185 / 509
第11章 兄と女の影
第172話 お菓子と疑惑
しおりを挟むピチャン──と、湯船に張ったお湯が跳ねる。
あかりは、その後、飛鳥と別れ自宅に戻ると、夕食をとり、お風呂に浸かっていた。
湯気が上気する浴槽の中。膝を抱えるようにして、湯船に浸かるあかりは、一人エレナのことを考えていた。
『あの子に友達なんて必要ないの。あなたのようなお友達もね?』
さっき、ミサから、ハッキリと忠告を受けた。
娘に近づくなと──
だが、その忠告を、そのまま鵜呑みにする気など、あかりにはなかった。
目を閉じると、泣きながら話すエレナの姿を思い出す。
『私のお母さん、怒ると凄く怖くて、部屋から、だしてもらえないことも、あって……っ』
そう言っていた、エレナ。
今どうしているのだろう。閉じ込められたり、怖い思いをしていないだろうか?
身体に危害は加えられなくても、その心のキズが、心配で仕方ない。
(……まずは、エレナちゃんに会わなきゃ)
ミサさんに、バレないように──
あかりは、決心し、湯船から出ると、そのまま脱衣所に向かう。
濡れた髪や身体をタオルで丁寧に拭き取ると、下着の上にゆったりとしたロングTシャツを一枚だけ着て、キッチンに向かった。
冷蔵庫から、ミネラルウォーターをとりだして、コップに注ぎ、喉を潤す。
冷たい水は、火照った身体に染み入るように流れ、それは同時に不安な心を、少しだけ落ち着かせてれるようだった。
その後、小さく息をついて、キッチンから隣の部屋に移動すると、ベッドの前、テーブルの上に置かれた、可愛らしいお菓子に目が止まった。
それは、飛鳥があかりに、お礼として渡してきた、喫茶店のお菓子だった。
ベッドの上に腰かけ、ラッピングされそのお菓子を手に取ると、あかりは、それを見て、申し訳なさそうに目を細めた。
「……神木さんに、悪いことしちゃった」
あの時の彼は、とても真剣な表情をしていた。
本気で心配しているのが伝わってきて、見つめられた瞬間、泣いてしまいそうだった。
きづかれたくなかったのに、気づいてくれたことが嬉しくて、一度は飲み込んだはずの言葉が、一気に溢れそうになった。
(なんで、私……)
彼に話したところで、エレナの事が解決するわけじゃない。
それなのに、どうして頼りたくなってしまったんだろう。
それに……
(頭、撫でられたの、どのくらいぶりかな)
不意に触れた温もりを思い出して、胸の奥が熱くなった。
きっと、慰めてくれたのだろう。
『笑ってる方が可愛いよ』
そう言って、どこか安心したように笑いかけてくれた言葉も、まるで泣いた子供に囁きかけるような優しい声だった。
「……お兄ちゃんがいたら、あんな感じなのかな?」
長女だったからか、兄に憧れたことはあった。
もしかしたら、彼の放つ、お兄ちゃんらしい雰囲気に、つい甘えたくなってしまったのか?
「可愛いとか言えるんだ、あの人。なんか……変な感じ」
だが、散々「可愛くない」と罵られてきたせいか、どこかくすぐったい言葉でもあった。
あかりは、貰ったお菓子を見つめ、頬を緩めると、少し恥ずかしそうに目を細める。
だが、それと同時に過ぎった──ある疑惑。
(ミサさんと、神木さんて……)
ミサと初めて話をして感じた、あの既視感。
彼女の放つ、あの独特な雰囲気は──
(神木さんが、怒ったときの雰囲気と、よく似ているんだ)
前に、彼を怒らせてしまった時に感じたあの冷たい雰囲気。それと、よく似ている気がした。
それに、あの日、ミサを直接みかけた日。
『お前、あの女の人のこと、何か知ってる?』
そう、聞いてきた彼は、明らかにミサさんと面識があるように見えた。
(知り合い……なのかな? もし、そうだとしたら……親戚、姉弟、それとも──)
──────親子?
(いやいや、さすがに、それはないよね? ミサさん、まだ若いし、それに神木さんのお母さんは……)
確か、もう、亡くなってるって……
──トゥルルル!!
「!?」
瞬間、静かな室内に突然鳴り響いた音に、あかりは、その身をびくりと弾ませた。
見れば、テーブルの上に置いていたスマホが音をたてていて、あかりは慌ててスマホをとると、相手を確認し、電話に出る。
「もしもし?」
『よー、元気か?』
「……理久」
それは、とてもとても、久しぶりに聞く声だった。
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる