神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
183 / 509
第11章 兄と女の影

第170話 飛鳥くんと大野さん

しおりを挟む
 
 唐突に飛び出した大野の言葉に、穏やかだった鼓動が微かに心拍を早めた。

 あれ? バレてる??

 だが、飛鳥はあくまでも平静を装うと、ニコリと笑顔を貼り付けて、大野に微笑みかける。

「好きだよ。なんでそんなこと聞くの?」

 夜7時をまわり、アパートの廊下は、もう薄暗くなっていた。落ちかけの夕日が辺りを紫色に染まる中、コツコツとこちらに向かってくる大野の靴の音が、やけに耳に響く。

 すると、自分の家の前でピタリと足を止めた大野は、数歩先にいる飛鳥をじっと睨みつけると

「だって君、あかりちゃんのこと、本気じゃないだろ?」

「…………」

 あまりにも、的を得た返答に、一瞬、笑顔が崩れそうになる。

 そりゃ、こちらは、"偽物の彼氏"ですから、本気なわけがない。

「それに、俺、まだ諦めてないから」

 そして、その後さらに続いた言葉に、笑顔も引きつる。

(……この人、まだ諦めてなかったんだ)

 確かに、先日会った時、少し強引すぎる気はしていた。

 あかりは、あからさまに迷惑そうな態度をみせていたのに、全く気づくこともなく。

 なるほど。現実見せつけてもダメな、かなり厄介なタイプだったらしい。

 飛鳥は、大野を真っ直ぐに見据えると、その後、どうするべきかを考える。

 もしここで、自分たちの嘘がバレたら、大野は更に、あかりに付き纏うようになるのだろう。

 だが、下手に相手にすれば、火に油を注ぐことにもなりかねない。飛鳥はそう考えると

「そうですか。じゃぁ──」

 と、大野の横をすり抜け、そのまま笑顔で立ち去ることにした。

 だが、そんな飛鳥を、大野があたふたと引き止める。

「ちょ、ちょっと待ってぇぇ!? 行くの!?いっちゃうの!? これあれだよ! ライバルが現れた的な熱い展開だよ!! 彼女とられちゃうかもしれないんだよ!! もっとこう、危機感とかないの?!」

「ないよ」

「言い切ったよ!? なにその余裕!? イケメンだから!? イケメンだからなの!? 確かに君、ずっこい綺麗な顔してるもんね!!」

 スタスタと歩いていく飛鳥の肩を掴み、必死に食い下がる大野。もっと火花散る展開を望んでいたのか、あっさり帰ろうとした飛鳥に驚いたのだろう。

「あのさ! もう少し、焦ろうよ! 年上社会人の包容力ある大人の男が、君の彼女あきらめないって言ってるんだよ! 三角関係はじまるんだよ!!」

「始まらないよ。あかりは、お兄さんには、絶対なびかないよ」

「ハッキリいうね!? 自信満々だね!!」

 その言葉には、さすがの大野は驚愕する。

 これは、イケメンだからなのか!?
 それとも、ふられたことがないからなのか!?

 大野は早くも、心が折れそうになった。

「だいたい、あかりはだって、この前いったよね。なに、人の女に手だそうとしてんの? しつこい男は嫌われるよ」

「いや、君こそ、本気じゃないくせに、なんで付き合ってんだよ!?」

「っ……さっきから、なんで本気じゃないとか決めつけるの?(本気じゃないけど)」

「じゃぁ、言わせてもらうが、はっきり言って、に、あかりちゃんを幸せにできるとは思えない!!」

「…………」

 なにやら、不快な言葉が聞こえてきて、飛鳥は眉をひそめた。

 君……みたいな子??

「なにそれ、どういう意味?」

「だって君、あかりちゃんのこと、でつきあってるんだろ!!」

「は?」

 なんか、とてつもなく不愉快なワードが聞こえた。確実に、今年のワースト5に入るほど、腹ただしい言葉だった。

「君、その顔なら絶対モテるよね! 正直、女の子取っかえ引っ変えしてそうだし、どうせ、あかりちゃんのことも、飽きたらすぐ捨てるんだろ! あかりちゃん、凄く優しくていい子なんだ! そんな子に、遊びや体目当てで近づくのは、やめて欲しい! 俺は、あかりちゃんが、君みたいな、ダメな男に引っかかってるのを見てられない!」

(……うわ、なんか、凄いこと言われてる)

 一度しかあってないのに、とんでもないクズでダメな男だと思われてる!

 これは、身体目当てで、付き合ってるように見えたから「本当に好きなのか」とか「本気じゃない」とか、言われてるのだろうか?

 心外だ。とてつもなく気分が悪い。

 大体なんで、あかりと付き合ってる(嘘)だけで、ここまで侮辱されなくてはならないのか?

「それに、俺は、本気であかりちゃんのことが好きなんだ!」

「!」

 だが、その後も大野は止まらず、あかりへの愛をこれでもかと伝えてくる。

「俺、あかりちゃんに初めてあった時、運命を感じたんだ! なにより俺は、君と違って一途だし、あかりちゃんを悲しませるような事は絶対しないし、幸せにする自信だってある! だから、本気じゃないなら、今すぐあかりちゃんと別れてほしい!」

