神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第5章 おもかげと先輩

第78話 あかりと呼び捨て

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 講義が終わると、あかりは一人溜息をつきながら校内を歩いていた。

 今日は、とんでもないことを知ってしまった。

 なんと、先日の本屋で出くわし、家まで送り届けてくれた"あの金髪の青年"が、自分と同じ大学に通う、神木飛鳥という先輩だということが発覚したのだ。

 しかも、その神木 飛鳥。
 あろうことか、かなりの人気者らしかった。

 あれだけの美青年。
 しかも隠し撮りされるほどの人気者だ。

 ならば、熱狂的なファンくらいいてもおかしくないし、そんななか、もし自分が、あの日一緒に歩いていた女だとバレたら、命がいくつあってもたりない!!

(でも、さすがに刺されたりはないよね? それに同じ学部っていっても先輩だし……さすがにもう会うことは……)

 ここ桜聖福祉大学は、そこそこ広い大学だ。

 きっと、運命的なものでもない限り、まず再会することはないだろう。こちらに引っ越してきてまだ数ヶ月。できるなら、この大学生活、平穏無事に過ごしたい。
 だが、あかりが、そう思った時──

「アスカ!」
「!?」

 あかりの横を一人の青年がとおり過ぎた。

 赤毛の髪をした、スラリと背の高い青年だ。その青年は、男性とも女性ともとれる中性的な名前を呼びながら、目的の人物のもとへと駆け寄っていく。

 あかりは、ふとその名を聞き、今まさに考えていた人物の事がよぎると、その赤毛の青年の行く先を視線だけで追いかけた。

 すると──

「あ、隆ちゃん。今帰り?」

「あぁ。丁度良かった飛鳥。お前今日、用事あるか? ないなら少し付き合え」

「なに? どっかいくの?」

「母さんが喫茶店の新メニュー、味見してほしいんだと」

「へー。美里さん、また新作考えたんだ。いいよ、時間ならあるし」


「…………」

 赤毛の青年が話しかけると、夕日色にも近い”金色の髪をした美男子”が、これまたにこやかに答えた。

 そして、あかりはその光景を見て、絶句する。

 なぜなら、そこには、あの日あかりの荷物を持ち、家まで送り届けてくれた、あの青年か!!

 そう、この大学の有名人でもある、あの"神木 飛鳥"がいたからだ!!

(嘘でしょ!? ホントにいるよ、あの人?!)

 今一番会いたくなかった人物の登場に、あかりは、まるで恐ろしいものでも見るかのように顔をひきつらせた。

 もう会うことも無いと思っていたのに、神様はなんて残酷なのだろう。

 しかも、残念なことに、ここを通らなければ校舎から出れない。もはやレベル1で、ラスボスに出くわしてしまった時のような心境だ。

 だが、出くわしてしまったからには、なんとかしなくてはならない。

 もし、選択肢があるなら、こうだろう。

 □話しかける
 □逃げる
 □助けを呼ぶ

(うん。ばれないように逃げよう……っ)

 いや、選択肢なんて、あってないようなものだった。助けを呼べる相手なんていないし、話しかけでもしたら一巻の終わり。”逃げる”以外を選択していいはずがない!

(だ、大丈夫、落ち着こう。きっと私の事なんて、もう忘れてるわ)

 むしろ、忘れていてくれ。

 そう願いながら、あかりは小さく深呼吸をすると、顔を伏せ縮こまるようにして、飛鳥と隆臣その友人の元をこっそり通りすぎる。

「新作って、どんなの?」
「夏向けのデザートらしい」
「へー」

 幸い二人は、未だに喫茶店のデザートについて話していた。きっとこれなら、こちらに気づくことなくサヨナラできるだろう。

 だが、そう思った時──

「あれ、あかり?」
「ひぃ!?」

 通りすぎようとした瞬間、飛鳥があかりに気付き声をかけてきた!しかも

(なんで、呼び捨て!?)

 あろうことか、超親し気に”呼び捨て”にされた。勿論ここは大学構内。まわりには他の生徒もたくさんいる。そんななか、いきなり呼び捨てで「あかり」などどいわれたのだ!!

