神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

文字の大きさ
93 / 554
第6章 死と絶望の果て

第84話 死と絶望の果て 4

しおりを挟む

 次の日の朝、俺は施設に預けるための準備を淡々とこなした。

 無心になるしかなかった。
 非情になるしかなかった。

 少しでも俺が戸惑ったら、子供たちは不安になる。

 預け先の施設は、決して悪いところじゃない。きっと、二人の未来は、明るいものになるだろうと

 ───ただただ、願った。



 ◆



「飛鳥、そろそろ学校に……」

 準備を終えて、子供たちがいる部屋に向かうと、俺は、学校に行かせるため、飛鳥に声をかけた。

 朝の室内は、まだ少し薄暗い。カーテンの隙間から、ほんの少しだけ朝の光が差し込むその部屋で、蓮と華はまだスヤスヤと寝息をたてていて、その前には、その場に座り込み、二人の頭を優しく撫でる飛鳥の小さな背中が見えた。

「飛鳥、学校……」
「……行かない」

 うつむく背中から、小さく声が聞こえた。だが、小さくともはっきりと聞こえたその言葉に、俺は、飛鳥の背を見つめたまま動けなくなった。

「なに、言って……」

「俺が学校に行ってる間に……華と蓮を、連れて行くんでしょ」

 飛鳥が、こちらを振り向くことなく、そう言った。

 その視線は、まっすぐに華と蓮にそそがれていて、正直、聞きたくないと思った。

 決心が────鈍る。

「ちゃんとお別れをしたい気持ちもわかるが、二人が感づくと余計に辛くなるだろう。だから飛鳥は、このまま学校に」

「行かないッ!!!」

「!?」

 静かな室内に飛鳥の声がこだまして、 また再び静まり返った。

「……ぃか ない……ぜったい……っ」

「…………」

 声が、震えていた。

 まるで、ここから動かないと、全身で訴えかけているようど、飛鳥の声が胸に響いてやるせない。

「ッ飛鳥、わがままを言うな!! もう決めたことなんだ!! それにッ……それに、みんな言うんだよ! 子供は」

「他の人の話なんて、どうでもいいよ!!」

 振り向き叫んだ飛鳥と目が合った。

 その青い瞳には、涙をたくさん浮かべていて、その小さな肩は、ひどく震えていた。

「……本当は、嫌なんでしょ……お父さんも……っ」

 心が痛い。嫌だ。
 これ以上、聞きたくない。

「ちゃんと聞いてよ! あんな人たちの言葉じゃなくて、俺の……俺たちの……ッ」

 大粒の涙が、言葉をつまらせた飛鳥の白い頬を伝って、静かに流れ落ちた。

 すすり泣く声で、すがるような瞳で見つめられて

『……ごめんな、飛鳥』

 あの日、まだ小さかった飛鳥の手を、無理やり振りほどいた、あの時の乾いた音がフラッシュバックするように甦った。

 わかってる。わかってるよ。
 今の蓮の華は、あの時の

 ──飛鳥だ。

 聞くべきなのは、"他人の言葉"じゃない。

 本当に、聞かなきゃいけないのは──

「華と蓮……お父さんのこと、すごく心配してたよ……早く元気になってほしいからって、絵描いてた……お母さん死んじゃって、本当はもっと甘えたいの、いっぱい、我慢して……ッ」

「……」

「ちゃんと聞いてよ!! 子供だからって、!!」

「……ッ」

 飛鳥の悲痛な叫びが、俺の心を更に締め付けた。

 俺は今、この子達の"気持ち"を無視して、華と蓮を連れていこうとしている。

 眠る華と蓮を背に、泣きながら叫ぶ飛鳥のその小さな姿は、必死に二人を、家族を守ろうとしているようにみえた。

「俺は、俺たちは……っ」

「……」

と……一緒にいたい……ッ」

「……」

「だから……ちゃんと、生きて…………!」

「ッ……」

 ────生きて、一緒に。

 その言葉を聞いて、よく俺のもとに、食べ物を持って、様子を伺いに来ていた飛鳥の顔を思い出した。

 悲しそうな、辛そうな、心配するような、そんな顔をしていた。

 食事もとらず、ただ呆然とする俺をみて、怖くなったのかもしれない。

 俺が、いや俺、死んでしまうと思ったのか?

