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第7章 お姉ちゃんと美少女
第102話 雨と傘
しおりを挟む6月中旬──
梅雨の季節ともあり、町にはシトシトと憂鬱な雨が降りそそぐ。
時刻は夕方6時。部活を終えた蓮と航太が、帰路につくため体育館から出ると、雨のせいか、辺りは仄かに薄暗く、鉛のような空が覆っていた。
「タイミングわりーな? 今から帰ろうって時に、降りだすなんて」
「ホントだな……」
先程までは、降っていなかった雨が、部活が終わり、帰り支度をしている際に突然降り始めた。
蓮は、手にした傘をさし体育館から外にでると、雨粒がポタポタと傘に当たるのを耳にしながら、学校をあとにする。
「天気予報じゃ、夜からってなってたけど、兄貴に言われて、傘持ってきてよかったな」
「早く梅雨開ければいいんだけどなー」
航太の自宅は、蓮の住むマンションより、更に進んだところにある。
そのため、こうして帰宅する際は、同じ部活をしていることもあり、航太と一緒に帰るようになった。
蓮は航太と何気ない雑談を繰り返しながら、街の中を進むと、いつもの商店街を通り、その先の住宅街に差し掛かる。
雨のせいか、人通りの少ない住宅街は、いつもより静かに感じた。
「あ……」
すると、道の先に見えた自販機の側で、女性が一人雨宿りしているのに気づき、航太が小さく声をあげた。
「なんか、スゲー美女がいる」
「ん?」
シトシトと降る雨の中、二人は同時に自販機の方を見ると、そこには、雨に濡れたのか、髪をわずかに湿らせて、一人雨宿りしている美しい女性がいるのが目に止まった。
「あの人、傘わすれたのかな?」
「そうかもな……」
恐らく突然振りだした雨に、傘もなく困っているだろうことが見て伺えた。
その女性は、20代後半から30代くらいの、線が細くどこか妖艶な美しさを合わせ持つ女性だった。
スカートから伸びた脚はすらりと長く、地味な紺のスーツを着ているにも関わらず、その色が女性の肌の白さを一際、際立出せているのだろう。雨の中たたずむその姿は、まるで映画のワンシーンのようにも見えた。
正直、まだ6時台とはいえ、雨の中、あんな美女が一人でいるのは危険ではなかろうか?
蓮と航太は一瞬顔を見合わすと、このままほっとくわけにもいかないな……と、とりあえず女性に声をかけてみることにした。
「あの……大丈夫ですか?」
「……?」
蓮が声をかけると、俯いていた女性が顔をあげた。
視線があうと、その女性の瞳は、透き通るような青い色をしていて、その姿を見て蓮は目を見開く。
その女性の姿は、"兄"にとてもよく似ている気がした。
「……ゆう」
「え?」
だが、蓮と目が合った瞬間、女性も一瞬驚いたような顔をして、何かを言いかけて、その後言葉を噤んだ。
「あの……なにか?」
「いえ……ごめんなさい。あなたが、あまりにも "知り合い"によく似ていたものだから……」
「そうですか……」
蓮を見つめて、二コリと微笑む女性は、とても美しかった。
(兄貴が女になって、そのまま成長したらこんな感じかも?)
不意に、その姿が兄とダブり、目の前の女性と照らし合わせる。
「お姉さん、傘忘れたんですか?」
すると、呆然と女性と見つめている蓮の横で、航太が明るく女性に問いかけた。
「ええ……突然、降りだしてきたものだから」
「迎えとか来ますか?」
「いいえ。迎えはこないけど、もう少し雨が弱まったら、走って帰れるから、気にしないでね?」
すると、また女性は、にこやかに笑った。
だが、走って帰るだと?
女性の言葉を聞き、蓮と航太は一瞬顔をしかめる。
ただでさえ雨で濡れているこの美女が、更に雨にさらされるなんて、心配以外の何物でもない!!
「あの、これ、使ってください」
「え……」
蓮は、女性の前までいくと、手にしていた自分の傘を女性の前に差し出す。
「気にしないで……そんなことしたら、あなたが濡れてしまうでしょう? それに借りても返せないわ」
「あー大丈夫ですよ、これ父が使ってた古い傘なんで、使い捨てても問題ないやつですから……それに俺は、榊の傘に入って帰りますし」
傘を女性に差し出しながら、蓮は航太を指さす。
「あー大丈夫っすよ! 男と相合い傘しても、こっちは全く問題ないんで!」
「──だ。そうなんで」
にこやかにOKを出す航太を確認し、蓮は女性の手に自分の傘をもたせると、そのまま航太の傘に入る。
一つの傘に男子高校生が二人で入るのは、やはり無理がある。
降りやまない雨は、二人の肩をすでに濡らし始めていた。
「ありがとう。優しいのね……実は、娘が家で一人で待ってるから、出来れは早く帰りたかったの…本当に助かるわ」
二人の優しさに、再び笑顔を向けると、その後「ありがとう」と口にし、女性は小さくお辞儀をして、二人のもとを後にする。
そして、その女性に笑顔でお礼を言われ、蓮と航太は、思わず顔を赤らめると……
「なんか、あの人。蓮の"兄ちゃん"に似てなかった?」
「俺もそれ、思った……!」
正直、驚いた!
世界には、 似た人が三人はいるとは言うが、よもや、あの 美人すぎる兄に似た人も、この世にいるとは!
「まーとりあえず、俺らも帰るか?」
「てか、お前もっと詰められない? 濡れるんだけど」
「あのな、人の傘に入っておきながら、何言ってんだ? お前こそ、濡れて帰れ!」
◇
◇
◇
「…………」
その後、傘を受け取ったミサは、雨が降り注ぐ中、自宅へと足を進めた。
だが、ふと手にした傘の柄の部分が目にとまると、そこに書かれた「持ち主の名前」だろう文字を確認し、ミサは一瞬足を止める。
「かみき……?」
傘には『神木 蓮』と名前が書かれていた。
そして、その 『神木』という苗字には、ひどく覚えがあった。
なぜなら、それは、昔、自分が名乗っていた古い名前だから……
「そう、あの子……神木君っていうのね」
ミサは、先ほどの少年を思い出すと、その口元に薄く笑みを浮かべる。
「侑斗に似ていると思ったら、まさか苗字まで同じだなんて、皮肉なものね……」
憂鬱な雨のせいか、懐かしい記憶を思い出し、ミサは苦笑する。
「侑斗……飛鳥……っ」
ザーザーと降り注ぐ雨の中──
弱々しくも、小さくその名を呟けば、その声は、雨の音の見事にかき消された。
雨脚が強まり始めたその空は、なぜか鉛のように重く、暗い色をしていた。
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