神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア

第135話 情愛と幸福のノスタルジア⑥

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 ミサの電話を切ったあと、家に戻り、玄関を開けると、そこには香ばしい料理の香りが漂っていた。

 玄関で靴を脱き、廊下を進むと、俺の帰宅に気づいたのだろう。飛鳥がキッチンから出て、こちらに駆け寄ってきた。

「お父さん、おかえり~」

「ただいま、飛鳥」

「今日のごはん、ハンバーグだって!」

「へー、そうか」

 抱きつく飛鳥の頭を撫でて、キッチンに行くと、丁度ゆりが、フライパンを手にハンバーグを焼いていた。

「あ、お兄さん、おかえり~」

 振り向きざまに、笑顔で声をかけてくるゆり。

 ここ数日、帰宅後料理をすることがなくなった。帰ってきたら、誰かがご飯を用意してくれてるなんて、一体、どのくらいぶりだったろう。

「お兄さん、もう少しかかるんだけど、どうする? 先にお風呂入る?」

「あーそうするよ」

 沈んだ気持ちを切り替えようと、俺は先に風呂に入ることにして、カバンを置き、ネクタイを外しながら、飛鳥に声をかける。

「飛鳥、今日はお父さんと入るぞー」

「えー」

「えーってなに! 飛鳥、最近冷たい。お父さん、泣いちゃうぞ~」

「え、ごめんね! そっか、お父さんも一緒に入りたいよね?」

「そうそう、俺も仕事で疲れた体を、飛鳥との時間で癒したいんだよ。わかる?」

「うん、わかる! じゃぁ、3人で入ろう!」

「んん!?」

 3人!?
 その言葉に俺は狼狽えた。

 3人とはつまり、俺と飛鳥と、あとは──

「こら!どうしてそうなった!? 何言ってんだ! それだけは無理! 飛鳥、お前その笑顔で何でもOK貰えると思うなよ!」

「ダメ?」

「ダメに決まってるだろ!!」

「いいよ~」

「──え?」

 だが、その瞬間、ゆりが料理をつくりながら、こちらに語りかけてきた。

「私はいいよ。一緒にはいって、お兄さんの背中流してあげる♡」

「…………」

 にこにこ笑いながらも、いたずらっ子ぽく微笑むゆり。

 いや、いいよって……。

「君は、俺を犯罪者に仕立てあげたいのかな?」

「あはは~やっぱりダメかー」

 すると、ゆりはまた可愛らしく笑って、料理に戻る。

 だけど、そえして、常に明るいゆりの笑顔を見れば、不思議と悩んでることも、陰気な気持ちも、吹き飛んでしまうようだった。

 俺と飛鳥の二人だけだったら、きっと、ここまで笑えなかったと思う。

 ゆりは、まるで沈みきった俺たちの心に、そっと蝋燭の火をともすように、いつもふんわりと優しい笑みを浮かべていた。

 そして、それは、不思議と、俺と飛鳥の心を癒してくれるようだった。




 ◇◇◇


 そして、それから暫くたち、暦の上では、3月に入った。

 日曜の昼過ぎ、飛鳥の遊び相手をしていたゆりに俺は声をかける。

「ゆりちゃん! ちょっとこっちおいで」

「?」

 いきなり呼ばれ、ゆりがキョトンとした顔をして振り向くと、俺はあるものを差し出しながら

「お前、髪染めなおせ」

「えぇ!?」

 俺が手にした箱を目にすると、ゆりはとたんに面倒くさそうな顔をした。

「えー、せっかくこんなに可愛いのにー」

「お前なぁ、その髪で、就職面接突破出来ると思うなよ。大人の世界はそんなに甘くないんだよ!」

「……」

「ほら、1人でも染められるやつだから、風呂場いって、染めておいで」

「うーん……」

 よほど、嫌なのか?
 ゆりは、暫く考え込んた。だが、その後暫く間をあこたあと、ゆりはにっこりと笑うと

「じゃぁ、お兄さん染めて!」

 と言って、俺の腕に抱き着いてきた。

「え?俺が?」

「だって、私、自分で染めたことないんだもん! ムラになったら嫌だし!」

「いや、でも……俺でいいのか?」

「うん!お兄さんがいい!」

 ゆりは、またふわりと笑うと、その後は、素直に俺の指示に従ってくれた。

「ゆりさん、髪の色かえちゃうの?」

 飛鳥は、脱衣所にちょこんと座って、俺たちを不思議そうに眺めていた。

「そうだよー」

「お前、いつからこの色なの?」

「えーと、高2くらいかな? ギャルの友達多いから『あんた、この色っ絶対に合う~』って言われて、みんなで染っこしたの♪」

(この不良娘は……)

 少しだけ髪を取ると、二年染めていた割には、あまり傷んでる風には見えなかった。

 細くて、柔らかい髪──

「てか、本当に俺でいいの?むしろ、今からでも美容室に」

「いいの! それに、こういうの、なんか楽しい」

 淡いミルクティー色の髪が、少し茶色がかった黒髪に少しずつ変化していく。

 ムラが出来ないように丁寧に髪を梳いて、無事に髪を染め終わると、それから暫く時間を置いたあと、髪を洗い流すついでに、風呂にはいったゆりが脱衣所から出てきた。

「飛鳥見て見てー、黒髪合う~?」

「うん! ゆりさん凄く可愛い~。やっと、お嬢様らしくなった!」

「あはは、嬉しー。でも飛鳥って、たまにグサッとくること言うよね?」

 脱衣場から出てきたゆりに、飛鳥が少し興奮気味に声をかけた。

 明るい髪の色もにあってたけど、黒髪は、またイメージと違ってみえた。

 母親は名家のお嬢様だとかいっていたが、その血筋のせいなのか、妙に清楚な感じがして、少しだけ驚いた。

「お兄さん、どう? 似合う?」

「ぁ、うん……よく似合ってるよ」

「……そっか」

 素直に褒めれば、ゆりは少し恥ずかしそうに頬を染めて笑った。

 そして、髪を黒く染めなおし、学校にも真面目に通うようになったゆりは、それからしばらくたった──3月10日。

 無事に、高校を卒業した。

 気がつけば、ゆりと一緒に暮らし始めて、もう3週間が経っていた。

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