神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【過去編】死と絶望の果て

第148話 死と絶望の果て⑥

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 それから4年後──
 それは、まだ寒い、2月下旬のことだった。

 その頃の神木家は、双子が生まれる少し前のタイミングで、マンションから一軒家へと引っ越していた。

 閑静な住宅街の中にある、少し古びた3LDKの平屋。和室と洋室が混在する少し和風のその家は、築年数はそこそこ経っているため外観は古いが、内装はそうでも無く、小さな子供がいるその頃の神木家にとって、そこそこ過ごしやすい家でもあった。

「「にーい!あちょぼー遊ぼう」」

 だが、そんな過ごしやすい我が家で、一際騒がしいのが、当時2歳の華と蓮だった。

 華と蓮は、居間にある長テーブルで、プリントを広げ宿題をしていた飛鳥(8歳、小学2年生)に、後ろからのしかかりながら、大きく声を上げていた。

「痛いよ、髪引っ張るな。俺、今宿題してるっていっただろ!」

 そして、そんな双子に、勉強の邪魔をされた飛鳥が、二人を押し退けながら声を荒らげる。だが……

「ああぁーやだぁぁ!! にーにぃのばか~~~ッ」
「うわぁぁぁぁぁん!」
「……っ」

 兄から邪険に扱われ、華と蓮が再びけたたましい声を発する。そして、それを見て、飛鳥は深くため息を着いた。
 学校から帰ってから、ずっとこの繰り返しなのだ。さすがの飛鳥も、そのイライラがピークに達したらしあ。

「あーもう、泣くなって!? 近所迷惑になるだろ!」

「「えーーん!!」」

「もう! ねぇーお母さーん、華と蓮が邪魔するー!」

 すると、台所で夕飯を作っていたゆりに飛鳥が泣きつくと、その声を聞きつけ、ゆりが居間に顔を出した。

(相変わらず、うちは騒がしいなー)

 見ればそこには、華が飛鳥の腕に抱きつき、蓮は飛鳥の筆箱で机をバンバン叩きながら、飛鳥を困らせていた。

 子供が3人もいると、なかなか静かになる暇もない。

「ほーら、華、蓮! 飛鳥の邪魔しちゃだめよー」

 飛鳥にまとわりつく華と蓮に、ゆりが近寄り声をかけると、2人は「ままー」と叫びながら、ゆりにを抱きついつきた。

「にーにが、あじゅんべぶべなぃ!遊んでくれない

「あはは、お兄ちゃんは、お勉強してるんだよ? 華と蓮はお絵かきおわったの?」

「もーちないのー」

「そっか~……(もう、飽きたのか)」

 子供とは気まぐれなものである。先程までクレヨンで大人しくお絵かきをしていたかと思えば、飛鳥が帰るなり、このありさま。

「飛鳥は、宿題はあとどのくらいかかるの?」
「邪魔されなきゃ、すぐ終わるよ」

 ゆりが、飛鳥の側で、華と蓮をなだめながら問いかける。すると飛鳥は少し不機嫌そうに返事を返してきた。それを見て、ゆりは

「飛鳥~」

「!? ちょっ、いきなり何っ?」

「だって、飛鳥今日は少しイラついてるみたいだから」

「……」

 どうやら、息子の様子がいつもと少し違う事に気づいたのか、ゆりは後ろからギュッと飛鳥を抱きしめ声をかけた。

「学校で、何かあった?」

 その言葉に、飛鳥は少しだけバツが悪そうな顔をした。

 だが、母に抱きしめられると、凄く安心する。
 それは、出会ったあの時から

 ──ずっと変わらない。

「あのね、お母さん……」

「ん?」

「……」

 だが、一瞬喉まで出かかった言葉を、飛鳥は再び飲み込むと

「……うんん。やっぱり、何でも無い」

 そう、呟くと、明日香はまたプリントに視線を戻した。ゆりは、そんな飛鳥をみて、どこか不安げな表情を浮かべた。

 最近少し、様子がおかしい気がする。

「……飛鳥。私はね、飛鳥が楽しそうに笑ってる顔が大好きだから辛そうにしてると、やっぱり心配になるよ。だから、もし何かあるなら、ちゃんと話してね?」

 ──楽しそうに笑う顔が大好き。

 それは、飛鳥の顔が大好きよと言っといた産みの母の言葉とは対照的で、飛鳥は自分を抱きしめる母の手を掴み、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「……うん、ありがとう」

