神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第15章 オーディション

第218話 気遣いと弱さ

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「狭山さ~ん!」

 その後、飛鳥があかりとエレナと共に、マンションから少し離れた大通りまで出ると、前に飛鳥を送り届けた場所に、狭山が車を停めて待っていた。

「どーも、久しぶりにあったけど、君、相変わらずだね」

「え? そう? まー、今日は色々ごめんね?」

 先程の電話で話した内容について飛鳥が笑顔で謝ると、その左隣で、あかりの後ろに隠れているエレナが、恐る恐る顔を出す。

「さ、狭山さん、ごめんなさいっ」
「……!」

 申し訳なさそうに、頭を下げるエレナ。
 それを見て、狭山は小さく息をつく。

 確かに、オーディションをドタキャンしたのは良くないが、この子の異変に気づきながら、なにもしてあげられなかった自分にも、責任はあるわけで……

「……いいよ、エレナちゃん。でも、これからは俺にちゃんと相談してね? 俺もミサさんに、エレナちゃんがたくさん我慢してること、それとなく伝えていくから」

「っ……はぃ」

 エレナが涙目で頷くと、狭山は優しく笑って、その後、また飛鳥に話かけた。

「じゃぁ、エレナちゃんは、一度事務所に連れて行くから」

「うん。ありがとう。くれぐれも、バレないように上手くやってね? あと、帰りはちゃんと送り届けてあげて」

「分かってるよ」

 そう言うと、狭山はエレナを助手席にのせ、自分も車の中に乗り込んだ。

 エレナが、車中から飛鳥とあかりに向けて、ペコリと頭を下げる。すると、二人はそれに返すようにヒラヒラと手を振ると、狭山の車は、その場から走り去っていった。

「ふぅ……」

 とりあえず一段落つき、飛鳥が軽く安堵の息を漏らす。

(一応おわったし、蓮華に、LIMEしとくか……)

 そして、双子の事を思い出すと、飛鳥は、スマホを取り出し、華に「終わったから、帰ってきていいよ」と送信し、その後、あかりに視線を移す。

「あかり、大丈夫?」

「…………」

 さっきから一言も喋らない、あかり。

 それを心配し、飛鳥が声をかけるも、あかりが、その問に反応することはなく……

「あかり!!」

「え?! あ、はい!!」

 一際大きく声をかけると、あかりはビクリと肩を弾ませ、飛鳥の方に振り向いた。

「えと……すみません。なにか、言いました??」

「……」

 そう言って、こころなしか距離をつめ、不安そうに見上げるあかりを見て、飛鳥はふと、片耳が不自由だったことを思い出す。

 右耳が聞こえないあかりは、左耳で全ての音を聞いている。

 なら、きっと人の右側に立つ方が聞き取りやすいのだろうが、今は飛鳥の左側。

 オマケに、この通りは大通りに面しているため、車の通りも激しく、少し騒がしいくらいだった。

(片方だけって、やっぱり大変なのかな?)

 あかりを見れば、声を聞き逃さないように、必死に聞こえる左耳をこちら側に傾けて、話に集中しているのがわかった。

 部屋で話していた時は、あまりにも「普通」に話せていたから、時々忘れそうになる。

 けど……

「あかり、こっち」

「え?」

 飛鳥はあかりの手を掴むと、その手を引き寄せ、大通りから中の路地の方へと移動し始めた。

「あの、神木さん……!」

 突然手をとられ、あかりが困惑する。

 だが、そのままあかりを連れ、自宅マンションの前まで戻ると、飛鳥は、再度向き直り、改めてあかりに声をかけた。

「聞き取りにくいなら、無理せず、そう言えばいいよ。少し移動すれば楽になるんだから」

「そ、そうですけど……っ」

 辺りが静かになったからか、その言葉は、あかりの耳にも、すんなり入ってきた。

 どうやら、あかりが聞き取りやすいよう、飛鳥は、わざわざ静かなマンション前まで移動してくれたようだった。

「……あの、でも、わざわざ移動してもらうのは、なんだか申し訳なくて」

「そりゃ、知らない相手なら気を使うだろうけど、俺は、あかりの耳のこと知らないわけじゃないし、俺には素直に甘えてればいいよ」

「っ……」

 その言葉には、流石のあかりも、不意をつかれたのか、ほのかに頬を赤らめた。

(なんで、神木さんって……っ)

 こんなにも、人の心に寄り添うのが上手いのだろう。

 察しがいいからか、相手が何に困っているのかを瞬時に読み取って、嫌な顔一つせず、気遣ってくれる。

 でも、こうして、優しくされるたびに、あの日、閉じ込めたはずの「弱い自分」が顔を出しそうになる。

 せっかく、自立するために実家を出たのに

 一人で生きていくために、この街に来たのに

 それなのに「彼にだったら、甘えてもいいかな」と、思ってしまいそうになる。

 でも──

「ありがとうございます。あの、ただ、そろそろ、手を……離していただいても?」

「え? あ、ごめん」

 お互いに、離すタイミングを失ってしまったのか、あかりが手を離すように訴えると、飛鳥はパッとあかりの手を離し、また心配そうに声をかけてきた。

「あのさ、あかり」

「……はい」

「その……やっぱり、驚いたよね? さっきの話……」

「………」

 あの話を聞いたあとから、ずっと気難しい顔をして黙っていた、あかり。

 その姿に、飛鳥も何かしらの不安を抱いていたのかもしれない。珍しく弱々しい声が返ってきた。

 確かに、驚いた。
 まさか『親子』だったなんて……

 それに、紡がれる言葉のひとつひとつが酷く重くて、幼い頃の彼を思うと、涙が溢れそうだった。

「あの、神木さん……」

「ん?」

「あんな大事な話、私が一緒に聞いてしまって、良かったんでしょうか?」

 あかりが、申し訳なさそうに呟く。

 彼が話してくれたおかげで、エレナが、何故あそこまで母親を恐れるのか、やっと分かった気がした。

 だけど……

『話したくないんだよ、俺は……!』

 前に、ミサさんを見かけた時、飛鳥が頑なに、そう言っていたのを思い出して、あかりは酷く胸を痛めた。

 もし、その「忘れたい記憶」が、さっきの話だったとしたら

 本当は話したくないのに

 話させてしまったのだとしたら──…


「……いいよ」

「え……?」

「むしろ、あかりには、話してもいいと思ったから──」


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