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【過去編】死と絶望の果て
第152話 死と絶望の果て⑩
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「神木さん、神木ゆりさん! 聞こえますか!?」
意識の遠くの方で声が聞こえた。
気がつけば見慣れない場所にて、体に微かに伝わってきた振動に、ここが車の──救急車の中だと分かった。
「っ、……はッ」
ぼんやりと天井を見つめながら、自分の現状を把握する。
呼吸が浅い。
息をすることすら、ままならない。
それと同時に、心臓を鷲掴みにされ、グリグリと捻り潰されるような鋭い痛みが、身体中を駆け巡る。
苦しい。痛い、痛い!
早く────楽になりたい。
「ままー」
だけど、生きることを手放そうとした、その瞬間、私を呼ぶ声がした。
痛みに耐えながら薄く目を開くと、涙を流しながら、私を見つめる飛鳥と華と蓮の姿が見えた。
視線をそらせば、横になる私を取り囲むように救命救急士の男性と女性が一人ずつと、時々お世話になる、お向かいのおばあさんが、子供たちにつきそってくれたのか、華と蓮の横に座っていた。
荒く息をする私の周りの空気は、やけに緊迫していた。今にも止まりそうな心臓。手や胸には、色々と医療機器をとりつけられていて、ピコンピコンと、脈拍を刻む機械の音は次第に早くなる。
(あ、私……倒れたんだ……っ)
自分にふりかかっているにも関わらず、思考はまるで自分のことではないようだった。
意識が身体の外に抜け出てしまったような。だけど、痛みは確かにあって、中途半端に体と意識とが繋がれているようだった。
「……っ、ままぁ」
すすり泣く子供たちの声が聞こえて、また視線を向ければ、子供たちは、酷く不安そうな顔をしてた。
飛鳥、華、蓮。どうしよう、泣いてる。
抱きしめたい。
頭を撫でてあげたい。
大丈夫だよって、笑いかけてあげたい。
だけど──体は全く動かない。
「ッは、……っ」
自分の身体が「もうダメだ」と悲鳴を上げてるのがわかった。
「もう、これ以上は無理だ」と、容赦なく、死期を訴えてくる。
「意識レベル低下してます!」
「AEDの準備して!」
頭上から響いた救命救急士の声を聞いて、もう先がないことを、更に実感した。
あぁ……私、もう────
「お母さんッ!!」
だけど、体からの訴えに、思考を手放しかけた瞬間、目に涙を浮かべながら、必死に叫ぶ飛鳥の姿が見えた。
(あ……すか……っ)
何度も何度も何度も、私が意識を失わないように、必死になって叫んでいた。
でも、その顔は、酷く脅えた顔をしていて、その今にも崩れ落ちそうな表情をみて、あの日の飛鳥が、視界に重なった。
《ゆりさん! お願い、死なないで……っ!》
あの日──初めて飛鳥と出会ったあの日。
刺されて倒れ込んだ私を見つめて、泣きながら、必死になって叫んでいた、飛鳥の姿が───
「ぁ、……っ」
ダメ。まだ、死ねない……!
《絶対守るよ! 華と蓮も、それにお母さんも!だから、これからもずっと一緒にいてね!》
思い出すのは、飛鳥が私に言った言葉。
私を守りたいと、家族を守りたいと願う、優しさに溢れた言葉。
(……っ、飛鳥───)
守るって、言ってた。
私を、華と蓮を、家族を……守りたいって言ってた
(っ……、だめ、まだ───)
また、死ねないッ
生きなきゃ……!
そばにいてあげなきゃ!
こんな所で
こんな形で
子供達残して、死んだりなんかできない。
お願い、約束したの……ッ
飛鳥と、侑斗さんと、華と蓮と
──家族と約束した。
ずっと一緒にいるって
ずっとそばにいるって
それに今、私が死んだりしたら
この子は
飛鳥は、───……っ
動かなくな指先を微かに震わせて、必死に子供たちに手を伸ばす。だけど、もう泣くわが子の頬に触れることすらできなくなってた。
触れたいのに、触れられない。
体は全く、言うことをきかなくて、でも、それでも必死に、生きようともがき続けた。
だけど、身体の内側から抉るような痛みは、容赦なく私を攻め立てて、次第に意識が薄れ始め、視界が霞み始める。
「っ……、は……ッ」
──もう限界だった。
生きたいと思うのに、現実は容赦なく「死」という絶望を叩きつけてくる。
(嘘でしょ、私……死んじゃうの?)
この子達残して、死ななきゃならないの?
お願い。まだ生きたい。
華と蓮、まだ小さくて、私が手を貸してあげなきゃ、一人じゃ何も出来ないの。
飛鳥は、しっかりしてるけど、凄く繊細で、誰かが気づいてあげなきゃ、いつも一人で無理しちゃう。
侑斗さんだって、いつも笑って平気そうにしてるけど、本当は凄く寂しがり屋で
私が、支えてあげなきゃ
私が、そばにいてあげなきゃ
私が───
家族のことを思うと、それとは別の痛みで、胸がひどく締め付けられた。
目尻には自然と涙が伝い、その瞬間、自分を母親の事を思い出す。
(お母さんも、こんな……気持ち……だったの?)
私を残して死んだ時、こんな気持ちだった?
ずっとずっと、残される方が辛いと思ってた。
一人残されるくらいなら、一緒に連れていってくれたら、よかったのにって
何度も思った。
だけど……
(ごめんね、お母さん……っ)
私、知らなかった。
残される方も辛いけど
残して逝く方も
こんな辛いなんて───……っ
「──……、!」
救命救急士の何を言ってるのかわからない声と同時に、ピピピピと激しき機械が鳴り響く。
「「ふえぇ……ままぁぁ」」
子供たちが、すすり泣く声が聞こえて、私は、自分を見下ろす子供たちに目を向けた。
救急車の中は、夕焼けのオレンジ色のひかりがわずかに差し込んでいた。うすい瞼の奥に、薄ら薄らみえた飛鳥の金色の髪が、その光に反射してやけに綺麗だった。
だらりと置かれた腕を、ひくひくと指先だけうごかすと、その手に不意に、温かな何かが触れた。
優しくて、温かい──子供たちの、手だとわかった。
三人分の小さな手を、霞む意識に半して、ギュッときつく握りしめた。
言いたいこと、伝えたいことは、たくさんあるのに、もう、声も出せなかった。
どんなに伝えたくても
もう「ありがとう」も
「ごめんね」も
何一つ、伝えられない。
(飛鳥、華、蓮……ごめんね……こんなに泣かせちゃった)
でも、もっと泣かせちゃうことになるのかな?
まだ小さいのに、こんな姿見せて、ゴメンね。
侑斗さん、もう一度、顔を見たかった。
お仕事頑張ってるのに、もう「行ってらっしゃい」も「おかえり」も言ってあげられないなんて
ごめん
ごめん
ごめん
ずっと一緒にいるって約束したのに
ずっとそばにいるって約束したのに
約束破って、ごめんなさい。
みんなの幸せを
こんな形で壊してしまって
ごめんなさい───
出来るなら
もっと一緒にいたかった。
ずっと側で、子供たちの成長を
見守りたかった。
もっともっと、抱きしめてあげたかった。
もっともっと
みんなのことを
──────愛して、あげたかった。
ピ──────
心電図の音が、救急車の中に鳴り響くと、救命救急士の二人が慌ただしく動き出し、辺りは騒然とする。
動かなくなった母をみて、状況を理解した飛鳥が、息を詰めた。
意味が分かっていない華と蓮は、目を見開いたまま、呆然とゆりを見つめていた。
蘇生させるため、子供たちはすぐさま引き剥がされ、AEDが取り付けられ、電流が流される。
だが、何度と繰り返すが、その後、心臓が動き出すことはなく
飛鳥が力を失くし、その場にとさっと座り込むと、それを見た華と蓮が、寄り沿うように、飛鳥の腕にしがみついた。
病院に向かう救急車のサイレンが、けたたましく鳴り響く中、子供たちの目にしていたものは
もう決して、目を覚ますことのない
────母の姿だった。
意識の遠くの方で声が聞こえた。
気がつけば見慣れない場所にて、体に微かに伝わってきた振動に、ここが車の──救急車の中だと分かった。
「っ、……はッ」
ぼんやりと天井を見つめながら、自分の現状を把握する。
呼吸が浅い。
息をすることすら、ままならない。
それと同時に、心臓を鷲掴みにされ、グリグリと捻り潰されるような鋭い痛みが、身体中を駆け巡る。
苦しい。痛い、痛い!
