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第10章 涙の向こう側
第159話 強い人と弱い人
しおりを挟む「その大切な人を助けるために、もう一人のどーでもいい奴の手を、離すのか?」
「っ……そ、れは」
その状況を想像する。
「大切な人」と「そうでない人」どちらを選ぶかなんて、分かりきってる。
「大切な人」を失いたくない。
だからこそ
迷わず「大切なもの」を選べるように
自分の手から
取りこぼすことのないように
これ以上「大切な人」を増やさないように、生きてきた。
だから……
「は……離すよ。それで……っ」
"大切な人"を守れるなら───
「できねーよ」
「ッ……!」
だが、飛鳥の意志に反して、隆臣はそれを真っ向から否定した。
「は?……なんなの?」
「お前、自分のことなのに、なにもわかってねーな。お前は、そんなこと出来るやつじゃねーんだよ。大切だろうが、そうでなかろうが、目の前で危険に晒されてる奴がいたら、無意識に手を差し出して、助けようとする。そんなお前が、大切な人と、そうでない奴、天秤にかけて、そうでない奴、を切り捨てるなんて、出来るわけねーだろ。だから、お前なら、きっと、二人同時に助ける方法を一人で探すんだろうな」
飛鳥は、そういう人間だ。
「大切なもの」だけを守りたいなら、他の人なんて、見て見ぬフリすればいいのに、結局、他人のことも気にかけて、見捨てようとはしないんだ。
あの時も、そうだった。
あの日、誘拐犯に見つかる前、俺と道路でぶつかった時も
『ちょっと待って、お前こっち行くの?』
『は? だからなに?』
『あの、あっちの道、行けば?』
『なんで!? そっち遠回りなんだけど!?』
あの時飛鳥は、背後を気にしながら走っていて、俺とぶつかった。
だから、本当は一刻も早く、あの場から立ち去りたかったはずなのに、俺を心配して、わざわざ回り道まで進めてきた。
俺のことなんて気にせず、あのまま無視して立ちされば、あの誘拐犯につかまることも、なかったかも知れないのに
「結局お前は、"大切な人"だけじゃなく、"赤の他人"だって守ろうとするんだよ。誘拐犯に捕まった自分より、仲の悪いクラスメイトを優先するような奴なんだからな」
「……」
「それに、どうせお前のことだ。大切な人じゃなかったとしても、守れなかったら自分を責めるんだろ? そんなに、なんでもかんでも守ろうとして、お前は何になりたいんだ?」
「え?」
「小説やドラマの主人公か? それとも、世界を救うヒーローか? 魔法使いか? 理想を持つのはいいことだ。でも、俺達は、なんの力もないダダの人間で、ヒーローにも主人公にもなれない」
「……」
「だから、何の力もないお前が、どうでもいい奴すら切り捨てることも出来ないお前が、一人で全部、守ろうなんて無理なんだよ!」
「……ッ」
「それどころか、下手したら、お前も一緒に崖の下に真っ逆さまだぞ?」
「な……ちょっと待って……何、言って……っ」
隆臣の言葉に、飛鳥は困惑する。
どうにもならない?
なんの力もない?
俺には守れない?
そんな……身も蓋もない話。
「じゃぁ、なに……諦めろっていいたいの?」
守る方法なんて、ないって
どうすることも、出来ないって
どんなに助けたくても
どんなに守りたくても
"力のない俺"が
失うのは
「仕方のないこと」だって───っ
「呼べよ」
「え……?」
だが、耳を覆いたくなるような言葉の羅列に、飛鳥が耐えきれず目を閉じようとした瞬間、また声が届いた。
俯き、ただ一点を見つめていた飛鳥が、ゆっくりとその視線を上げると、隆臣が真剣なまなざしで、こちらを見つめていた。
「助けを呼べ、飛鳥。全部一人で、抱え込もうとするな」
「…………」
先程とは一転して、柔らかな声で放つ隆臣の言葉に、心の奥がかすかに波立った。
「でも……っ」
「でもじゃねーよ。崖から落ちそうなやつ二人、両手に抱えてたら、一人で引き上げるなんてできねーよ。でも、助けを求めて、みんなで引き上げれば、二人とも助けられる。一人じゃどうにもならなくても、助けを求めさえすれば、手を差し伸べてくれる人は、きっといる。俺も、そうだったんだ」
「……え?」
「あの日、お前を置いて逃げたあと、一人で何とかしようと考えた。だけど、弱い俺には無理だと思ったんだ。俺が一人で戻っても、お前は助けられないと思った。だから俺は、あの日……自分以外の"誰か"に、助けを求めた」
泣きながら、走り回った。
声が枯れるまで、叫んだ。
ただ、飛鳥を助けたい、その一心で──
「あの時、もし俺が一人でお前のところに戻っていたら、きっと俺たちは二人とも助からなかった。親父や、ほかの警察官や、侑斗さんに、おふくろに、みんなが俺たちのこと助けてくれた。だから、あの日……俺は、お前を失わずにすんだ」
