神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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番外編 お兄ちゃんとお酒

お兄ちゃんとお酒①

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「隆臣くん!久しぶり~」
「あれ? 侑斗さん、珍しいですね?」

 季節は春──

 桜が満開に咲く4月の頃。
 双子が高校に入学するのを期に、日本に帰ってきていた侑斗が、仕事帰りに美里の喫茶店に顔を出した。

 丁度、バイトをしていた隆臣は、その来客に驚きはしたが、すぐに明るく歓迎すると、どうやら侑斗は、子供たちにケーキを買っていくそうで、ショーケースに並んだケーキを見つめながら、隆臣に話しかけてきた。

「ところで、隆臣くん!」

「なんですか?」

「うちの飛鳥と飲みに行った?」

「……」

 笑顔で問いかけてきた侑斗のそれは、思ったより厄介な内容だった。

 なんでも飛鳥は、とてつもなく酒に弱いらしい。

 それ故に、隆臣は侑斗から直々に 「飛鳥を飲みに誘い、お酒の耐性をつけてやってくれ」と、お願いされていたのだが……

「行ってません……というか、飛鳥が行きたがらないというか」

「うん。飛鳥の気持ちは、もう無視しちゃっていいよ! 無理矢理、飲ませていいからね!」

「いや、それはダメでしょ!」

「大丈夫! もう背に腹はかえられない! あれじゃホント据え膳確定だから! なんとかしてあげなきゃ、いつか絶対、食われるから!」

「……」

「本当にね~ヤバイんだよ隆臣くん! しかも、俺もうすぐ帰らなきゃいけなくてね、海外に! 俺が帰ったら、絶対あの子、自ら飲もうとはしないからね! てか、なんでうちの子あーなの!? なんで飛鳥あんなに可愛いの!? なんであんなに天使なの!? 俺もう、心配すぎてロスあっちに帰れない!!」

「とりあえず、落ち着きましょう。侑斗さん」

 頭を抱え、激しく息子を心配する侑斗。日頃は仕事もでき、人当たりもよく、尊敬に値する人物なのだ。

 だが、こと我が子のこととなると、人が変わる。

 もう20歳の息子をここまで心配する、この親バカっぷり。

 久しぶりに見たけど……スゴいな、ほんと。

「飛鳥、そんなに弱いんですか?」

「弱いし、なによりたちが悪くてね~それに、飛鳥、これまでも色々と辛い思いしてきたから、親としては、ふりかかる火の粉はできるだけ払ってあげたいというか……」

「……」

「無理なお願いかもしれないけど、これも飛鳥のためなんだよ。こんなこと、親友の隆臣くんにしか頼めないしさ」

 申し訳なさそうに、手を合わせお願いする侑斗の姿は、飛鳥を心配しているのがよく伝わってきた。

 事実、変質者にコレクションとして誘拐されかけた経歴をもつ、とんでもなく美人な息子だ。

 あんな息子をもてば、心配になる気持ちもわからなくはない。

「……わかりました。今度、誘ってみます」

 隆臣は諦めたのか、深くため息をつくと、飛鳥を飲みに誘うことを承諾する。

 すると、侑斗は少し安心したのか「ありがとう」と嬉しそうな笑みをみせた。


 これは、この後、侑斗が海外に戻ってから、数週間後の

 ──5月上旬のお話です。










  番外編 お兄ちゃんとお酒












「いきなり食事に行きたいとか、どーしたの?」

 マンションの入口前で、いつものように壁に寄りかかり待っていた隆臣に、飛鳥が首を傾げながら声をかけた。

 現在の時刻は、夜7時。

 夕方、隆臣から突然連絡が入り「今日の夜、飯食いにいくぞ」と誘われた。

 夜が近くなるこの時刻は、もう薄暗く、辺りを見回せば、マンション前の街灯が等間隔で点灯し、ライトを点けた車が数台、前の道路を走行していた。

「たまにはいいだろ? 夜でかけるのも」

「? まー、別にいいけど……」

 飛鳥はもの珍しそうに隆臣を見ると、歩道に出て、隆臣の少し前を歩き始めた。

 隆臣はそんな飛鳥の後ろ姿を見つめながら、ふと考える。

 侑斗からお願いされ「食事に行く」と称して、飛鳥を誘い出したはいいが、食事は食事でも、行き先は"居酒屋"だ。

 まさか、今から酒を飲まされるだなんて、きっと飛鳥は夢にも思っていないだろう。

「で……店、どこにする?」

「あ、俺の知り合いの店……それより、お前髪伸びたな。なんで今日は下ろしてるんだ?」

「ん?」

 隆臣の問いかけに、飛鳥がわずかに首を傾げ振り返ると、少し赤みの入った綺麗な金色の髪が肩からサラリと揺れた。

 見れば、今日の飛鳥は髪を結っていなかった。

 いつもは、一つに束ねている髪を下ろし、ふわりと柔らかそうなそれは腰元まで伸びていて、前、見た時よりも心なしか伸びたのがわかる。

「あー、帰り遅くなるだろうし、先にシャワー浴びてきたんだよ」

「……」

 ──あぁ、なるほど。

 隆臣は、飛鳥の回答に思わず納得すると、自分の少し前を歩く飛鳥の後ろ姿をマジマジと見つめた。

 正直、後ろ姿は、もう女にしか見えない。
 いや、前から見ても女だけど。

 しかも、風がふけば、その髪からは、ほのかにシャンプーの香りまで漂ってくる。

( ……このまま、酒飲ませて、大丈夫だろうか?)

 隆臣は、わずかに顔を曇らせた。
 酔ってどうなるかは知らないが、侑斗が言うには、据え膳確定だと言うほど、飛鳥は酒に弱い…らしい。

 しかも、この見た目。
 で、おまけに香りつきだ。

 いくら、自分がいるとはいえ、これから行くところは、夜の居酒屋。

 酔っぱらいに、からまれる可能性は十分にある。

 ならば、見た目と髪は仕方ないにしても、せめて、あのフローラルな香りだけでも何とかしておいたほうがいい。

「飛鳥、今からバッティングセンターに行こう」

「いや、なんで!? 俺、今シャワー浴びてきたって言ったよね!?」

「どんな嫌がらせだ!」と飛鳥が顔をしかめると、最悪の事態を少しでも避けようとした隆臣の提案は、見るも無残に拒否された。

 むしろ、飛鳥の言い分は、ごもっともなのだ。

 なぜ、シャワー浴びたあとに、また汗をかきにいかなくてはならないのか?

 しかも空腹で──

(まぁ……弱いにしても、少しずつ飲ませれば、なんとかなるか……)

 隆臣は、仕方ないと腹をくくると、もう少し楽天的に考えようと、気持ちを切り替える。

 仮に弱くても、酔いが回ってきたようなら、自分が止めてあげれば良いし、耐性をつけるのが目的なら、居酒屋に連れていき適当に話を作って、少しでも飲みさえすれば、侑斗さんも納得してくれるだろう。

 とはいえ、いくら頼まれたとはいえ、だまして居酒屋に連れていくのは──少し気が引けた。

「あ……」

 すると、隆臣の前を歩く飛鳥が、突然声をあげた。

「どうした?」

「そういえば、隆ちゃん、来週 誕生日だよね。仕方ないから、今日は俺が奢ってやるよ♪」

「……」

 一切の邪気なく、ニコッと、とてつもなく綺麗な笑顔を向けられた。そして、その言葉と笑顔は、隆臣の心に更なる罪悪感を抱かせる。

 なんだ、こいつ。なんで、こんなときに限って、そんな 天使みたいな笑顔向けてくるんだ?

 しかも、 誕生日!?
 わかってるのか? 騙されてるんだぞ?

 今から、酒飲まされるんだぞ!?

 いや、わかってるわけないんだけど……ばれたら、大変なことになりそうだから、言うつもりもないんだけど。なんていうか、なんだこれ……

 ──すごく、心が痛い。


「……飛鳥」

「ん? なに?」

「今日は、俺のこと罵っていいから……」

「なにそれ!? 気持ち悪いんだけど!? お前、さっきからなんなの!?」

 仮に、 悪魔みたいな友人だろうと、騙してお酒をのませようとしていることに、隆臣は酷く自己嫌悪する。

 はたして、隆臣はこのあと、飛鳥にお酒を飲ませることができるのか!?


 ②につづく!
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