183 / 554
第11章 兄と女の影
第170話 飛鳥くんと大野さん
しおりを挟む唐突に飛び出した大野の言葉に、穏やかだった鼓動が微かに心拍を早めた。
あれ? バレてる??
だが、飛鳥はあくまでも平静を装うと、ニコリと笑顔を貼り付けて、大野に微笑みかける。
「好きだよ。なんでそんなこと聞くの?」
夜7時をまわり、アパートの廊下は、もう薄暗くなっていた。落ちかけの夕日が辺りを紫色に染まる中、コツコツとこちらに向かってくる大野の靴の音が、やけに耳に響く。
すると、自分の家の前でピタリと足を止めた大野は、数歩先にいる飛鳥をじっと睨みつけると
「だって君、あかりちゃんのこと、本気じゃないだろ?」
「…………」
あまりにも、的を得た返答に、一瞬、笑顔が崩れそうになる。
そりゃ、こちらは、"偽物の彼氏"ですから、本気なわけがない。
「それに、俺、まだ諦めてないから」
そして、その後さらに続いた言葉に、笑顔も引きつる。
(……この人、まだ諦めてなかったんだ)
確かに、先日会った時、少し強引すぎる気はしていた。
あかりは、あからさまに迷惑そうな態度をみせていたのに、全く気づくこともなく。
なるほど。現実見せつけてもダメな、かなり厄介なタイプだったらしい。
飛鳥は、大野を真っ直ぐに見据えると、その後、どうするべきかを考える。
もしここで、自分たちの嘘がバレたら、大野は更に、あかりに付き纏うようになるのだろう。
だが、下手に相手にすれば、火に油を注ぐことにもなりかねない。飛鳥はそう考えると
「そうですか。じゃぁ──」
と、大野の横をすり抜け、そのまま笑顔で立ち去ることにした。
だが、そんな飛鳥を、大野があたふたと引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってぇぇ!? 行くの!?いっちゃうの!? これあれだよ! ライバルが現れた的な熱い展開だよ!! 彼女とられちゃうかもしれないんだよ!! もっとこう、危機感とかないの?!」
「ないよ」
「言い切ったよ!? なにその余裕!? イケメンだから!? イケメンだからなの!? 確かに君、ずっこい綺麗な顔してるもんね!!」
スタスタと歩いていく飛鳥の肩を掴み、必死に食い下がる大野。もっと火花散る展開を望んでいたのか、あっさり帰ろうとした飛鳥に驚いたのだろう。
「あのさ! もう少し、焦ろうよ! 年上社会人の包容力ある大人の男が、君の彼女あきらめないって言ってるんだよ! 三角関係はじまるんだよ!!」
「始まらないよ。あかりは、お兄さんには、絶対なびかないよ」
「ハッキリいうね!? 自信満々だね!!」
その言葉には、さすがの大野は驚愕する。
これは、イケメンだからなのか!?
それとも、ふられたことがないからなのか!?
大野は早くも、心が折れそうになった。
「だいたい、あかりは俺の彼女だって、この前いったよね。なに、人の女に手だそうとしてんの? しつこい男は嫌われるよ」
「いや、君こそ、本気じゃないくせに、なんで付き合ってんだよ!?」
「っ……さっきから、なんで本気じゃないとか決めつけるの?(本気じゃないけど)」
「じゃぁ、言わせてもらうが、はっきり言って、君みたいな子に、あかりちゃんを幸せにできるとは思えない!!」
「…………」
なにやら、不快な言葉が聞こえてきて、飛鳥は眉をひそめた。
君……みたいな子??
「なにそれ、どういう意味?」
「だって君、あかりちゃんのこと、遊びでつきあってるんだろ!!」
「は?」
なんか、とてつもなく不愉快なワードが聞こえた。確実に、今年のワースト5に入るほど、腹ただしい言葉だった。
「君、その顔なら絶対モテるよね! 正直、女の子取っかえ引っ変えしてそうだし、どうせ、あかりちゃんのことも、飽きたらすぐ捨てるんだろ! あかりちゃん、凄く優しくていい子なんだ! そんな子に、遊びや体目当てで近づくのは、やめて欲しい! 俺は、あかりちゃんが、君みたいな、ダメな男に引っかかってるのを見てられない!」
(……うわ、なんか、凄いこと言われてる)
一度しかあってないのに、とんでもないクズでダメな男だと思われてる!
これは、身体目当てで、付き合ってるように見えたから「本当に好きなのか」とか「本気じゃない」とか、言われてるのだろうか?
心外だ。とてつもなく気分が悪い。
大体なんで、あかりと付き合ってる(嘘)だけで、ここまで侮辱されなくてはならないのか?