「──え?」
じゃぁ、さっき『失いかけたことならあるぞ』って言った、あれは……
「飛鳥、お前は、あの頃から何も変わんねーよ。他人のことばかり気にかけて、巻き込みたくないからって、全部一人で解決しようとする。でもな、お前がどんなに強くても"一人"では限界があるんだよ。どんなに守りたくても、どんなに助けたくても、どんなに失いたくなくても、一人じゃどうにもならないことってのは、きっと、この先も沢山でてくる」
「……」
「だから、お前も、自分が弱いって認めて早く楽になれ。一人で抱え込まず、誰かに頼ることを覚えろ。素直に助けを呼べ。どうしようもないなら、俺に頼れ。お前が『助けて』って叫べば、お前が守りたいものも、失いたくないものも、俺が一緒になって、守ってやるから」
「……っ」
そう言って、穏やかに笑った隆臣の姿をみて、飛鳥は、涙が出そうになるのを必死にこらえた。
それはまるで、全ての「答え」だとでも言うかのようで
どこか釈然としない、心の中にあったモヤの様なものが
ゆっくりと晴れて
洗い流されていくような気がした。
そして、なにより
《俺が一緒になって、守ってやるから》
そう言ってくれた、隆臣の言葉が
なによりも
なによりも
嬉しくて───
「っ……なに、それ……っ、あんだけ落としといて、最後にそれって」
「お? 泣くのか?」
「ッ泣くかよ! てか、俺熱あるんだけど! 病人なんだから、もっと労れよな、バカ!」
「熱でもなきゃ、聞き耳もたねーだろ? まぁ、そんだけ憎まれ口たたけるなら、大丈夫そうだな。大体、お前こそ、日頃わがままばっか言う癖に、なんで、こんな時に限って遠慮するんだよ。こういう時こそ甘えて、日頃、自制しろ!」
「……っ」
「だから、ほら、飯もちゃんと食え。うどんか? お粥か? それとも他にくいたいもんある?」
「ぇ……と……じゃあ……うどん」
「よし、じゃキッチン借りるからな。お前はそこで、大人しくプリンでも食ってろ」
そう言うと、隆臣は立ち上がり、部屋のドアの方へと歩き出した。
飛鳥は、そんな隆臣の後ろ姿を見つめると
「……隆ちゃん」
「ん?」
「俺……隆ちゃんと……友達になれて、よかった」
小さく小さく呟いた、飛鳥の声。
その、あまりにも珍しい言葉は、どことなく、くすぐったくて……
「はは、気持ちわりーよ。お前がデレるのは、酔った時だけで十分だ」
「は? 俺がいつ、酔ってデレたんだよ」
「お前、早くそれなんとかした方がいいぞ。就職してから大変だぞ」
「はぁ?」
笑いを堪えながら、隆臣が、からかい混じりに言葉を返すと、いつも通りの雰囲気に戻った飛鳥に、隆臣は、再び口元をほころばせた。
「まぁ、友達になれてよかったって思っているのは、お前だけじゃねーよ……それと、これからは、お前の"大切なもの"の中に"自分自身"もちゃんと加えとけよ」
「え?」
「お前に何かあったら、悲しむ奴が、たくさんいるんだよ。だから、悩みがあるなら、いつでも聞いてやるから、あんまり無理するなよ」
パタン──と、言い終わると同時に、部屋の扉が閉まる。
部屋に一人残された飛鳥は、ベッドに座り込んだまま、隆臣が出ていった部屋の扉を見つめていた。
「無理するな……か」
瞬間、昨日のあかりの言葉を思い出した。
『少し、無理をしていませんか?』
俺は、そんなに
無理をしていたのだろうか?
傍から見ても分かるほど
余裕なく見えてていたのだろうか?
自分では分からなかった。
でも、あの時
あかりの服を掴んで、無意識にでた
『ッ、側……に……ぃ…て……っ』
あの言葉は
紛れもない、俺の本心で───
本当はずっと
誰かに頼りたかったのかもしれない。
誰かに
助けを求めていたのかもしれない。
もし、あの時
『学校で、何かあった?』
母さんに、素直に助けを求めていたら
また、違った未来があったのだろうか?
男に後をつけられることなく
緒方くんと回り道することなく
母さんを救うことも
出来たのだろうか?
『もう、一人ではどうにもできないって、気づいてるんじゃないですか?』
本当は、気づいてた。
ずっと前から
母さんが亡くなった、あの時から
誘拐犯を前にして
何もできなかった、あの時から
俺一人じゃ
どうにもできないって……っ
だけど、それを認めたくなくて
それを、認めるのが怖くて
認めてしまうと
本当に何も、守れなくなるような気がして
気づかないふりをして
──蓋をした。
「いい加減……認めなきゃな」
俺は、弱い。
自分の「弱さ」を認めて
ちゃんと前に、進まなきゃ──
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