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第6章 死と絶望の果て
第88話 華と飛鳥
しおりを挟む「うん! こんなもんかな?」
「ホント~」
6時前になり、自宅のキッチンでは、珍しく飛鳥と華が二人ならんで料理をしていた。
最近になり華は、帰宅すると飛鳥から料理を教えてもらっていた。
ちなみに、今日覚えているのは"魚の煮付け"だ。
「あとは、テキトーに味噌汁でも作って、俺はこっち片付けとくから」
メインの煮付けが出来上がると、飛鳥はシンク前に移動し、中にある皿やボールを洗いはじめた。だが、そんな兄の言葉に華は首を傾げると
「その"テキトー"てのが、よく、わからないんだけど……」
「あー……とりあえず、豆腐とワカメと、あとは、テキトーに」
「だから、その テキトーって言葉なんとかならないの?!」
「あのな、なんでもレシピ通りにできるとおもうなよ。冷蔵庫の中見てこい。先に使わなきゃいけないもんから、料理してくんだよ。融通きかせろよ、バカ」
「全くもう! せっかく人がやる気だしてんのに!」
いつもこんな感じだ。
だいたい、キッチンの中で喧嘩が始まる。
だが、これ以上反抗しても拗れるだけ。華は、その後しぶしぶ冷蔵庫まで移動すると、味噌汁の具材になりそうなものを探し始めた。
とりあえず、無難にニンジンと玉ねぎでいいだろう。使いかけあるし。
そして華が、再び元いた場所に戻ると、早いもので、兄はすでに洗い物を終えていた。
相変わらず、手際のよい兄だ。
「ねぇ、 私たちのお母さんて、料理上手だったんでしょ?」
野菜洗い、ニンジンの皮をピーラーで向きながら、母親のことについて、飛鳥に問いかけはじめた。
「うん、上手かったよ。父さんが休みの日とかに、よくキッチンに立て込もって、大量に作りおきとかしてたし」
「作りおき? なんでまた?」
「普通の日に"手抜き"するため」
「手抜き!?」
「そう。双子の育児におわれてたから、大変だったんだよ。二人同時に抱っこしながら料理はできないだろ? お前ら、母さんにベッタリだったし」
「あ、なるほど!」
納得したのか、華は、次にまな板を取りだし野菜をきざみなながら、ホウホウとうなる。
そんな華を、飛鳥は横目で流しみると──
(まー……そのおかげで、父さんがあんなになっても、なんとかなったんだけど……)
ふと、母が亡くなった時のことを思い出して、飛鳥は悲しそうに目を細めた。
幸か不幸か、それは亡くなる前の日、母が作りおきして冷蔵庫で冷凍させていたものだった。
料理なんて、全くできなかったから、正直助かった。レンジで温めるだけよかったんだから、当時の俺でもなんとかできたけど
作りおきしていた食材がなくなるにつれて、もう二度と、母の手料理は食べられないのかと思うと、ひどく泣きそうになって
───必死に堪えた。
「いいな~私もお母さんの手料理、食べてみたかったな~」
華達は、覚えていない。あのときのこと。
知らないままでいればいい。
ずっと───
「そうだな……俺も、少しくらい覚えておけばよかった」
そしたら二人にも、母の味を教えてあげることが、できたかもしれないのに……
「あ、そういえばさ。話変わるけど……うちって"親戚"いないの?」
「……!?」
だが、次に放たれた言葉に、飛鳥は思わず思考をとめた。
「え……?」
「だから、親戚! みんなGWとかお盆に、おじいちゃんちに帰省したーとかいってるのにさ。うちは、 お父さんの方も、お母さんの方も親戚って会ったことないじゃん!」
「…………」
華からの予想外の問いかけ。飛鳥はそれを聞いて、苦々しげに表情を歪めると、続けて視線を泳がせた。
──親戚。
父の親戚はいない訳じゃない。だが、母が亡くなってからは、もう連絡すらとってはいない。
それに、母は……
「あ、でも、 おばあちゃんには、会ったことあるかも?」
「……は?」
「えーと、お父さんの方の……名前はわかんないけど」
「……」
父の──?
そう言われ、飛鳥は、母の葬儀の日
『飛鳥は相変わらず、綺麗な顔してるわねー』
そう言って、自分を頬に触れた、神木《かみき》 阿沙子《あさこ》の姿を思い出した。
「ッ──お前、それいつ!?」
「ぇ? あ……ちゅ、中学の時に……蓮と一緒に……っ」
「なんで、黙ってた!!」
「っ……」
突然声を荒げた兄に、華はビクリと体を震わせると、包丁を持つ手を止める。
「そ……それは……っ」
「っ……なにも、言われなかった?」
「……う、うん……なにも」
「…………そう……なら、いいけど」
心配そうにみつめる兄をみて、華は戸惑いつつも、再び刻みかけの野菜に視線を落とすと、ふと数年前のことを思いだす。
"なにも言われてない"なんて……嘘だ。
◆◆◆
「あら、あんた達もしかして……」
あれは、中学1年の時だった。
学校帰り、蓮と二人でいつもの道を歩いていると、突然、"女性"から声をかけられた。
「へー、あの華と蓮が、もうこんなに大きくなったなんてねー」
明らかに、自分たちを知ってる口ぶりだった。制服のネームプレートをみられたのかもしれないけど、それ以外にも、どうやら蓮が父の子供の頃に、よく似ていたらしい。
「まさか、あの侑斗が 、ちゃんと三人育ててるなんてねぇー」
「あの、父の……お知り合いの方ですか?」
「あらあら、ご挨拶だね~。私は侑斗の母親。つまり、あんたたちの──"おばあちゃん"よ!」
「「!?」」
──衝撃的だった。
確かに年は取っていた。60代くらい。でも、おばあちゃんと言うには、言葉使いも見た目も、また若かった。
「そういえば、飛鳥は、もう高校生くらいかねぇ~」
「……それが、なにか?」
「そりゃぁ、孫のことだもの。それにあの子なら、 あのままイイ男に育ってそうだしねぇ~」
「…………」
直感的に、兄のことを話すべきではないと感じた。だけど
「飛鳥は、"あの女"に似て、本当に綺麗な顔してたし、アンタたちの母親が死んだときに、飛鳥を引き取れなかったのは、本当に残念なことをしたよ」
「え?」
引き取る? お兄ちゃんを??
「あんた達も──」
「……」
「侑斗に捨てられなくて良かったわね?」
そういって、肩をたたかれたのがひどく不快で、もう、二度と会いたくない人だと思った。
◇◇◇
(飛鳥兄ぃは、あの人に……引き取られそうだったのかな?)
母が亡くなった時のことは、全く覚えてない。
でも、父方の親戚と付き合いがないのは、祖母《あの人》にあって、なんとなく理解した。
でも、母は?
母の両親の話も、母の親戚の話も、今まで全く聞いたことがない。
それに、知らないことは……他にも、たくさんある。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「ん?」
「お兄ちゃんのお母さんて、どんな人なの?」
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