神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第146話 情愛と幸福のノスタルジア⑰

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「行くな、ゆり」

 突然抱きしめられ、ゆりは酷く困惑した。

 名前を呼び捨てられたことで、更に驚き硬直していると、背中に回った腕に力がこもって、よりきつく抱きすくめられた。

 自分より遥かに大きくて、引き締まった身体。

 服越しに伝わる熱のせいか、あの夜のことを思い出して、ゆりは、とっさに離れようと侑斗の胸に置いた手に力をこめる。

「行くなって、言っただろ」

「……っ」

 だが、離れようとするゆりを、更にきつく抱きしめて、侑斗がそれを拒んだ。それはまるで「逃がさない」とでも言うかのように。

「なん……で……っ」

 何で、こんなことをするの?
 
 ゆりには、侑斗の行動の意図が分からなかった。

 だが、それと同時に心の中に秘めた思いが一気に溢れだしそうになって、ゆりの目にはじわりと涙が滲む。

「なんでッ……なんで、こんなことするの?」

 せっかく、忘れようとしてるのに──

「いいのか? 本当に……」

「え?」

 だが、そんなゆりの元に、また侑斗の声が届いた。

 寂しそうな、だけど、とてもとても優しい声。

「ゆりは、俺と会えなくなって、このままサヨナラなんかして……本当に、いいのか?」

「ッ……」

 心臓が、波打つ。
 いいもなにも、そのつもりできたのだ。

 お別れをするために
 さよならを言うために

 ここにきた。

 それなのに──


「ッ──いい、わけないよ……ッ!」

 瞬間、閉じ込めていたはずの感情が、一気に溢れ出した。
 胸元に置いた手がキュッと侑斗の服を掴むと、ゆりは侑斗の肩に顔をうずめて、ポロポロと泣きじゃくりながら言葉を発した。

「私、一人で過ごすの慣れてたはずなの、やっと親から開放されて、もう怯えることも無いし、前よりもずっと、安心した生活出来てるはずなのに……朝起きて、おはようって誰にも言えないのが辛い! 一人でご飯食べても美味しくない! 誰もいない家に帰るのが、寂しくて寂しくて、仕方ないッ! 誕生日だって、祝われないのがあたりまえだったのに、戻れるうちに出ていこうとして仕事も家も早く……決めた……のに……もうッ……戻れなくなってた」

 当たり散らすように言葉を放った。

 涙が溢れ
 思いが溢れ

 肩を震わせ、こらえきれず溢れた涙は、侑斗の肩にとどまり、服にシミを作った。

「どうしよう、私……っ、どうすれば…また、独りが平気になれ……んッ」

 瞬間、まるで言葉を遮るように、また強く抱きすくめられた。

 圧迫感と同時に言葉がつまる。

「侑斗……さ」

「……俺も同じ」

「え?」

「俺も、ゆりと離れて、やっと気づいた。年が離れてるとか、離婚したばかりだとか、色々言い訳して忘れようとしたのに、全く忘れられなくて、いつもゆりの顔ばかり思い出してた。飛鳥に諦めろなんて言いながら、結局諦められなかったのは……俺の方だった」

「……っ」

 耳元で聞こえたその声に、涙がピタリと止まった。ゆりが目を見開くと、その後少しだけ離れた距離で、再び視線が合わさる。

「ゆり、俺は、お前が好きだ」

 それは、あまりに唐突で、ゆりは、ただ呆然と侑斗を見つめたあと、ぽつりぽつりと声を震わせ始めた。

「うそ……だって侑斗さん、私のこと、子供扱いばかりして……っ」

「うん、もうしない」

「っ……私、全然、魅力ないよ」

「そんなことないって、前にも言っただろ?」

「でも、年だって12歳も離れて」

「ゆり」

「……ッ」

「俺は、もう後悔したくない。今ここで、お前を手放したら、後で絶対後悔する。だから、このままサヨナラなんて……絶対にさせない」

 そう言って、目を細めた侑斗の声は、とてもとても優しかった。

 ゆりは、その言葉にじわりと涙を浮かべると

「本当に……ホント?」

「あぁ、本当。だから、ゆりの気持ちも、ちゃんと聞かせて欲しい」

 感情が高まり、胸が熱くなった瞬間、答えを求めるように問いかけられた。

「私……っ」

 言っていいの?
 素直な気持ちを伝えて、本当に……いいの?

「私も……侑斗さんのことが、好き」

 声を絞り出した瞬間、また頬に涙が伝った。

 侑斗は、そんなゆりをいとおしそう見つめると

「ゆり、お前が良ければ、また俺と、俺たちと、一緒に暮らしてくれないか?」

「……」

 頬に、触れた手が温かい。

 望んではいけないと思っていた。
 願っても叶わないと思っていた。

 ゆりは、頬に添えた侑斗の手にそっと自分の手をかさねると

「……ぅん、私も一緒に暮らしたい」

 ずっと、二人と一緒にいたい。

 小さく頷き返事をすれば、思いが重なり合い、また再び目が合わった。

 視線が絡まり、どちらともなく目を閉じると、そのまま腰を引かれ、そっと口付けられる。

 それは、涙のせいか、少ししょっぱくて

 だけど、どこか包み込むような


 優しい優しい、キスだった。


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