神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第141話 情愛と幸福のノスタルジア⑫

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「お兄さん、おはよー」
「お、おはよう」

 次の日の朝──あんな事があったというのに、ゆりは至って、いつも通りだった。

 キッキンで朝食を作りながら、振り向き様に笑顔で声を上げる、ゆり。

 うん。眩しいくらいの笑顔だ。

 正直、どんな顔をして会えばいいかと分からなかったか、全く変わらないゆりの姿に、侑斗は拍子抜けしていた。

「お父さん、おはよう!」

 するとそこに、保育園に行く準備をすませ、先にテーブルについていた飛鳥が声をかけてきた。侑斗は、眠そうにしながらも飛鳥の向かいに腰掛けると、朝の挨拶を返す。

「あぁ、おはよう飛鳥」

「お父さん、眠いの?」

「あー、夕べあまり眠れなかったから」

 椅子に腰掛けて、そばにあった新聞を手にとると、侑斗はゆりを流し見ながら、飛鳥の質問に答える。

 あの後、仕事の後で疲れていたはすなのに、すっかり目が覚めてしまった。オマケに、あんな体が高ぶったまま、やすやすと眠れるわけもなく……

「お仕事してたの?」

「え? あーそうそう、大人は色々大変なの」

「へー」

「お兄さん、コーヒーでいいの?」

「え? あ、うん……ありがとう」

 ゆりが出来上がった朝食をテーブルに運びながら、侑斗に声をかけた。

 いつも通り。本当になにも変わらない。

 侑斗はそんなゆりに、あくまでもいつも通りを装い、返事を返した。

 きっと、からかわれていたのだろう。ならば、もう何もなかったのにするのが一番だ。

「あ、そうだお兄さん! 私、明日、面接受けてくるー」

「え? 面接?」

 すると、ゆりがまた明るく話しかけてきた。

「面接って、バイトの? どこ受けるの?」

「喫茶店!」

「どこの?」

「教えなーい♪」

「え? なんで?」

「だって、働いてるところ、知り合いに見られたくないし!」

「……大丈夫なんだろうな? ちゃんとしたところか?」

「大丈夫! ただメイド服きて『いらっしゃいませ、ご主人様~♡』っていいながら接客するだけだから♪」

「いや、それホント大丈夫!?」

「あはは、冗談。本当は普通のカフェ。だから、心配しないでね?」

「ゆりさん! なにかお手伝いある?」

「あ、飛鳥ありがとう! でも、あとはコーヒー入れるだけだから、二人とも先食べててもいいよ!」

 ゆりにそう言われ、侑斗と飛鳥は二人先に手を合わせると、朝食をたべ始めた。4人がけのダイニングテーブには、今日も美味しそうな料理が並べられていた。

 ふんわりとしたオムレツにサラダとスープ。そして、コンガリとやけたトースト。

 最近、当たり前になってきた朝の風景。でもきっと、ゆりがでていったら、朝からこんな立派なご飯には、あり付けないだろう。

(これは、真面目に料理の腕磨かないと、息子に愛想つかされそうだなー)

 ここ最近のゆりの料理で、舌がこえてきたであろう飛鳥。もう、カップラーメンを美味しいなんて、いってくれないかもしれない。

「あ、そういえば、飛鳥!」

「ん?」

「お前、女の子、泣かしたって本当?」

 すると、目の前の朝食を口に運びながら、侑斗は昨日ゆりが言っていたことを思い出し、パンにかぶりついている飛鳥に声をかけた。

「あ……うん。バラ組の舞ちゃん」

「舞ちゃんか、告白されたの?」

「うん。好きだから付き合ってくださいって言われたから、俺、舞ちゃんのこと好きじゃないから、無理って言ったら泣いちゃった」

(ストレートすぎる!?)

 息子の女の子へのあまりの対応に、侑斗は顔をひきつらせた。そこまではっきり振られたら、そりゃ、泣くだろう。

「飛鳥、女の子泣かすな! てか、もっと断り方考えろ!」

「だって、いきなり皆の前で抱きついてきたから、ビックリしたんだもん。お父さんは、女の子に抱きつかれたことある?」

「え!?」

 瞬間、思わぬ所からでてきた爆弾が投げつけられて、侑斗は驚きと同時に素っ頓狂な声を上げる。

 無かったことなしようと思った矢先に、まさか息子から蒸し返されるとは!?

 侑斗は、ゆりの様子をうかがいながらも、少ししどろもどろしながら、返事を返す。

「えと、い、いや……お父さんは、な、ないかな……?」

「そうなんだ」

「うん。ないない、全く」

 ガチャン!!

「!!?」

 だが、その瞬間、激しい音を立てて、侑斗の前にコーヒーがそそがれたカップが置かれた。

 見れば、にっこりと笑顔を浮かべたゆりが、コーヒーを運んできてくれたようなのだが……

「へー、ないんだ~」

 なぜか、やたらとオーラが怖かった。

(あれ、怒ってる? なんで? 無かったことにしたほうがいいんじゃないの? あれ? これ、どっちが正解なの?)

 侑斗は考えまくる。

「ほら、飛鳥! 早く食べないと保育園遅れるよ?」

 だが、ゆりは朝食の準備をおえたのか、エプロンをとり、飛鳥の隣に腰かけると、またいつもの穏やかな雰囲気に戻った。それを見た侑斗は

(気のせい……だよな? それにあれは、冗談だって……言ってたし……)

 三人そろったテーブルで、侑斗は気持ちを切り替えると、再び飛鳥との会話を再開する。

「いいか、飛鳥! 自分を好きになってくれる子がいるって、本当は凄くありがたいことなんだぞ? とりあえず、一回『ありがとう、気持ちは嬉しい』くらいは言いなさい。いきなりNOだと、さすがにきついから」

(対応が手馴れまくってる……)

 朝食を食べながら、ゆりは、それをお前がいうのか?と心の中でつっこみながら、侑斗と飛鳥の会話を半笑いで聞きいていた。

「うーん……でも、俺……告白されても、嬉しくない」

 だが、飛鳥は少し困った顔をして、そう言って、侑斗はその言葉に顔をしかめる。

「嬉しくないって、お前、なに贅沢なこと言ってんの!?」

「だって、みんな、俺の顔が好きで告白してくるんでしょ?」

「んん!?」

 飛鳥くん!?
 なんで!? どうして!?

 なんか、うちの息子が、もうすでに闇を抱えてるんだけど!? なんで四歳にして、そんな擦れた考え方してんの!?

 俺のいない1年の間に、何があったの!? だれだ! 「飛鳥の顔が好きだ」とか言ったやつ!?

 目を覆いたくなるような息子の発言に、侑斗は一瞬にしてその顔を蒼白させた。

「い、いや……飛鳥の内面見てくれる子も、きっといるから!」

「うーん、そうかなー?」

 そして、そんな飛鳥の横でゆりは

(やっぱ、飛鳥の将来……ちょっと心配……)

 目まぐるしい家庭環境のせいで、卓越した思考をもってしまった目の前の四歳児を見つめながら、いつもの朝は、いつもどおり過ぎ去っていくのだった。
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