早く────楽になりたい。
「ままー」
だけど、生きることを手放そうとした、その瞬間、私を呼ぶ声がした。
痛みに耐えながら薄く目を開くと、涙を流しながら、私を見つめる飛鳥と華と蓮の姿が見えた。
視線をそらせば、横になる私を取り囲むように救命救急士の男性と女性が一人ずつと、時々お世話になる、お向かいのおばあさんが、子供たちにつきそってくれたのか、華と蓮の横に座っていた。
荒く息をする私の周りの空気は、やけに緊迫していた。今にも止まりそうな心臓。手や胸には、色々と医療機器をとりつけられていて、ピコンピコンと、脈拍を刻む機械の音は次第に早くなる。
(あ、私……倒れたんだ……っ)
自分にふりかかっているにも関わらず、思考はまるで自分のことではないようだった。
意識が身体の外に抜け出てしまったような。だけど、痛みは確かにあって、中途半端に体と意識とが繋がれているようだった。
「……っ、ままぁ」
すすり泣く子供たちの声が聞こえて、また視線を向ければ、子供たちは、酷く不安そうな顔をしてた。
飛鳥、華、蓮。どうしよう、泣いてる。
抱きしめたい。
頭を撫でてあげたい。
大丈夫だよって、笑いかけてあげたい。
だけど──体は全く動かない。
「ッは、……っ」
自分の身体が「もうダメだ」と悲鳴を上げてるのがわかった。
「もう、これ以上は無理だ」と、容赦なく、死期を訴えてくる。
「意識レベル低下してます!」
「AEDの準備して!」
頭上から響いた救命救急士の声を聞いて、もう先がないことを、更に実感した。
あぁ……私、もう────
「お母さんッ!!」
だけど、体からの訴えに、思考を手放しかけた瞬間、目に涙を浮かべながら、必死に叫ぶ飛鳥の姿が見えた。
(あ……すか……っ)
何度も何度も何度も、私が意識を失わないように、必死になって叫んでいた。
でも、その顔は、酷く脅えた顔をしていて、その今にも崩れ落ちそうな表情をみて、あの日の飛鳥が、視界に重なった。
《ゆりさん! お願い、死なないで……っ!》
あの日──初めて飛鳥と出会ったあの日。
刺されて倒れ込んだ私を見つめて、泣きながら、必死になって叫んでいた、飛鳥の姿が───
「ぁ、……っ」
ダメ。まだ、死ねない……!
《絶対守るよ! 華と蓮も、それにお母さんも!だから、これからもずっと一緒にいてね!》
思い出すのは、飛鳥が私に言った言葉。
私を守りたいと、家族を守りたいと願う、優しさに溢れた言葉。
(……っ、飛鳥───)
守るって、言ってた。
私を、華と蓮を、家族を……守りたいって言ってた
(っ……、だめ、まだ───)
また、死ねないッ
生きなきゃ……!
そばにいてあげなきゃ!
こんな所で
こんな形で
子供達残して、死んだりなんかできない。
お願い、約束したの……ッ
飛鳥と、侑斗さんと、華と蓮と
──家族と約束した。
ずっと一緒にいるって
ずっとそばにいるって
それに今、私が死んだりしたら
この子は
飛鳥は、───……っ
動かなくな指先を微かに震わせて、必死に子供たちに手を伸ばす。だけど、もう泣くわが子の頬に触れることすらできなくなってた。
触れたいのに、触れられない。
体は全く、言うことをきかなくて、でも、それでも必死に、生きようともがき続けた。
だけど、身体の内側から抉るような痛みは、容赦なく私を攻め立てて、次第に意識が薄れ始め、視界が霞み始める。
「っ……、は……ッ」
──もう限界だった。
生きたいと思うのに、現実は容赦なく「死」という絶望を叩きつけてくる。
(嘘でしょ、私……死んじゃうの?)
