神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

文字の大きさ
上 下
163 / 507
【過去編】死と絶望の果て

第151話 死と絶望の果て⑨

しおりを挟む
 男の人に付けられて、緒方くんと回り道にした後、交番のお巡りさんと少しだけ話をして、帰ってきた。

 俺は、緒方くんと別れると、住宅街を通り抜け、公園を横切りると、小走りで家まで急ぐ。

 少し遅くなった。

 いつもは寄り道なんてしないし、心配してるかもしれない。

 ◇

 その後、やっとの思いで家の辿り着くと、俺は門を開けて、玄関の前に立つ。

(……あれ?)

 だけど、いつもと違う違和感に気づいて、俺は玄関のドアにかけた手をピタリと止めた。

 華と蓮が、泣いてる。

 それも、すこし異常なくらい泣き叫んでる気がした。

 なんで?
 なにか、怒られることでもしたんだろうか?

 玄関の扉を開けて、家の中にはいると、その泣き声は、更に音量を増した。

「ただいまー」

 少しだけ声を大きくして、帰宅の挨拶をし、靴を脱ぐと、俺は華と蓮の元に向かった。

 いつもなら、すぐ駆け出してくるのに、今日は出てこない。

 廊下を進み、いつもみんなが集まる居間には、いなかった。俺は、ランドセルをほおり投げて、子ども部屋に急ぐ。

 ──おかしい。

 華と蓮、こんなに泣いてるに、お母さんは、何をしてるの?

「華、蓮? どうし──!?」

 子ども部屋について、部屋の中を覗き込んだ瞬間、目の前の光景にゾッとした。

 6畳の和室。その部屋の中心で、畳み掛けの洗濯物にまみれて見えたのは、酷く青ざめた顔をして、胸を掻き毟るように押さえて、息を弾ませ苦しむ──母の姿。

「ッ……お母さん!?」

 俺は目を見開くと、血相をかえて部屋の中に駆け込み、お母さんの側で大きく泣き叫んでる華と蓮の間に割りいった。

 なんで? どうして!?
 どうして、こんなに苦しそうなの!?

「お母さん! どうしたの!? ねぇ!お母さ……っ」

 必死に声をかける。

 だけど、お母さんは何か言いたそうに、口をかすかに動かすだけで、声にならない。

「え? なに? ねぇ……っ」

 どうしよう。
 どうしよう……っ

 俺、どうすればいいの?

 気が動転して、何をすればいいかわからなかった。それと同時に、華と蓮の泣き声が部屋中に響いて、二人の泣き声に釣られて、目にはじわりと涙が浮かびはじめた。

「……ふぇ、ぉかぁ……さ……っ」

 だけど、耐えきれず声を上げそうになった瞬間、そばに落ちていた携帯が、俺の手が触れた。

 ハッと我にかえると、俺は慌ててそれを手に取る。

 そうだ、救急車!
 救急車呼ばなきゃ!

 今にも溢れだしそうな涙を必死に堪えて、俺は震える手で、1のボタンを押した。

「うぁぁぁん! にーにぃ!!」

「えっと……」

 だけど、いつもなら覚えてるのに、肝心の時にその番号が出てこなかった。

「うわぁぁぁん…」

 華と蓮が、泣きながら俺にすがり付いてきて、俺はその間も、必至に思い出そうと思考をグルグルと巡らせる。

「11……なんだっけ……っ」

 早く……早く思い出さなきゃ!

「にーにぃぃぃ!」

 だけど、思い出そうとすればするほど、華と蓮の泣き声が酷く耳に響いた。

 耳障りな声──

 まとわりつかれると、タダでさえ震える手が更におぼつかなくなる。

 うるさい。
 うるさい。
 うるさい。

「ッ──うるさい!! 黙ってろッ!!」

 俺はぐっと奥歯を噛み締めて、すがり付く華と蓮をキッと睨みつけると、力まかせに怒鳴りつけた。

「ふぇ……っ」

 すると、その俺の声に、一瞬泣き止んだ華と蓮が、大きな目を更に丸くして、ひくひくと顔を歪めた姿が目に入った。

「「ひっ……うわぁぁぁぁ」」

「ぁ……ごめっ」

 気が動転しているとはいえ、怒鳴りつけてしまったことに酷く心が傷んだ。気がつけば、目に溜まった涙が、頬を伝い、ボロボロと溢れだしてきて……

「うっ……っ、ふ……」

 どうしていいか、分からなくなった。

 涙は止まらなくて、目の前で苦しみ続けるお母さんを見るのが、怖くて怖くて仕方なくて

 握りしめた携帯の液晶に、大粒の涙がポタポタと落ちれば、その青白く反射する画面を波立たせた。

「にーにぃ……?」

 すると、泣き出した俺を見て、華と蓮が心配そうに見つめてきた。

 華と蓮も不安なのに、俺がこんなことじゃ……ダメだなのに…っ

(俺が……しっかり……しなきゃ……っ)

 自分で決めたんだ。

 ゆりさんのこと、守るって───


 俺は涙を袖で拭うと、ぐっと唇を噛み締めて、また携帯に向かい文字を打ち始めた。

 それからすぐに電話が繋がって、電話先の指示通り、話をした。

 俺が電話する間も、お母さんは悶え苦しんでいて、見るたび恐怖で押しつぶされそうになる。

「はぁ……っ、は…」

 苦しそうな声。
 きつく目を閉じて痛みに耐える姿。

 それを見て、あの日の"ゆりさん"が、視界に重なった。

 俺の腕の中で、血を流しながら、目を閉じた、ゆりさん。

 嫌だ、嫌だ。

 お母さん、死んじゃったりしないよね?

 大丈夫だよね?


 すぐ、救急車くるから


 だから、お願い。


 俺たちを、置いていかないで




 ずっと、ずっと


 一緒にいるって









 『約束』したよね……?






しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...