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第15章 オーディション
第205話 オーディションと醤油
しおりを挟むピーピー!
朝──脱衣所の洗濯機が、洗濯完了の合図を告げた。
キッチンで洗い物を終えたあかりは、その後、脱衣所までいくと、洗濯機の中から衣類を取り出しカゴの中に入れる。
(洗濯が終わったら、買出しに行かなきゃ)
今日の予定を考えながら、あかりは、ベランダに出ると、テキパキと洗濯物を干し始めた。
一人分の洗濯物はさほど多くはなく、衣類やバスタオルなどを段取りよくハンガーに干していく。
空を見あげれば、外は快晴だった。
まだ、夏を感じさせるような澄みきった青空。
きっと今日は、一日良い天気になるのだろう。
だが、あかりの表情は、その青空とは対照的に、どこか曇りのある色をしていた。
(……エレナちゃん、大丈夫かな?)
洗濯物は干す手を止め、あかりは室内のカレンダーに目を移す。
今日は、9月の第一土曜日──
エレナのオーディションが、行なわれる日だった。
第202話 『オーディションと醤油』
◇◇◇
「あー!」
朝、飛鳥が、ゆりの仏前に花を備えていると、キッチンから急に華の叫び声が聞こえた。
朝食の準備をしていた華。
見れば、ひととおりの準備は終えたようで、テーブルには、美味しそうな朝食が並べられていた。
今日のメニューは洋食。
あとは、飲み物を添えれば.全て完了だろう。
だが、もう食べられそうなそのタイミングで、いきなり叫んだ華に、飛鳥と蓮は同時に首を傾げた。
「どうしたの、華?」
「どうしたのじゃないよ! お醤油なくなりそう!」
「は?」
カウンターから顔を覗かせ、華は、兄と弟に鬼気迫る表情で訴えた。
醤油は、料理に欠かせない五大調味料の1つ。
とはいえ、なにもそこまで慌てる必要はないだろうに……
「なに? 全くないの?」
「後、これだけ!」
兄が問いかければ、華が醤油のボトルを見せつけるように、兄に差し出した。
見れば、ボトルの底に申し訳なさ程度に一センチほど残っているだけだった。
「買い置きは?」
「なかった!」
「お前な……なくなる前に買っとけって、いつも言ってるだろ」
「だって、あると思ってたんだもん! てっきり飛鳥兄ぃが買ってるとばかり……!」
主婦が二人になると、たまにこんなことがある。食材がダブってしまったり、買い忘れがあったり。
「別にないならないで、今日は醤油を使わない料理にすればいいんじゃない? また、明日の学校帰りにでも、買ってくれば?」
すると、先にテーブルについていた蓮が、二人の会話に口をはさんだ。
ないならないで、あるもので済ませれば良いだけだ。
「えーないと困るよ~! 今夜、すき焼きにしようと思ってたのに!」
「バカ! メニュー言うなよ! すき焼きとかいわれたら、食いたくなるだろ!」
「だって、すき焼きするつもりで昨日買出ししてきたんだもん! お肉も、たくさん買ってきたのに!」
「なら、なんで醤油忘れるんだよ!」
まだ、朝食も食べぬうちから夜のメニューについて口論が始まる。
そんな双子を他所に、飛鳥が冷蔵庫を空ければ、確かにすき焼き用のお肉が入っていた。
使わないなら、このまま冷凍させておくのも手だが、より鮮度のよいもので、すき焼きをしたいなら、今夜食べた方がいい。
だが、醤油なしに、すき焼きはできない。
「はぁ……そんなに、すき焼きしたいなら、醤油買ってくるしかないだろ?」
華と蓮がケンカする中、飛鳥が冷蔵庫を閉めながら、深くため息をついた。
朝からケンカとは、なんで、うちはいつも騒がしいのだろう?
「じゃぁ、飛鳥兄ぃ、お醤油買ってきてよ!」
「は?」
だが、その醤油を調達するという大事な使命を、華が、何故か飛鳥に託してきた。
だが、今日は土曜日だ!
飛鳥としては、あまり出歩きたくない!
「今日、土曜だし、俺あまり家から出たくないんだけど……華が忘れたなら、華が買ってこいよ」
「私は今日は葉月と約束があるし! 買い出し行ってる暇ない」
「じゃぁ、蓮は?」
「俺は、部活」
「ほら~、飛鳥兄ぃだけじゃん、暇なの! それに、商店街の方じゃなければ、そんなに混みあわないよ! 榊神社の近くに新しいスーパーできてるから、そっちに行ってきたら?」
「あぁ、先月オープンした?」
「そう! 距離も商店街いくのと、そんなに変わらないし! ついでに、土曜日はタマゴも安いみたいだから、買ってきて!」
「…………」
ものの見事にまくし立てられ、外出を余儀なくされた。
先月新しくオープンしたスーパー。
日頃の小さな買物は、学校返りに商店街ですます事が多いが、まとめ買いする日は、最近華が、よくそのスーパーを利用していた。
確かに商店街は中心街に近いため、人通りも多いが、そのスーパーは、閑静な住宅街の中にあるからか、比較的穏やかで、スカウトマンに出くわすことは、ほぼないだろう。
「はぁ、わかったよ。醤油とタマゴね?」
「宜しくー」
すると、華はニッコリ笑って、エプロンをはずすと、仕上げとばかりにコーヒーを淹れはじめ、全てそろった食卓を、いつものように3人で囲う。
プレートの上には、スクランブルエッグに、ベーコンのアスパラ巻き。そして、彩豊かなサラダの横にはクロワッサンが二つ添えられていた。
また、その傍らには、ワカメスープと香り豊かなコーヒー。
そこそこ腕を上げてきた、華の手料理。
最近では、料理の出来だけではなく、盛り付けもキレイになってきた気がする。
「いただきまーす!」
その後テーブルにつくと、三人は手を合わせ、朝食を取り始めた。
「ねぇ、そのスーパー何時から?」
「9時からだよ!」
「じゃぁ、9時頃出て、早めにすませてくるか」
「あ! じゃぁ、私も一緒にでる! 蓮は?」
「俺は10時からだから、もう少しゆっくりしとく」
「帰りは?」
「私は、5時ごろかな?」
「俺もそのくらいだと思う。試合近いし」
「分かった(じゃぁ、夕方まで俺一人か)」
各々予定を確認しながら、朝食をとる。
いつもと変わらない朝の一コマ。
新学期が始まって暫くたった
──9月の第一土曜日。
それぞれの朝は、澄み渡る青空と共に
穏やかに、そして、ゆっくりと
始まりを迎えたのだった。
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