「…………」

 感情が高ぶるままに一方的に告げられる話を、飛鳥は笑顔を作るのも忘れ、真顔で聞いていた。

 運命──正直、そこまで言えるほど、真剣に相手のことを好きだと言えるのは、すごいと思った。

 自分にはない、感情。

 確かに、こうして一途に愛してくれる相手がいるなら、それは女の子にとって、とても幸せなことなのかもしれない。

 でも──

「別れないよ」

「え?」

「誰が、遊びだなんていったの? 俺は、あかりと別れるつもりはないし、お兄さんみたいな人には──絶対、渡さない」

「ッ……」

 大野を見つめると、飛鳥はハッキリとそう言い放つ。

 それを運命だと思いたいなら、別に構わない。だけど、何故かこの人には、本気で渡したくないと思った。

「な、俺みたいなってどういう……っ」

「あれ? 決めつけられるの嫌? でも、お兄さんも、俺に同じこといったんだよ。それに、お兄さんこそ、本当に、あかりのこと好きなの?」

「え?」

「さっきから、自分の気持ちばかりだけど、あかりの気持ち、ちゃんと考えたことある? ハッキリいって、運命なんて勘違いだよ。あかりは、お兄さんのこと、なんとも思ってないし、むしろ迷惑してるくらい」

「ッそんなこと、あるわけないだろ! あかりちゃん全く嫌な顔してなかったし、俺と話す時はいつも楽しそうにしてた! 大体、君に何が分かるんだ!」

「……」

 その返答を聞いて、飛鳥はまた眉を顰めた。

 どうやら、大野は、あかりが困っていたことに、全く気づいていないようで……

「わかるよ。少なくともお兄さんよりはね? あかりが嫌な顔しないのは、お隣さんと気まづい関係になりたくないから。でもそれは、あかりからの"思いやり"であって、好きだからとか、そういう"好意"からくるものじゃない。むしろ、隣人ってことを利用して、あかりから"逃げ道"を塞いでたのは、あんたの方だろ?」

「……ッ」

 ハッキリと、歯に衣を着せないその言葉に、大野が一瞬たじろいた。

「……そんな、ことは」

「いや、だからしてるんだって。別に、俺のことを敵視したいならすればいいし、あかりのことが好きなら、好きなままでもいいよ。でも、本当にあかりのことを思うなら、あかりの気持ちも、少し考えてあげて」

「………」

「気をひきたいのはわかるけど、強引に家に誘って断る隙も与えないとか、そんな困らせたり、怖がらせるようなことしないでやって……男の家に一人で呼ばれるとか、女の子にとっては恐怖でしかないし、はっきりいって、今のお兄さんの"愛情"は、あかりにとっては、ただの"暴力"でしかないよ。好きなら……何してもいいってわけじゃない」

「……っ」

 それは、どこか諭すような、そんな柔らかな語りかけだった。

 大野は、その言葉になにか思うところがあったのか、飛鳥をみつめ、じっと黙り込む。

 夕日が落ちる寸前、暗くなるにつれ、道路脇の街灯がチラホラと灯りをともし始めた。

 すると、二人の間に暫く沈黙が続いた後、大野がギュッと奥歯を噛み締め、その後小さく声を発した。

「っ……確かに、あかりちゃんの気持ちは、あまり考えたことなかったかも……しれない……っ」

 視線を落とし、反省の色を見せ始めた大野をみて、飛鳥はホッと息をつく。

 どうやら、聞く耳は持っているらしい。

「分かってくれた? てか、好きな女の気持ちも考えられない奴が、よく『幸せにできる』とか『包容力ある』とか言えたよね?」

「……うっ」

「それに、そんな強引に攻めても、逆効果だと思うよ?」

「え!? そうなの!?」

「うん。女の子の言う、強引に口説かれたいなんて、あんなの好きな男限定の話だよ。実際にそんなことしたら、キモがられておしまいだと思う。あと、俺金髪だけど、この髪、地毛だから、見た目で判断しないでね」

「え!? そうなの!? 俺は、てっきりホストかなにかの毒牙にでもかかったのかと」

(……ホスト)

 あー、だから、あそこまで言われたのか。
 まぁ、気持ちはわからなくはないけど……

「あの、あかりちゃん、本当に俺の事なんとも思ってないのか?」

「思ってないよ。だから、お兄さんには、なびかないって言ったの」

「そうか……いや、でも、そうだよな。俺に気があるなら彼氏なんて作らないし。いつも断られてたし、近づくと逃げるし、改めて考えたら、さけられてたのかなー?」

(そこまでされてて、気づかないって……)

 大野が訪ねてきた時、あかりがひどく不安そうな顔をしていたのを思い出した。

 まぁ、現実を見せつけたにも拘わらず、その彼氏(偽)に、直接別れろ!なんて言ってくる奴だ。

 あかりも、さぞかし困っていたことだろう。

「まぁ、俺と付き合ってる間は、あかりにちょっかい出さないでね」

「っ……分かったよ。でも、まさか君がそこまで、あかりちゃんのこと思ってるなんて思わなかった。悔しいけど、あかりちゃんが君を選んだのが、少しだけ分かった気がするよ」

(いや、一切選ばれてないけど……)

 嘘をついていることに、若干の罪悪感を抱きつつも、飛鳥は、やっと大野から牙が折れたのだと確信すると、あかりの顔を思い浮かべ、ほっと胸を撫で下ろした。

 こうして暫く、自分が彼氏のフリをしていれば、いずれ大野も気持ちも、薄れていくかもしれない。

「あ、でも、破局しそうになったら教えてね!」

 だが、その後の大野の返答に飛鳥は……

「……あのさ、俺の話聞いてた? 俺達、一生別れるつもりないから、早いとこ諦めて、別の運命の相手、探しに行けば!?」

「いや、俺は自分の直感を信じる!!」

 なかなか、しぶとそうな大野。

 これは、何がなんでも彼氏のふりを貫き通さねば!と、飛鳥は一人そう思うのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...