「あ、やっぱり、あかりだ~。この前のカボチャ、全部食べれた?」

「……っ」

 だが、あかりの心中など知りもせず、飛鳥は、爽やかな笑顔を浮かべながら、あかりの側に近づいてきた。
 
 しかも、嫌いなカボチャを全部食べたのかと聞いてくる。何だこの人、嫌がらせの天才なのか?
 
 ちなみに、おばあちゃんからもらったあのカボチャは、かろうじて食べれる天ぷらにして全部食べました。四日間くらい天ぷらづくしだったけど……

「あかり、聞こえてる?」
「!?」

 すると、一向に返事を返さないあかりに、飛鳥が首を傾げながら再び問いかけてきた。おもったより近い距離に立つ飛鳥に、あかりは思わず後ずさる。

 いや、近づかなくていい。
 だいたい、そんなに仲良くなった覚えはないのに、なぜ呼び捨て!?

 コミュ力高すぎて、びっくりした。せめて「さん」くらいはつけてほしい!ていうか、なぜ名字で呼ばない!?

(あ、そっか……この人、私の”名字”知らないんだった)

 だが、思い返せは、お互い名乗っていなかった。

 先日、送ってもらった時も、もうこれっきりと思って、おたがい名乗らないまま別れた。なにより、あかりが彼のフルネームを知ったのも、今日たまたま。

 (どうしよう……ちゃんと名乗ったほうが良いのかな?)

 自分だけフルネームを知っているのは、少し不公平な気もして、あかりは軽く罪悪感を抱いた。

 それに、この前は荷物を持ってもらえて、とても助かった。ちゃんと名乗って、改めて、お礼を言ったほうが良いかもしれない。

 だが……

(あ、でも……この人、同じ大学に通っていることを隠してたし)

 すると、今朝のことを思い出し、かりの中には、またふつふつと別の感情が芽生えてきた。

 だいたい、もう関わりたくないのだ。
 ならば、名乗る必要があるのか?

「あかり、大丈夫?」
「!?」

 だが、またもや飛鳥が声をかけてきて、あかりはびくりと肩を弾ませた。

 先日の朗らかな雰囲気とは全く違うあかりの姿。それを見て、体調でも悪いのかと心配したのか、飛鳥は、不意にあかりの顔を覗き込んできた。

 さっきより近い距離で見つめられ、思わず身体が硬直する。改めて見れは、とても綺麗な顔をしていた。これなら、ファンクラブくらい余裕でありそうだ。

 どうしよう。いますぐ、逃げたい。

 ただでさえ、呼び捨てにされて、わずかながらに注目を集めているのに、こんなところを見られたら、明らかに知り合いだと思われる。

 いや、まだ知り合いならいいが、下手したら、彼女だと勘違いされる! そうなったら、刺される!!

「────ッ」

 瞬間、あかりはきつく飛鳥を睨みつけると、一切言葉を発することなく逃げるように、その場から走り去っていった。

「……ありゃ?」

 だが、いきなり睨まれ逃げられた飛鳥の方は、そりゃ意味が分からない。
 
(聞こえてなかった……のかな?)

 いや、目もあったし、あれだけ近かったのだから、それはないだろう。

 となれば……

(さてはアイツ、あえて無視したな)

 それに気づいた飛鳥は、何やら黒い笑顔を浮かべた。なんの恨みがあるかは知らないが、どうやら、完全無視を決め込んだらしい。

 すると、そんな飛鳥を見て、今度はその横に立つ隆臣が声をかける。

「……誰だあの子? お前、スッゲー睨まれてなかったか?」

「あー、少し前に話さなかったっけ? 迷子になってた女の話」

「あぁ、大河の言ってた優しそうなって、あの子か?」

「そうそう、でも、あれ間違いだった。アイツ、俺の善意をことごとく無に返そうとするんだよね。それになにあの態度。ケンカ売ってんのかな?」

「いや……なんでそんな犬猿の仲になってんの?」

 飛鳥が珍しく興味を示していた女の子のはずが、そんな彼女と、なにやら殺伐とした雰囲気を醸し出しているのを見て、隆臣はただただ顔をしかめるばかりだった。

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