「それに、俺は、本気であかりちゃんのことが好きなんだ!」
「!」
だが、その後も大野は止まらず、あかりへの愛をこれでもかと伝えてくる。
「俺、あかりちゃんに初めてあった時、運命を感じたんだ! なにより俺は、君と違って一途だし、あかりちゃんを悲しませるような事は絶対しないし、幸せにする自信だってある! だから、本気じゃないなら、今すぐあかりちゃんと別れてほしい!」
「…………」
感情が高ぶるままに一方的に告げられる話を、飛鳥は笑顔を作るのも忘れ、真顔で聞いていた。
運命──正直、そこまで言えるほど、真剣に相手のことを好きだと言えるのは、すごいと思った。
自分にはない、感情。
確かに、こうして一途に愛してくれる相手がいるなら、それは女の子にとって、とても幸せなことなのかもしれない。
でも──
「別れないよ」
「え?」
「誰が、遊びだなんていったの? 俺は、あかりと別れるつもりはないし、お兄さんみたいな人には──絶対、渡さない」
「ッ……」
大野を見つめると、飛鳥はハッキリとそう言い放つ。
それを運命だと思いたいなら、別に構わない。だけど、何故かこの人には、本気で渡したくないと思った。
「な、俺みたいなってどういう……っ」
「あれ? 決めつけられるの嫌? でも、お兄さんも、俺に同じこといったんだよ。それに、お兄さんこそ、本当に、あかりのこと好きなの?」
「え?」
「さっきから、自分の気持ちばかりだけど、あかりの気持ち、ちゃんと考えたことある? ハッキリいって、運命なんて勘違いだよ。あかりは、お兄さんのこと、なんとも思ってないし、むしろ迷惑してるくらい」
「ッそんなこと、あるわけないだろ! あかりちゃん全く嫌な顔してなかったし、俺と話す時はいつも楽しそうにしてた! 大体、君に何が分かるんだ!」
「……」
その返答を聞いて、飛鳥はまた眉を顰めた。
どうやら、大野は、あかりが困っていたことに、全く気づいていないようで……
「わかるよ。少なくともお兄さんよりはね? あかりが嫌な顔しないのは、お隣さんと気まづい関係になりたくないから。でもそれは、あかりからの"思いやり"であって、好きだからとか、そういう"好意"からくるものじゃない。むしろ、隣人ってことを利用して、あかりから"逃げ道"を塞いでたのは、あんたの方だろ?」
「……ッ」
ハッキリと、歯に衣を着せないその言葉に、大野が一瞬たじろいた。
「……そんな、ことは」
「いや、だからしてるんだって。別に、俺のことを敵視したいならすればいいし、あかりのことが好きなら、好きなままでもいいよ。でも、本当にあかりのことを思うなら、あかりの気持ちも、少し考えてあげて」
「………」
「気をひきたいのはわかるけど、強引に家に誘って断る隙も与えないとか、そんな困らせたり、怖がらせるようなことしないでやって……男の家に一人で呼ばれるとか、女の子にとっては恐怖でしかないし、はっきりいって、今のお兄さんの"愛情"は、あかりにとっては、ただの"暴力"でしかないよ。好きなら……何してもいいってわけじゃない」
「……っ」
それは、どこか諭すような、そんな柔らかな語りかけだった。
大野は、その言葉になにか思うところがあったのか、飛鳥をみつめ、じっと黙り込む。
夕日が落ちる寸前、暗くなるにつれ、道路脇の街灯がチラホラと灯りをともし始めた。
すると、二人の間に暫く沈黙が続いた後、大野がギュッと奥歯を噛み締め、その後小さく声を発した。
「っ……確かに、あかりちゃんの気持ちは、あまり考えたことなかったかも……しれない……っ」
視線を落とし、反省の色を見せ始めた大野をみて、飛鳥はホッと息をつく。
どうやら、聞く耳は持っているらしい。
「分かってくれた? てか、好きな女の気持ちも考えられない奴が、よく『幸せにできる』とか『包容力ある』とか言えたよね?」
「……うっ」
「それに、そんな強引に攻めても、逆効果だと思うよ?」
「え!? そうなの!?」
「うん。女の子の言う、強引に口説かれたいなんて、あんなの好きな男限定の話だよ。実際にそんなことしたら、キモがられておしまいだと思う。あと、俺金髪だけど、この髪、地毛だから、見た目で判断しないでね」
「え!? そうなの!? 俺は、てっきりホストかなにかの毒牙にでもかかったのかと」
(……ホスト)
あー、だから、あそこまで言われたのか。
まぁ、気持ちはわからなくはないけど……
「あの、あかりちゃん、本当に俺の事なんとも思ってないのか?」
「思ってないよ。だから、お兄さんには、なびかないって言ったの」
「そうか……いや、でも、そうだよな。俺に気があるなら彼氏なんて作らないし。いつも断られてたし、近づくと逃げるし、改めて考えたら、さけられてたのかなー?」
(そこまでされてて、気づかないって……)
大野が訪ねてきた時、あかりがひどく不安そうな顔をしていたのを思い出した。
まぁ、現実を見せつけたにも拘わらず、その彼氏(偽)に、直接別れろ!なんて言ってくる奴だ。
あかりも、さぞかし困っていたことだろう。
「まぁ、俺と付き合ってる間は、あかりにちょっかい出さないでね」
「っ……分かったよ。でも、まさか君がそこまで、あかりちゃんのこと思ってるなんて思わなかった。悔しいけど、あかりちゃんが君を選んだのが、少しだけ分かった気がするよ」
(いや、一切選ばれてないけど……)
嘘をついていることに、若干の罪悪感を抱きつつも、飛鳥は、やっと大野から牙が折れたのだと確信すると、あかりの顔を思い浮かべ、ほっと胸を撫で下ろした。
こうして暫く、自分が彼氏のフリをしていれば、いずれ大野も気持ちも、薄れていくかもしれない。
「あ、でも、破局しそうになったら教えてね!」
だが、その後の大野の返答に飛鳥は……
「……あのさ、俺の話聞いてた? 俺達、一生別れるつもりないから、早いとこ諦めて、別の運命の相手、探しに行けば!?」
「いや、俺は自分の直感を信じる!!」
なかなか、しぶとそうな大野。
これは、何がなんでも彼氏のふりを貫き通さねば!と、飛鳥は一人そう思うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる