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【過去編】死と絶望の果て
第150話 死と絶望の果て⑧
しおりを挟むそれは、その日の夕方、突然訪れた。
「こらー華、蓮! せっかく、たたんだのにー」
「きゃ~」
日が落ちかけた4時すぎ、私は華と蓮と一緒に洗濯物をたたんでいた。
最近は、不器用ながらにも華と蓮がお手伝いをしてくれるようになって、だけど、やんちゃ盛りの2人は、どちらかというと、まだイタズラの方に興味津々で、私が洗濯物をたたんでいると、時折、洗濯物をばら撒きながら、構って欲しいとじゃれてくる。
「にーい、まだー?」
「そういえば、遅いね」
蓮が、外を見つめながら、飛鳥が遅いと呟いて、私も一緒に窓の外を見つめた。いつもは4時までには帰ってくるのに、その日は、もう4時を過ぎていた。
帰ってきたら、飛鳥とまた話をしてみよう。
もし、不安があるなら、ちゃんと話を聞いてあげたい。あの子が、弱音を素直に吐けるのは
今は、私しかいないから──
ドクン───!
「っ……?」
だけど、その瞬間、心臓が激しく脈打った。
強い痛みが胸の奥を襲って、痛いくらい血液が動き回る異様な感覚に、額からは嫌な汗が流れ始めた。
「い……っ、何?」
──痛い、痛い。
これは、なんの痛み?
体の中心を抉るような、突き破るような、そんな痛みが一気に押し寄せて、私は胸元をギュッときつく握りしめ、そのまま前のめりにうずくまった。
「まま?」
「どうちたの?」
うずくまる私を見て、華と蓮が私の顔を覗き込んできた。だけど、痛みは益々酷くなって、私は悶え苦しみながら、畳の上に倒れ込んだ。
息が出来ない。視界が霞む。
朦朧とし始めた意識の中で、突然倒れ込んだ私を見て、目を丸くする華と蓮の姿が見えた。
驚いたような表情。
不安そうな表情。
あぁ、まずい。
これは、きっと──良くない……ッ
「はぁ……、く……っ」
私は、必死の思いで畳の上を這うと、テーブルの上に置いた携帯を探り落とした。
少し遠くに落ちた携帯に、必死に手を伸ばす。だけど、その手が届く前に、また激しい痛みに襲われて
「ぅぐ……はぁ、は……ッ」
早く、救急車をよばないと──そう思うのに、痛みは、どんどん激しくなった。
僅かに涙が浮かんだその視界に、華と蓮の、今にも泣き出しそうな顔が見えた。
「……っ、はな……れ、ん…っ」
どうしよう。泣いちゃう──ッ
私を覗き込む2人に手を伸ばす。その瞬間、自分の母親の最期を思い出した。
苦しみ出して、心臓発作で亡くなった。
(あ……うそ……)
もしかして、私も────?
◇◇◇
「神木くんは、兄弟いるの?」
その日俺は、いつもの通学路を、友達と二人で帰っていた。
この頃は、まだ学校でも普通に接していた時期で、友達を作らないようにと、あえて無愛想にふるまうこともなく、登下校も何人かで連なって帰ったりもしていた。
「いるよ、二人。双子の妹と弟」
「兄弟いると、やっぱりたのしい?」
「うん、楽しいよ! 少し騒がしいけどね?」
数人の友人と別れて、最後に残った緒方くんと二人並んで帰る。
だけど、道路沿いの歩道を通り過ぎ、その先にある住宅街にさしかかると、俺はその場にピタリと足を止めた。
「……」
「どうかした?」
緒方くんが、急に立ち止まった俺を見て、不思議そうに首をかしげる。
「うんん……何でもない」
俺は、肩越しに一度だけ背後を確認すると、また前を向き、歩き始めた。
(あの人……なんで?)
さっきからずっと、後ろを付いてきている人がいる。30代くらいの若い男の人。
この先の民家に住む人で、俺は最近、あの人によく声をかけられる。
始めは家の中から
「お嬢ちゃん、可愛いねー」
と、女の子と間違われ、声をかけられた。
だけど、男だと伝えたあとも、特に様子は変わることはなく、ただの子供好きのおじさんなのかと思ってたけど、ここ数日は、家の外や道路にまで出て、声をかけられるようになってきた。
段々、距離が近づくのが怖い。
あの話し方も、あの目付きも、なんか不快だ。
(やっぱり、お母さんに、話したほうが良かったかな?)
でも、知らない人に声をかけられてるなんて聞いたら絶対心配するし、あの人が本当に怖い人とも限らないし、俺の勘違いかもしれない。
(でも、なんで、今日は後ろから付けてくるんだろう……)
大人の歩幅なら、難なく追い越せるはずなのに、それもない。
それに、さっき俺が立ち止まった時、あっちも一緒に立ち止まった。
ずっと後ろから見張られているような、嫌な感覚。
狙いは──何?
(話しかけられるの、いつも俺だし……多分、狙われてるの、俺だよね? 後ろから近づいて、家に連れ込むつもりとか?)
もし、あの人の家に引っ張り込まれたら、きっともう、家族のもとには帰れなくなる。
嫌だ、嫌だ、怖い。
絶対につかまりたくない。
でも、俺一人なら何とか逃げられるかもしれないけど、今は緒方くんもいるし……。
でも普通なら、子供が二人一緒にいるところは狙わないよね?
じゃぁ、なんで?
どうして、ついてくるの?
なんで、追い越さないの?
なにをしようとしてるの?
わからない。
わからないから、余計に怖い。
もしかして、二人一緒に連れ込むつもりとか?
もしそうだったら、どうしよう。
子供が二人。その気になれば、不可能じゃないかもしれない。
もし、俺のせいで
緒方くんが危ない目にあったら──
(……少し遠回りになるけど、交番の前を通って帰った方がいいかも?)
「神木くん、大丈夫?」
すると、上の空の俺を見て、緒方君が肩を掴み声をかけてきた。俺はその言葉に
「あ……ゴメン。あのさ緒方くん、今日はあっちの道、通って帰らない?」
「え、あっち? 別にいいよ~」
その日俺は、友達を巻き込みたくない一心で、緒方くんに「少し回り道をして帰ろう」と進めて、いつもとは違う道を帰った。
あの時の選択が、正しかったのか?
間違いだったのか?
それは、未だに分からない。
だけど──
この日、ほんの10分たらずの寄り道をしたせいで、俺は「大切な人」を失うことになってしまった。
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