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第12章 二人の母親
第174話 ミサと秘書
しおりを挟む桜聖市の中心街から徒歩で10分ほど歩いたところに、ビルが立ち並ぶ、ビジネスタウンがあった。
その中の一角、聳え立つ30階建てのビルの中で、ミサは事務として働いていた。
薄いブルーのシャツに、紺のスーツ。
スカートから伸びたスラリと細い脚には、無難な黒のパンプスを合わせ、一見地味なその姿も、金色のつややかな髪と、凛とした美しさのせいか、フロアの中でも一際目立っていた。
男女問わず、見惚れてしまうような絶世の美女。
それが、神木飛鳥の産みの母親である、紺野ミサの姿だった。
息子と同じく、柔らかくサラリとした金色の髪は長く腰元まであり、長いまつげの奥に見えるのは、青く美しい瞳。
人形のように白く滑らかな肌と、細く美しい指先。
そして、服越しからも分かる形の良い胸と、くびれた腰。
華奢だが、その身体には、女性特有の柔らかさや気品を携えており、その姿はとても41歳には見えないほど、若々しく美しいものだった。
実際に、こちらに引っ越してきて、初めてこの会社に面接にきた日。
フロア内では「すごい美人が、面接にきた!」と、噂になるほどだった。
まぁ、入社が決まった際、ミサの実年齢を聞いて、驚きと感嘆の声が同時に沸き起こったのも事実だが……
「紺野さん、もうあがりますか?」
夕方五時を前にし、ミサがパソコンのキーボードをうち終えた頃、隣のデスクに座っていた、女子社員が声をかけた。
茶色に染めた髪を後ろで一つに結い、可愛らしいピンクのシュシュをつけた、まだ20代の若々しい女子社員の名は、羽田。
最近入社したばかりの新人社員だ。
ミサは、パソコンをシャットダウンしたのち、視線を流すと、羽田の問いかけに返事を返す。
「えぇ、仕事も片付いたし」
「あの、もし良かったら、今から一緒に食事とかどうですか? 私、紺野さんとお話したいな~って、ずっと思ってて!」
「……え?」
可愛らしい笑顔を浮かべ、食事に誘う羽田にたいして、ミサは少しだけ間をとると
「……ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに……家で娘が待ってるの。もう帰らないと」
そう言って、ミサは柔らかく微笑むと、ノートパソコンをバッグにしまい、ミサは帰り支度を始めた。
「え!? お子さん、いるんですか!?」
「あ! 俺、見ましたよ、雑誌!」
すると、ミサの向かいに座る男性社員の山下が、ミサと羽田の話に割り込んできた。
「4年生でしたよね、エレナちゃん! 紺野さんそっくりで、びっくりしましたよ~」
「えぇ!? 4年生って、そんな大きな娘さんがいるんですか!?」
すると、羽田はパッチリとした目をさらに丸くして驚いた。
その羽田の反応に、ほかの社員達は
「あ~そっかー! 羽田はまだしらないのか、紺野さんの年齢!」
「まだ、新人だしなー」
「え? 年齢?」
羽田とミサを取り囲むようにして、集まった社員達がドッと笑いだす。
ミサは、羽田をみつめ、申し訳なさそうに微笑むと
「ごめんね、羽田さん。私、もう41なの」
「えぇ!? 41!?」
「だよなー分かるわ、その気持ち!!」
「20代の後半でも十分いけるもんね、紺野さん!」
「あ、あの!?ごめんなさい!! 私もしかして、失礼なことしてました!?」
すると、さっきよりもさらに目を丸くして、羽田が慌てふためく。
それも、そうだろう。アラサーだと思っていたお姉さんが、まさかのアラフォーだったとは……
「いいえ。私もここに入社して、まだ半年くらいだから、羽田さんと同じ新人だし、気にしないでね」
慌てふためく羽田を宥めるように、ミサが声をかけると、その綺麗な笑顔をみて、羽田は頬をあからめる。
物腰の柔らかいミサの雰囲気。