この子達残して、死ななきゃならないの?
お願い。まだ生きたい。
華と蓮、まだ小さくて、私が手を貸してあげなきゃ、一人じゃ何も出来ないの。
飛鳥は、しっかりしてるけど、凄く繊細で、誰かが気づいてあげなきゃ、いつも一人で無理しちゃう。
侑斗さんだって、いつも笑って平気そうにしてるけど、本当は凄く寂しがり屋で
私が、支えてあげなきゃ
私が、そばにいてあげなきゃ
私が───
家族のことを思うと、それとは別の痛みで、胸がひどく締め付けられた。
目尻には自然と涙が伝い、その瞬間、自分を母親の事を思い出す。
(お母さんも、こんな……気持ち……だったの?)
私を残して死んだ時、こんな気持ちだった?
ずっとずっと、残される方が辛いと思ってた。
一人残されるくらいなら、一緒に連れていってくれたら、よかったのにって
何度も思った。
だけど……
(ごめんね、お母さん……っ)
私、知らなかった。
残される方も辛いけど
残して逝く方も
こんな辛いなんて───……っ
「──……、!」
救命救急士の何を言ってるのかわからない声と同時に、ピピピピと激しき機械が鳴り響く。
「「ふえぇ……ままぁぁ」」
子供たちが、すすり泣く声が聞こえて、私は、自分を見下ろす子供たちに目を向けた。
救急車の中は、夕焼けのオレンジ色のひかりがわずかに差し込んでいた。うすい瞼の奥に、薄ら薄らみえた飛鳥の金色の髪が、その光に反射してやけに綺麗だった。
だらりと置かれた腕を、ひくひくと指先だけうごかすと、その手に不意に、温かな何かが触れた。
優しくて、温かい──子供たちの、手だとわかった。
三人分の小さな手を、霞む意識に半して、ギュッときつく握りしめた。
言いたいこと、伝えたいことは、たくさんあるのに、もう、声も出せなかった。
どんなに伝えたくても
もう「ありがとう」も
「ごめんね」も
何一つ、伝えられない。
(飛鳥、華、蓮……ごめんね……こんなに泣かせちゃった)
でも、もっと泣かせちゃうことになるのかな?
まだ小さいのに、こんな姿見せて、ゴメンね。
侑斗さん、もう一度、顔を見たかった。
お仕事頑張ってるのに、もう「行ってらっしゃい」も「おかえり」も言ってあげられないなんて
ごめん
ごめん
ごめん
ずっと一緒にいるって約束したのに
ずっとそばにいるって約束したのに
約束破って、ごめんなさい。
みんなの幸せを
こんな形で壊してしまって
ごめんなさい───
出来るなら
もっと一緒にいたかった。
ずっと側で、子供たちの成長を
見守りたかった。
もっともっと、抱きしめてあげたかった。
もっともっと
みんなのことを
──────愛して、あげたかった。
ピ──────
心電図の音が、救急車の中に鳴り響くと、救命救急士の二人が慌ただしく動き出し、辺りは騒然とする。
動かなくなった母をみて、状況を理解した飛鳥が、息を詰めた。
意味が分かっていない華と蓮は、目を見開いたまま、呆然とゆりを見つめていた。
蘇生させるため、子供たちはすぐさま引き剥がされ、AEDが取り付けられ、電流が流される。
だが、何度と繰り返すが、その後、心臓が動き出すことはなく
飛鳥が力を失くし、その場にとさっと座り込むと、それを見た華と蓮が、寄り沿うように、飛鳥の腕にしがみついた。
病院に向かう救急車のサイレンが、けたたましく鳴り響く中、子供たちの目にしていたものは
もう決して、目を覚ますことのない
────母の姿だった。
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