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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア
第144話 情愛と幸福のノスタルジア⑮
しおりを挟む──ピンポーン!
それは、ゆりが出ていって、もうすぐ二ヶ月になろうとする五月下旬のこと。
「お久しぶりでーす。侑斗さんと飛鳥くんはいますか~」
ある日突然、ゆりが尋ねてきた。
「え? なんで……っ」
「あー、給料が出たんで、感謝の気持ちをこめて、すき焼きでもしようと思って♪」
玄関を開けて呆然とする俺に向かって、ゆりはスーパーの袋をいくつか抱えて、前と変わらない笑顔でニコリと笑う。
そんな、ゆりを見て俺は……
「お前、どんだけ食う気?」
「なっ! ちがうよ! これは作りおきの分! お兄さん、料理下手だし、どーせろくなもん食べてないんでしょ?」
会えて嬉しいはずなのに、結局いつものようにしか振る舞えない。それでもゆりは、俺の言葉に少しだけむくれた顔をしたあと
「たくさん食材買ってきたから、作って冷凍させておくね」
そういって、またふわりと笑う。
「っ……」
わざわざ、俺たちのために料理を作りに来てくれた。それが妙に嬉しくて、胸の奥が熱くなる。
だけど、自分の思いに気づいたあと、改めてゆりを直視するのは、どうにも気恥ずかしく、俺は、おもむろにゆりから視線をそらすと
「そ、そう……ありがとう」
「……お兄さん?」
目を合わせようとしない俺を見て、ゆりが不思議そうに、俺の顔を覗き込んできた。
(っ……頼むから近づくないでくれ!)
てか、不意打ちとかやめ欲しい!
いきなり、来るとか、本当やめて欲しい!
内心は、全く穏やかじゃない。
「お前、来るなら連絡してからにしろ。いきなりはちょっと……っ」
「え? ダメだった?」
「ダメっていう、ほら……部屋、散らかってたりとか?」
「アハハ、なんだそんなこと~。私は別に構わないよー。洋服が散らかってようが、エロ本落ちてようが、全く気にしないよ~」
「飛鳥《こども》いるのに、エロ本落ちてるわけないだろ!?」
「ゆりさん!」
すると、玄関先の話し声に気づいたのか、飛鳥がダイニングから駆け出してきた。ゆりはそれに気づくと、大手を広げて飛鳥を抱きとめる。
「飛鳥~久しぶりー! もう相変わらず可愛い~」
「ゆりさん、どうして、今まで来てくれなかったの?」
「ごめんね。色々忙しかったんだー」
そう言いながら、ゆりはまた、ギューっときつく飛鳥を抱きしめると、飛鳥はゆりの胸で、苦しそうにしながらも嬉しそうにはにかむ。
不思議だ。
ゆりがいるだけで、場の雰囲気が一気に明るくなった。沈みきった家の中が、まるで息を吹き返すように色づいて、自然と空気も心も温かくなる。
「ねぇ、お兄さん。今日泊まってもいい?」
「え? あ……あぁ、いいけど」
「やったー! 飛鳥、今日は、久しぶりに一緒にお風呂入ろ~」
「うん!」
突然のことに、一瞬思考が止まりかけた。
(泊まるのか……今日)
その瞬間、あの日のことを思い出して、わずかに心中がざわついた。
少し前まで、当たり前のように一緒に過ごしていたのに、なにを動揺してるんだろう。
大体、俺は、ゆりをどうしたいんだ?
いや、どうしたいってなに?
なんか、軽く犯罪臭する。
(……30のオッサンが、12も年下の女子高生に恋するとか、もうキモイって言われてもおかしくないレベルだぞ。マジで、ロリコンだったのか、俺?)
どうしたい?
──なんて考えても、どうすることも出来ない。
好きだと気づいても、そう簡単な話ではなくて。
なぜなら、12歳も離れた年の差に加えて、俺は離婚したばかりのバツイチ子持ちなわけで、こんなに若くて可愛い女の子が、そんな男を、わざわざ好いてくれてるはずがない。
もしかしたら──なんて思ってしまう自分が、おこがましい。
今はただ、会いに来てくれたのが、ただただ嬉しくて。
だから、たまに会えて、こうして顔を見れるなら……それだけでいい。
そして、いつか
ゆりに"好きな人"でもできれば
きっと、諦めもつくはずだ。
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