなくて
自分自身で
乗り越えなくちゃいけないもので
だけど、ただその思いに
共感してくれる人がいたことが
──なんだが、すごく嬉しかった。
あかりには
どんな「後悔」があるんだろう。
あかりには
どんな「忘れたい記憶」があったんだろう。
そう思ったら
無性に、あかりのことが知りたくなって…
「あかりは──」
だけど、とっさに言葉を飲みこんだのは
《あなたには、話しません……!》
あの夜、あかりが言った言葉が
よぎったから
きっと、話してくれないと思った。
あかりは、まだ
俺に、心を許していない気がしたから──
「あの……神木さん、大丈夫ですか? なんだか、泣きそうな顔してますけど」
「……!」
すると、酷く暗い顔をしている飛鳥をみて、あかりが、心配そうにその顔をのぞき込んできた。
「ッ……泣くわけないだろ。もしかしてお前、俺のこと泣き虫だとか思ってないよね?」
「え、と……っ」
「否定しろよ、そこは」
さっき、エレナのことは全部引き受けると言った手前、弱々しいところは見せたくなかった。
だが、あかりの前で、散々失態を繰り返してきたからか、説得力はあまりないようで
「言っとくけど俺、どちらかというと、あまり泣かないタイプだから! ただ、なんていうか……やっぱり話すのは、結構きつくて、今になって、気が抜けたというか……っ」
「………」
バツが悪そうに、飛鳥が目をそらすと、あかりは、あの雨の日、彼に言った自分の発言を思い出した。
「あの……ごめんなさい。私、あの日、何も知らず『誰かに話せ』だなんて言ってしまって……確かにそれは、簡単に人に話せるような話ではありませんでした」
すると、申し訳なさそうに、シュンと沈んだ顔をしたあかりを見て、飛鳥は目を細めた。
確かにずっと、話したくないと思っていた。
でも──
「謝らなくていいよ……あかりのおかげで俺も少しだけ変われた気がするから」
「え?」
「話せば楽になるって、案外、その通りなのかもしれない。あの後、弱音をはいたら、父親に励まされて、友人に怒られた。でも、2人とも、俺の欲しい言葉をかけてくれた。素直に弱音を吐くのも悪くないかなって思わせてくれたのは、あかりが、話を聞いてくれたおかげだよ。──ありがとう」
飛鳥がそういうと、あかりも少し安心したのか、また、いつものように、柔らかく微笑んだ。
その姿が、その笑みが
なんだか、とても優しくて──
「あのさ、あかり──」
すると、あかり肩を掴んでいた手に、自然と力がこもった。
もしかしたら、あかりなら……
あかり、だったら──
「あかりは……俺のこと、どう思う?」
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