それは、同じ女性でも見とれてしまうほどで……
「それじゃぁ、私はこれで……折角誘ってくれたのに、ごめんね」
「あ、いえ。お疲れ様でした!」
「お疲れ様」
他の社員達に見送られ、ミサがフロアをあとにすると、羽田がポツリと呟く。
「41だったなんて……どうやったら、あんなに綺麗なままでいられるだろう?」
「ね~子供産んでるのに、体型全く崩れてないし、美魔女ってあんな人のこと言うんだろうね~」
「それだけじゃないわよ。紺野さん、仕事も早くて丁寧だし、オマケに、英語だけじゃなくてフランス語もできるみたいで、この前は、秘書課の応援も頼まれてたわよ」
「すごいなー。美人で、ママで、仕事もできてって、なんかカッコイイですねー。憧れちゃう」
「あー、俺も紺野さんが、あと10歳若ければ、アタックしてたのにな~」
「そうか、あれだけの美女なら40代でも、俺はOKだけどな。あんな美人連れてデートしたら、優越感スゲーだろ」
「バカねー、あんた達なんて見向きもされないわよ! ねぇ、課長もそう思いません?」
すると、女子社員の1人が、奥に座る男性に同意を求めるように問いかけた。
課長と呼ばれたその男は、ミサと同じく40代の引き締まった体格をした男だった。
「そうだな」
「課長ヒデ~! 課長はあんな美人みて、なんとも思わないんすか!?」
「俺に妻がいるからな。それに、紺野はやめとけ」
「え? なんでですか?」
その言葉に、全員が首を傾げる。すると、課長は少しだけ声を重くし
「アイツは、副社長のお気に入りだからな」
◇◇◇
コツコツ──
広々としたフロアの廊下に、ヒールの音が響く。
仕事を終えたミサは、エレベーターの前で足を止めると、深くため息をついたあと、下階に降りるボタンを押した。
エレベーターを待つ間、手首につけた腕時計を確認すると、時刻は5時過ぎ。
ここから自宅までは、徒歩で40分ほどかかる。
今日はモデルの仕事もレッスンもないため、家ではエレナが一人で待っていた。
できるだけ定時に上がれるようにこころがけてはいるが、それでも、家に帰りつくのはどんなに早くても、6時前。
(早く、帰らなきゃ)
ピンポン──
暫くして、エレベーターがつくと、ミサはその中に乗り込んだ。
「紺野くん!」
だが、その直後、男が一人同じくエレベーターの中に乗り込んできた。
グレーのスーツを品よく着こなした40代くらいのその男は、どこか飄々とした雰囲気の優男だ。
「……なにか?」
「はは、相変わらずつれないなー君は。だが、副社長に向かって、その態度はいかがなものかな?」
「…………」
ミサが、一切視線を向けることなく隣にたった男に不躾に返事を返すと、副社長と名乗った男は、軽く口角を上げて、舐めるような視線を向けた。
男の名は、沢木
この会社の社長の息子で、現・副社長。
また、厄介な男に捕まった。
「……それは、失礼いたしました。以後気をつけます」
「秘書課への移動の話、断ったらしいね。もったいない。折角この私みずから、君を推薦したというのに」
「秘書課に採用するなら、もっと若くて気立ての良い娘が好ましいかと思いますが」
「そんなことはないさ。君がいるだけで場が華やぐ。先方の評判もいい。みんな君に見とれていたよ。それに、私としても、君が私の秘書として、そばにいてくれると仕事も捗るんだが」
「……先日、秘書課の仕事を引き受けたのは、秘書課の子が一人早退して、人手が足りないと頼まれたからです。それに、私は娘がいますから、定時に上がれる事務の方が」
「君は相変わらず娘さんの話ばかりだ。そんなに家族が大事なのかい?」
「……」
「そうか。なら、こういうのはどうかな?」
「!?」
すると、男はミサの腰にスルリと手を回してきた。
「私の、愛人になるというのは?」
「……っ」
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