 母がいる。父がいる。妹も弟もいる。
 家族みんなで笑っていられる。

 それは、飛鳥にとって、何よりも幸せなことだった。

 でも、だからこそ──


(言ったら……きっと、心配する)


 飛鳥は、そう強く思う。

 笑っていられる今を壊したくない。

 だから、家族に心配をかけたくない。


「「にーにー、あちょぶー」」

 すると、華と蓮が再び飛鳥に抱きつき遊びの催促をしてきた。そんな二人に飛鳥は

「華、蓮、今は無理だよ。後で遊んであげるから、少しだけ待ってて」

 押し倒す勢いで抱きつく2人に優しく声をかけると、じゃれあう3人をみて、ゆりは顔をほころばせた。

(ふふ、やっぱり飛鳥は、華と蓮に甘いなー)

 何だかんだ言いながら、飛鳥はとても面倒見が良い。華と蓮がいたずらをして、ゆりが叱ると、いつも飛鳥が、かばいに来る。

 このままいけば、華と蓮はいつかブラコンになるのでは……と、ゆりは思う。

(まー、こんな優しいお兄ちゃんなら、仕方ないか)

 少し前まで、ただただ可愛いかった飛鳥も、最近めっきり男の子らしくなってきた。

 まだ、見た目は女の子みたいではあるが、やっぱり喋り方も考え方も男の子。

 成長とは嬉しくもあり、少し切なくもある。



「ただいまー」

 すると、そのタイミングで、侑斗が仕事から帰ってきた。

「「とーと!」」

「おかえり、侑斗さん」

「あはは、もしかして、この2人、また飛鳥の邪魔してるのか?」

 見れば、宿題をしている飛鳥にまとわりつく双子の姿。侑斗は苦笑いを浮かべながら居間に入ると、仕事用のビジネスバッグをおき、テーブルの前に座り飛鳥に声をかける。

「飛鳥、分からないところはないか?」

「ないよ」

「とーとぉ!、はなとれんもねー」

「かきかきちたよー」

 すると、華と蓮が侑斗に画用紙をもって押しかけてきた。見ればその画用紙には、〇やら△やらが、たくさん書いてあった。

「へー上手いな~♪(何を描いたんだ、これ?)」

 見た目でなにかは変わらないが、一生懸命描いたのは伝わってきた。すると、その瞬間、ゆりが、侑斗に向けて手を合わせた。

「ねぇ、侑斗さん。悪いけど、華と蓮みてて! 私、まだ料理の途中なのー」

「ああ、べつにいいよ」

「本当! ありがとう~、後でサービスして、肩揉んであげるね♪」

「あはは、それは嬉しいなー、でも、どうせならもっと大人なサービスのほうが」

「子供の前でなに言ってんの?」

 侑斗の言葉に、少し顔を赤らめながら、ゆりが迷惑そうに答えた。

 昔は、ゆりの方がそう言ったネタで、侑斗をからかっていたが、どうやら最近、立場が逆転しているようだった。

 だが、ゆりはその後、侑斗に「子供たちが寝たらね…」と、耳うちすると、パタパタと居間から出ていった。

 初めは12歳も離れた歳の差に、不安を感じた時もあったが、今も変わらず、二人は仲が良い。

「とーと!」
「!」

 すると、華がニッコリと笑いながら、侑斗に抱きついてきて、その無邪気な笑顔を見て、侑斗は目を細めた。

 一度、うしなったからなのか?

 こうした、なんでもない普通の幸せが


 やけに胸に染みる──



「お父さん、幸せだな~」

「ねえ、お父さん」

 すると、今度は宿題をしている飛鳥が、侑斗に声をかけてきた。

「ん? なんだ飛鳥?」

「蓮が、お父さんのバッグあけてる」

「!?」

 飛鳥の言葉に、侑斗が振り向くと、そこでは蓮が侑斗のバッグからノートパソコンを取り出し、なぜかバシバシと叩いていた。

「あああ?! 蓮やめろ!! パソコンは勘弁して!?」

「まね~」

「え!? それ俺のマネなの!? お父さん、パソコン破壊してるように見える!?」

「はなもー」

「いや、華ちゃん!? コラ! ちょ、待って!?」

(……うるさい)

 そして、父が増えたことにより、更に騒がしくなったと、飛鳥は黙々と宿題をしながらそう思ったのだった。
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