神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第139話 情愛と幸福のノスタルジア⑩

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「私、もう子供じゃない!」

 静止の声をかける間もなく、ゆりは侑斗にぎゅっと抱きついてきた。

 突然の事に思考が追いつかない。徐々に鼓動が早まるのを感じながら、ゆりを見つめれば

「侑斗さん……っ」
「っ……」

 そのように、直接名前を呼ばれ、侑斗は酷く動揺する。

 ゆりはいつも、自分のことを「お兄さん」と呼んでいた。それなのに……

(ッ……なんで…っ)

 だが、普段聞きなれないその響きは、男の欲を刺激するには十分すぎるほどで、その上、鼻腔をかすめる甘い香りと、滑らかな若く瑞々しい肌。

 抱きつかれ、深く密着した身体からは、服越しでも、その柔らかさが手に取るように伝わってくる。

(っ……マズイッ)

 なんだか、目眩がしそうだ。

 髪から漂う甘い香りと、吸い付くような白い肌。そして、まるでキスをねだるかのような、あまりにも、近い距離。

 目の前の情景にクラクラして、侑斗は慌ててゆりを引き剥がそうと、その肩に触れる。

 だが、その瞬間、それはゆりの身体に触れることなくピタリととまった。

 このまま、触れてしまって大丈夫だろうか?

 ──そう、理性が働きかけた。

 今、触れてしまうと、もう後戻りができない気がした。必死に押し込んだ欲情は「このまま抱きしめろ」と訴えかけてくる。

 抱きしめて、押し倒して、唇を奪って、後は、本能のままに貪ればいいと、そんな下劣ことばかり囁きかけてくる。

 だけど、そんなことをさせるつもりで、この子を預かったわけじゃない。

 侑斗は、なだれ込む思考を押させこみ、必死にその理性を保つ。

 だが……

「……いいよ」

「え?」

 そんな侑斗の心情などお構いなしに、ゆりは、更に侑斗にきつく抱きついてきた。

「私……侑斗さんになら、何されてもいいよ」

「……ッ」

 どこか、切なさの入り交じる声。それは、誘うように耳に響き、必死につなぎとめた理性を、一つ一つ崩していく。

「だって私……侑斗さんのこと……ッ!」

 だが、その瞬間、ゆりが苦しそうな声を発した。

 大きな手が背に触れたかと思えば、その言葉を言い終わるよりも先に、ゆりは侑斗によって、きつく抱きしめられていた。

「ん……っ」

 背を撫でられる感触に、軽く声が漏れる。

 同時にびくりと震えた体は一瞬にして強張り、顔は火を噴くように赤くになる。

「ぁ……、」

 ──どうしよう。

 突然、始まったその行為はどこか性急で、首筋に唇が触れれば、燃えるような恥ずかしさと同時に、熱を持った身体が、かすかに震え始めた。

「ぁ……ッ」

 するとその後、ゆりを抱きしめていた侑斗の腕が、ゆっくりと背を這い、次第にゆりの細い両肩を掴む。

 ゆりが、恐る恐る視線をあげると、そこには、どこか余裕のない侑斗がいた。

「……っ、」

 いつもと違う男の視線に、体がゾクリと反応すした。今にもキスされそうな、その距離で、ゆりは、小さくみじろいだ。

 どうしよう。
 覚悟、していたはずなのに──

 ゆりは、これから起こりうることを想像して、心臓が張り裂けそうになった。

 置き場のない羞恥心に駆られると、耐えきれず、その瞳をギュッと閉じる。

 グッ──

「ッ──!?」

 だが、その瞬間。掴まれた肩を、ぐっと強く押し戻された。

 急に圧迫感がなくなり、ゆりが緊張から、わずかに涙を浮かべた瞳で、侑斗を見上げれば

「……ごめん」

 再び遠のいたその距離で、少し息を荒くした侑斗が、真剣なまなざしで、そう言った。

「気に、触ることをいったなら、謝る……だけど、さすがにこういうのは、やめたほうがいい」

「……」

「折角、今まで義父から守ってきたんだろ。なら、いつか本当に大切な人ができるまで、もっと、大事にしなきゃ……」

「……」

 放たれた侑斗の言葉に、ゆりはただ何も言えず、侑斗を見つめていた。

 未だに震える鼓動を必至に整えながら、ゆりは、ぐっと自分の気持ちを抑え込むと

「あはは、騙された?」

 にっこり笑って、そういった。

「もう、冗談に決まってるじゃん! 本気にしたの?」
「……っ」

 いつのも雰囲気に戻ったゆりは、酷くおどけた様子で、侑斗は更に困惑した表情をみせる。

「ッ…お前なぁ!?」

「はは、そんなに怒らないでよ。お兄さんいつまでも私のこと子供扱いするから、ちょっと誘惑してみたくなっちゃったの」

「だからって……ッ、俺が本気になったら、どうするつもりだったんだ!?」

「でも……本気には、ならなかったでしょ?」

 そう言って、また綺麗に微笑んだゆり。

「それにしても、お兄さんってホント真面目だよね。普通、こんなに可愛い女子高生に迫まられたら、男なら手出しちゃうと思うけどなー。据え膳食わぬは男の恥なんじゃないの?」

「……お前、まだ18だろ。そんな誘い方、どこで覚えてきたんだ」

「え~びどーい。これでもお嬢様なのに~」

「どこのお嬢様が、笑顔でご奉仕しますなんて言うんだよ? お前まさか援助交際とかしてないだろうな?」

「はぁ、してるわけないじゃん!? 私これでも、まだ──」

「?」

「ま、まま、ま……もう、バカ!!?」

「ぶっ!?」

 瞬間、一気に顔を赤くしたゆりは、ベッドの上にあったクッションを侑斗に投げつけた。

「おい! お前いい加減にしろよ!」

 顔面にクッションを投げつけられ、侑斗がイラつきながら声を上げると、ゆりも、その場から立ち上がり、不機嫌そうな声を発した。

「もう、寝る!」

(いや、なんでお前が怒ってんの。怒りたいの俺の方なんだけど)

 侑斗は心の中で悪態つくが、くるりと踵を返したゆりを、とりあえず見送ることにした。

 だが──

「あ、おい、これ忘れてる」

 不意に目の前のテーブルにあった方が忘れ物を見て、侑斗が差し出したそれは、先ほどの示談金だった。

 忘れるなと言わんばかりに差し出されたその封筒をみて、ゆりは再び苦々しい顔をするが、暫く考えたあと、ゆりはその封筒を受け取ると──

「ねぇ、侑斗さん」

「……?」

「さっき、間違った選択ばかりしてきたって言ってたでしょ……後悔してるって……でも、侑斗さんが、その間違った選択をしてくれたおかげで、ここに一人、救われた女の子がいるってことも……どうか、忘れないでね?」

「え……?」

 こちらを見つめるゆりの顔は、さっきとは一片して、とても優しく穏やで、だけど、どこか悲しそうな笑みでもあった。

 だが侑斗は、その言葉の意図がわからず

「おい、それってどういう……」

「あ。パソコンの文書、保存するの忘れないようにね?」

「!?」

 だが、ゆりが更に言葉を続けて、侑斗は、その言葉を聞いて、慌ててパソコンの画面を見つめた。

 確かに保存してなかった。危なかった。せっかく頑張った仕事の資料がパーになる所だった!

「じゃ、お休み~♪」

 すると、ゆりはまたにこやかに笑い、手を振りながら部屋から出ていった。侑斗は、ゆりが出ていった扉を、暫く無言で見つめたあと

「あーもう、本当なんなんだよ……っ!」

 一気に力が抜けると、侑斗は額に手を当て深く深くため息をつく。

『私、侑斗さんにならなにされてもいいよ』

 まさか、あんなこというなんて思わなかった。

 体にはまだ、さっきの火照りが残ってる。

 あの時、抱きしめた瞬間。正直、もうダメだと思った。

 だけど、抱きしめた身体が、わずかに強ばったのが分かって、ほんの少しだけ残ってた理性が、一気に冷静さを取り戻した。

 怖がってた気がしたのに、気のせいだったのか?

 でも、それに気づかなければ

 きっと、あのまま───


「あああ、危なかった!! 良かった、ほんと良かった!! 俺の理性、メチャクチャ仕事してる! てか、一回りも下の女の子に、俺、何てことしてんだよ!?」

 侑斗は、顔を真っ赤にし目を伏せると、自分が犯しそうになったとんでもない過ちに、深く深く懺悔するのであった。
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