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第6章 死と絶望の果て
第79話 エレナとモデル
しおりを挟む物心つくころには、もうモデルを目指してた。
小さい頃からだったから 、特に疑問に思うこともなくて、だから、モデルになるのは、もはや当然のことだった。
少し前の授業参観──
「私の将来の夢は、モデルになることです」
私はそう言って、みんなの前で自分が書いた作文を発表した。
先生の前で、クラスメイトの前で
そして、お母さんの前で……
「エレナちゃんのママ、すごくキレイだね!」
私のお母さんは、とてもとても綺麗な人。
新しいクラスで迎えた授業参観。そこでも、お母さんはクラス中の注目を集めてた。
いつものこと。
だって、あんなに綺麗な人、なかなかいないと思う。
もう41歳なのに、今でも男の人に言い寄られるみたいで、いつか新しい「お父さん」が出来たりするのかな?……なんて考えてたこともあったけど
お母さんは、どんなに言い寄られても 、そんなの全く見向きもしない。
もう、結婚する気はないらしい。
私だけいれば、いいらしい。
お母さんは、いつも綺麗で
いつも笑ってる人。
でも、笑っているのに
──笑ってない。
だから、お母さんが喜ぶならと思って、モデルだって、ずっとずっと頑張ってきた。
だけど……
最近、それがすごく嫌で嫌で仕方ない。
作文だって、頑張って書いたけど、自分の作文じゃないみたい。
周りを見れば、みんな、未来に夢をもってた。
アイドル
警察官
サッカー選手
パティシエ
教師
漫画家
デザイナー
建築家
世の中には
こんなにも、たくさんの「夢」が溢れているのに
どうして、私の夢は
もう、決められているんだろう。
第79話 エレナとモデル
◇◇◇
「それでは、紺野さん。来月のスケジュールですが」
モデル事務所の一室で、担当の坂井が前に座るエレナとミサに声をかけた。
狭山は、その坂井の隣に座り、手にした書類に目を通しながら、その話に耳を傾けていた。
「来月は少し忙しくなるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫です」
「エレナちゃんも、大丈夫?」
「……はぃ、大丈夫です」
いつも通り行われる打ち合わせ。坂井の問いかけにミサが応えると、この後エレナも同じように返事を返した。
だが、どこか歯切れの悪い返事をするエレナを見て、狭山は眉を顰める。
正直、狭山からみて、エレナは少し無理をしているような気がした。
やる気がないわけではない。だが、撮影が終わると、まるで母親の機嫌を伺うように、脅えたような目をすることが、たまにあった。
(……本当は、モデルやりたくないとか……だったりして)
ふと、そんなことを考えて、狭山は口元をひきつらせた。
もし、本当にやりたくないのなら、メンタルケアを担当する狭山としては、かなり厄介な事案である。
「あ。それと今度、オーディションがあるんですが、受けてみますか?」
すると、思い出したように坂井がそう言って、ミサが手帳を開きながら反応する。
「……オーディションですか?」
「はい。有名デザイナーが審査員として参加するので、気に入られれば、今後のモデル活動にはかなり有利になるかと。まー、それなりに競争率も高いですけど」
オーディション。
そういえば、そんな案内が来ていた。
そこそこ大きなファッションショーだ。芸能人やトップモデルが一堂に会すような、大きなイベント。
もちろん、競争率は高いが、 有名デザイナーがこぞって審査員として参加するため、仮にオーディションに合格できなかったとしても、気に入られれば、そのままデザイナーの専属モデルになる子だっている。
事務所としても、エレナのように見込みのある人材がいれば、参加を進めるのは当然だろう。
「エレナちゃんはどうしたい?受けてみる?」
「え?……ぁ……えと……っ」
「エレナ」
「は、はい、受けます! 受けたいです……!」
母親の声と同時に、慌てて返事をしたエレナ。 狭山は、その様子を見て、再びその表情を曇らせた。
この親子は、どこか少し歪な感じがする。だが、だからといって、家庭の事情にまで首を突っ込めない。
「では、オーディションは受ける方向で……」
「はい。お願いします」
坂井の確認にミサが答えると、どうやら話は纏まったようで、ミサは再び手帳にスケジュールを書きこみはじめた。
そんな、なにげない所作ひとつでも、彼女はとても絵になる。
ペンを滑らせる、その指先すら美しく見えるのだから、世の男ならほっとかないだろう。
今でこそこうなのだ。
きっと若い頃は、もっと引く手あまただったに違いない。
そんなことを考えていると……
「もう、よろしいですか?」
「はい。今日はこれで」
スケジュールを書き終えたミサが、再び坂井に問いかけると、坂井の返答を聞いて、ミサは手にしていた手帳をパタリと閉じた。
だが、ミサが手帳をバッグにしまおうとした瞬間、その手帳の間からヒラリと一枚、薄い紙状のものが、空間を切るようにして、狭山の足元に滑り落ちてきた。
「?」
テーブルの下に落ちたそれを、狭山は前屈みになり拾い上げる。
(……写真?)
すると、その手帳から滑り落ちてきたそれは、一枚の写真だった。
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