神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第143話 情愛と幸福のノスタルジア⑭

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 四月、桜が満開になる頃──

 一ヶ月半共に過ごした、ゆりとの共同生活が終わり、俺と飛鳥の環境は、前の二人だけの生活に戻っていた。

 あの日、笑顔で出て行ったゆり。だが、その後一ヶ月経っても、ゆりが我が家に顔を出すことはなく、不思議なことに、ゆりが消えた家の中は、まさに火が消えたように静かになった。


 カタカタ──

 深夜、寝室のベッドに飛鳥を寝かしつけたあと、俺はテーブルの上のスタンドライトの明かりを頼りに、一人もくもくと仕事をしていた。

「ふぇ……っ」

 だが、背にしたベッドから飛鳥の泣き声がきこえ、俺はパソコンを打つ手を止めると、慌てて飛鳥に声をかける。

「飛鳥……」

 見れば、涙を流しヒクヒクと手を震わせる飛鳥の姿が目に入り、俺はそんなわが子を宥めようと、一緒に布団に入り背中をトントンとさする。

 あれから飛鳥は、また、深夜に目を覚ますようになった。俺の胸に顔を埋めて、身体を震わす飛鳥。眠りが浅いせいか、最近ぼーっとしている事も多い。

 そして、俺はそんな飛鳥を見つめながら、毎晩のように、ゆりのことを思い出す。

 今、どうしているんだろう?
 困っていることはないだろうか?
 なんで、連絡一つ、くれないのか?

 ゆりがいなくなってから、飛鳥はまた少し不安定になった気がする。少しでも顔を見せてくれたら、飛鳥も安心するかもしれないのに、待てど暮らせど──ゆりは訪ねてこない。

(寝たか……)

 それから暫く、背を擦りつづけていると、飛鳥がやっと眠りについた。

 俺に気を使っているのか? 飛鳥はあれから、ゆりの話題はぱったり出さなくなった。

 それに……

「ごめんな、あまり構ってやれなくて……」

 きっと寂しい思いをさせてる。

 仕事も家事もしなきゃならないから、あまり遊んであげられないし、それに最近どこか、飛鳥の笑い方が、ぎこちない気もする。



 ◇◇◇

「お父さん、今日も目玉焼き?」
「こら、文句言わない!」

 ある日の朝──仕事に加え、飛鳥の夜泣きも相まって、俺は少しは寝不足気味でキッチンに立っていた。

 もともと料理は得意ではないが、最近特に手抜きな朝食をつくることも多く、飛鳥が横で呟いた一言に、俺は欠伸をしながら反論していた。

「文句なんていってないよ。俺、お父さんの目玉焼き好きだよ。焦げてなきゃ!」

「あはは、それはすまん。ほら、飛鳥、もうできるから、お皿準備して」

「はーい」

 最近は当たり前になってきた、朝の風景。
 だけど……

『お兄さん、おはよう』

 朝起きてキッチンにいくと、いつも聞こえてきた、ゆりの声。それが、ないのは、どこか寂しいというか、物足りなさを感じた。

 なんだろう。
 まるで、ポッカリ穴でも空いたような。

 でも、それでも、連絡がないのは、きっと順調な証拠なのだと──

 もしかしたら、もう彼氏くらい作っているかもしれないなんて考えて、無理に納得しようとした。

「いただきます」
「しっかり、食えよー」

 二人きりの生活は大変だった。

 だけど、飛鳥は相変わらず可愛いし、やることは増えたけど、それでも、なんとか二人楽しく過ごしていた。

 いや、楽しく過ごせていると思っていた。

「なぁ飛鳥。お前もう少し、ちゃんと笑え」

「え? 笑ってるよ?」

「そうじゃないだろ、前はもっと」

「……っ」

 飛鳥の笑顔をみて、無意識にでた言葉。
 飛鳥は、そんな俺の言葉に一瞬ビクっと体を震わせると

「……俺の笑い方、おかしい?」

「あ、いや……」

 飛鳥は、少し申し訳なさそうに、そういった。俺は、自分の言葉にあきれ返った。

 そうだ。飛鳥は、モデルの仕事をする時、嫌でも笑っていなくてはならなくて、だから、その反動なのだろう。

 きっと、笑うのが、癖になってる───


「いや、おかしくない、ごめん……そうじゃないんだ」

 俺は飛鳥を頭をなで、懺悔する。

 そうじゃない。

 飛鳥を困らせたい訳じゃない。
 攻めてるわけでもない。

 ただ、もっと──

 心から、楽しそうに笑って欲しい。

 俺の前でも──


「お父さんは?」

「え?」

「お父さんも、あまり笑ってないよ。ゆりさんが出て行ってから……」

「………」

「俺と二人だけじゃ楽しくない? 俺、ちゃんと笑うから……お父さんも笑って」

「……っ」

 まるで、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 あれ? 俺、笑ってなかった?
 なのに、俺は、飛鳥に笑えとか……

「っ……ごめん」

 その瞬間、俺は飛鳥をきつく抱きしめる。

「ごめん、ごめん、飛鳥、俺……っ」

 本当に何をしてるんだろう。
 そうだよな。俺が、親が笑ってないのに、子供が笑えるわけないよな。

 
 ここ最近、楽しく笑っていられたのは、全部ゆりのおかげだったのだと、改めて実感した。

 一緒にいたのは、たった一カ月半。

 なのに、思った以上にゆりは、俺達にとって、とても大きな存在となっていたことに、今更ながら気づかされる。

 会えない日が増えるにつれて、思いが募った。

 何気ない瞬間に、いつもゆりの顔を思い出した。

 ゆりが忘れていった髪留めやコーヒーカップをみるたびに、なぜか切ない気分になって…

 だけど、処分しようにもできなかったのは、彼女を愛おしく思っていることに、気づいてしまったからかもしれない。

 会いたい。

 だけど、遅すぎたんだ。

 自分のこの気持ちに気づくのに


 あまりにも────遅すぎた。


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