 何度も、声をかけに来た。

 何度も何度も何度も、確かめるように、その手で触れてきた。

「……う……っ」

 許された、気がした。

 他の"誰が"許してくれなくても、俺は、この子たちの側にいてもいいのだと。

「……ぅ…、うぅ、ぁ……すか……ッ」

 その瞬間、崩れ落ちるように、その場に座り込むと、溜め込んでいた思いをぶちまけるように、次々に言葉が溢れだしてきた。

「……ご めんっ、ご、めん……俺、どうしたらいい!? もう、わからないんだよッ、仕事もしなきゃ、お前たちを食わせていけない! でも、預けられる人も、場所も見つからない……!」

「……」

「俺だって、嫌だ……っ、本当は、手放したくないんだ……でも、でも俺一人じゃ、もう……もう、どうにもできない……っ!」

 どうすればいい?
 どうしたらいい?
 こんなこと言って、何が変わる?

 俺は、なんてダメな父親なんだろう。

 『一緒にいたい』
 
 そんな我が子の些細な望みすら、今は、叶えてやれる、自信がないなんて──


「……ないよ」

「ぇ……?」

 涙を流し、嗚咽混じりに訴える俺の声を聞いて、ゆっくりと近づいてきたかと思えば、飛鳥は、まっすぐに俺を見上げて、言葉を放った。

……俺も……いるよ……っ」

「……」

「母親が必要なら、俺がなるッ……お父さんが仕事で忙しいなら、俺がずっと二人の側にいるから……だから」

「……」

「だから……華と蓮を連れてかないで! 俺もう……家族と離れるのは嫌だ……っ」

 消えるような声で。
 涙ながらに訴えたその言葉は、俺の心に、深く深く染み込んできた。

「家族」を失って「大切な人」を失って、悲しいのは、苦しいのは俺だけじゃない。

 華も蓮も、そして飛鳥も

 ────みんな、辛いに決まってる。



「ッ……うぅ、あぁぁぁぁ、飛鳥、ごめんッ……ご、め……飛鳥……ごめん……ッ」

 飛鳥の瞳から、また涙が流れたのを見た瞬間、俺は、その小さな体を強く強く抱き締めていた。

 誰も、許してくれない。
 誰も、認めてくれない。

 子供達との未来なんて、誰も望んでくれない。
 
 でも──

 それでも、この子たちは、"俺と一緒にいたい"と言ってくれる。

 他の誰でもなく、俺を選んで、俺といることを望んでくれる。

「ッ……ぅ……うぅ、……っ」

 どれだけ、泣いただろう。
 どれだけ、謝っただろう。

 泣いても泣いても、謝っても謝っても、涙は止まらず、ただ、ひたすら飛鳥は抱き締めたまま

 泣いて泣いて泣いて

 愚かさな自分を、責めて責めて責めて、責めまくった。

 突然妻に亡くし、俺は一人、絶望の淵にいた。

 だけど、そんな俺を助けてくれたのは、こんな俺を唯一、引きとめてくれたは

 ────飛鳥だけだった。



「飛鳥……俺、もぅ絶対に、お前たちを手放すなんて……言わないから……ッ」

「っ……」

 朝日が差し込む部屋の中。

 嗚咽混じりに放った俺のその言葉を聞いて、抱き締められたまま、ずっと話を聞いていた飛鳥は、その後、俺の腕の中で小さく小さく「うん」と一言だけ発して頷いた。

 どこか安心したような、飛鳥のその声を聞いて、俺の目には、また涙が溢れてきた。

 ────俺は一人じゃない。

 俺には、こんなにも、優しくて温かな我が子が、三人も傍にいてくれる。

 そう思ったら、不思議と乗り越えられる気がした。

 この子達を守るためなら
 この子達が傍にいてくれるなら


 ──きっと強くなれる。


 そんな気がした。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...