神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第7章 お姉ちゃんと美少女

第97話 約束と失った人

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『お母さん……赤ちゃんまだ、抱っこできないの?』

 産婦人科の新生児室前で、幼い日の飛鳥が、中の様子を伺いながら声をあげた。

 ガラス窓の向こうでは、小さな双子の赤ちゃんが、一人ずつ保育器に入れられているのが目にはいった。

『華と蓮、未熟児で産まれてきちゃったから、もう少し大きくなるまでは、保育器に入ってなきゃいけないんだって』

『そうなんだ……』

 横にたつ双子の母親が、飛鳥に向けて言葉を返すと、飛鳥は「なんで?」とでも言いたそうな顔で母を見上げる。

『本当はね。まだ生まれるには早かったんだけど、私が無理しちゃったからかな? 予定より2ヶ月も早く生まれてきちゃった……もっと大きくなってから産んであげられたらよかったのにね』

 華と蓮を見つめて、母は申し訳なさそうに目を細めた。すると、飛鳥はそんな母に向かって

『お母さんのせいじゃないよ! きっと華と蓮が、早くお母さんに会いたかったんじゃないかな?』

『ふふ、もー飛鳥ってば、ホント可愛い~』

 息子のその優しい言葉をきいて、母がギュッと飛鳥を抱き締めると、幸せそうに笑う。

『飛鳥も、お兄ちゃんだね』

『お兄ちゃん?』

『うん。華と蓮のお兄ちゃん。二人とも、まだ小さくてなにもできないから、みんなで守ってあげなくちゃね』

『……お兄ちゃん、か』

『どうしたの?』

『うんん。俺、ずっと一人で遊んでたから、妹弟ができてすごく嬉しい。だから、俺ぜったい守るよ。華も蓮も、それにお母さんも。だから、ずっと一緒にいてね?』

『うん……ずっと一緒にいるよ』

 母は優しく微笑むと、そういって再び飛鳥を抱き締めた。

『じゃぁ、約束だね』

『うん。約束……』

 あの日交わした、母との何気ない"約束"

 新しく出来た「家族」
 それは飛鳥にとって、何よりもなによりも

 ────失いたくないものだった。







 

 第97話 約束と失った人







 ◇◇◇

 ───バタン。

 リビングから出て、自分の部屋に入ると、飛鳥は後ろ手に扉を閉めた。

 シンと静まりかえる室内は、落ちかけた夕日の色で紫に染まりはじめていた。
 その今にも闇にのみこまれそうな室内は、まるで今の飛鳥の心を写すだすかのようで、飛鳥は扉にもたれ掛かり、そのままズルリと体勢を崩すと、ドサッとフローリングの上に座り込んだ。

「俺……なんで、あんなこと……っ」

 俯き呟くと、一重に束ねた長い髪が肩からサラリと落ちた。

 柄にもなく、感情的になってしまった。
 いつもは、あんな風にはならないのに──

「……ダメだ、アイツは……っ」

 あかりは、ダメだ。あかりと一緒にいると、なぜか弱音を吐いてしまいそうになる。

 心の奥に閉じ込めていたはずの感情が、次から次へとあふれでてきて

「っ……なんで、こんな……っ」

 あの穏やかな雰囲気と、見透かされているような瞳が──苦手だ。

 イライラしてるのは、きっと核心をつかれたから。

 気づきたくなかった、こんな感情。

 だから、ずっと閉じ込めてきたのに……っ


「はは……俺……怖い……の、か」

 まるで自分を蔑むような、そんな乾いた声が喉から出た。

 それと同時に、あの日の苦い記憶が甦る。

 あの日──

 母が倒れて救急車で運ばれた、あの日。

 俺が学校から帰ってきた時、母は

 ──まだ、 生きてた。

 母が苦しそうに倒れていて、華と蓮が泣いていて、何が起こっているのか分からなくてパニックになりかけて、それでもなんとか救急車は呼べたけど、結局、あのあと母は病院には間に合わず、救急車の中で──息を引き取った。

 俺が、もっと、早く帰っていたら。
 もっと、しっかりしてたら。

 母は、助かったかもしれないのに。

 結局、俺は何もできず、あの日、俺の目の前で

 ───あの人は亡くなった。


『ずっと一緒にいるよ』


 そう言ってくれた、母との約束は叶えられなくて。

 だけど、忘れられない約束は、今でもずっと心の中に残っていて。

「ッ……なんで、……っ」

 守りたかった。
 けど、守れなかった。

 失うなら、守れないなら、初めから、あんな約束なんてしなければよかったのに──

「ごめん……ごめんッ、母さんッ」

 永遠なんて存在しない。

 永遠に壊れないものがあるなんて言うなら、そんなの綺麗事でしかない。

 永遠を誓った愛も
 交わした約束も
 家族の絆も
 人の命も

 簡単に簡単に
 壊れて、破られて、消えて、なくなる。

 俺たちは、そんな危うい絆の中で生きていて、一度壊れた絆は、針のように心に刺さって、チクチクと鈍い痛みとなって蝕み続ける。

 だから、もう──増やすのはやめた。

 いつか壊れてしまうなら
 いつか離れていってしまうなら
 いつか失ってしまうなら

 そんなもの、はじめから持たなければいい。

 失うのが嫌なら
 はじめから、手にしなければいい。

 守るのは
 今、この「手」にあるものだけでいい。


 今の「幸せ」を守れるなら

 ────他には、なにも望まない。


 それなのに、そんな自分に「焦り」を感じるのは、なぜなのだろう。

「拒んで……悪いかよ…ッ」

 誰かを好きになっても、守れる自信なんてない。

 壊れない保証なんて
 失なわない保証なんて

 ───どこにもない。

 でも、このままずっと、家族と一緒に居続けることができないのもわかってた。

 華と蓮が成長する度に、現実を叩きつけられた。

 いつか、みんな大人になる。
 大人になって、俺から離れていく。

 だから、これ以上「家族」に依存しないように、あいつらが安心して俺から離れていけるように、大切に思える人を、また増やそうとして、無理にでも他人を好きになろうとした。

 だけど───ダメだった。

 誰かを愛そうとしても、また守れないかも、また失うかもって考えたら、本気になんてなれなくて

 心のどこかで"線"を引いていた。

 深入りしないように、相手からむけられる好意を、無意識に────拒んでいた。


「……どうすれば、いいん……だよ…っ」

 前に進みたくても、進み方がわからない。

 守ることの難しさも
 失うことの辛さも
 奪われる恐怖も

 俺は嫌というほど、知ってる。

 だからもう──

 これ以上「大切な人」なんて増やしたくないのに

 「独り」になるのは嫌だなんて……



 だから──認めたくなかった。





 俺は


 「大切な人」を失うのが

 「家族」が離れていくのが

  「独り」になるのが



  こんなにも、こんなにも

         
  怖くて





  仕方ないなんて……っ





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