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第4章 栗色の髪の女
第68話 警戒心とお礼
しおりを挟む「なんで、ついてくるんですか?」
閑静な住宅街にて──先程の本屋を後にし、帰路についていた飛鳥にむかって、女が睥睨しながら声をかけた。
確かに、女は今、飛鳥の少し前を歩いているのだが、もちろん、飛鳥が女の後をつけているわけではなく、この道は、ただ飛鳥にとっても帰り道だというだけなのだが……
「あのさ、人のことストーカーみたいに言うのやめてくんない? されたことはあっても、したことなんて一度もないよ。それに、俺はこの先右に曲がるから、君がまっすぐ行けば、そこでお別れだよ」
「そうですか、じゃぁ──どうぞ先に?」
「……」
すると女は、笑って手を差し出すと、まるで「早く行け」とでも言うかのごとく道の端によけた。そんな女の行動に、飛鳥はひくひくと口元をひきつらせる。
「なんで、そこまで警戒されなきゃならないのかな? ネタバレされたのがそんなに不満?」
「あなたこそ、なんで、ほぼ初対面なのに、あんな意地悪してくるんですか? 女性だと思ってたら男性だし、学部まで聞かれて、おまけにずっとついてくるなんて、私、一人暮らしなんです! だから、行くなら早くいってください!」
初めの和やかな雰囲気はなくなり、一気に険悪な空気を醸し出す二人。しかも、女が立ち止まったことにより、二人の距離は更に近くなった。
その距離で、飛鳥が改めて女を見ると、なんだかとても疑惑に満ちた瞳をしていて
(あー、これはアレだ)
あまり認めたくはないが、飛鳥にはこの眼差しに痛いほど理解があった。
この視線は、まさに飛鳥が、いつも不審者に向けているであろう視線。
(うそだろ……俺、もしかして不審者扱いされてる?)
今だかつてない事態に、飛鳥は表情を曇らせた。
だが、確かに言われてみれば、彼女の言う通り、柄にもなく意地悪なことをしてしまったし、学部のことを聞いたのも確かだった。
これが、逆の立場ならば、自分だって警戒するかもしれない。いや、むしろ警戒する。
巷で言う(イケメンに限る)は、通用する人間と、しない人間がいる。彼女はきっと後者なのだろう。
そう考えたら、彼女の警戒心は、自分と同じで、少し強い方なのかもしれない。
(でも……そのわりには無防備というか、危なっかしいというか)
だが、女の危機管理能力の低さに、飛鳥は深くため息をつくと、再び女に言葉を投げる。
「あのさ、勝手に"女"だって勘違いしてたのは君だろ? それに、警戒してるなら、一人暮らししてるなんてバラしちゃだめだよ」
「!?」
瞬間、女は目を丸くする。どうやら、自分の言動の恐ろしさに気づいたのか、女は一瞬顔を青くしたあと、再びにっこりと微笑むと
「いえ、 実家暮らしです! メチャクチャ大所帯で暮らしてます!」
「あはは! 今更、なかったことには出来ないよ」
よもや、前言撤回しにかかるとは!?
本当に、なんて危なっかしい女なんだろう。
するとその瞬間、飛鳥はふと自分の妹のことを思い出した。
まぁ、華に比べたら、彼女の方が警戒心はありそうだが、こうも無防備だと、なんだか心配になってくる。
正直、これで一人暮らしとか、親もよく許したものだ。
「君さ、もう少し気を付けた方がいいんじゃない? そんなんじゃ、いつか危ない目にあうよ」
「……っ、はぃ……すみません」
また何かしらの反論が帰ってくると思った。だが、そう思いきや、今度は素直な返事が返ってきて、飛鳥は少しだけ拍子抜けする。
だが、たとえ自分が、絶世の美男子だったとしても、男が後からついてくるという状況というのは、女性にとっては、あまり良い気分ではないだろう。
そう思うと、飛鳥は女の望みどおり、先にいくことにした。
「あかりちゃん!!」
だが、その刹那──
二人のもとに突如、女性の声が響いた。
ふと声のする方を見れば、側に建つ一軒家から、70代くらいのおばあさんがあわてて出てきたかと思えば、そのおばあさんは、飛鳥の横に立つ女の方へと駆け寄ってくる。
「やっぱり、あかりちゃんね! この前は本当に助かったわ。まさか、また会えるなんて!」
「あ、この前のおばあちゃん」
”あかり”と呼ばれた、その相手は、どうやら、その女のことのようだった。
すると、おばあさんは、少し重そうなビニール袋を手に女の前に立つと、息を付く間もなく話しかける。
「会えたら、お礼をしたいとおもっていたのよ。この前は、本当にありがとうね!」
「お礼なんていいですよ。そんなに大したことしてないし」
「なにいってるのよ! あかりちゃんが声かけてくれなかったら、どうなってたか……あ、これ、親戚が送ってくれた大根とカボチャなの。たくさんあるから持っていって」
「え!? あの……私こんなには」
「大丈夫よ! 食べたらあっという間よ! それじゃ、私玄関開けっ放しだから、もう行くわね」
「えぇ!? 危な──」
女はあわてふためくが、玄関をあけっぱなしのおばあさんを呼び止めることも出来ず、結局おばあさんは、立派な大根とカボチャをいれた袋を有無を言わさず持たせると、あっという間に去っていった。
「…………なにアレ?」
そして、まるで嵐のように過ぎ去っていったおばあちゃん目にし、飛鳥は呆然とする。
すると、手にした袋を握りしめながら、あかりは、おばあちゃんとのいきさつを話し始めた。
「あ、実は……この前町で具合悪そうだなと思って声をかけたら、薬を飲みたいけど水がないと言うので、近くのコンビニで水を買って届けただけ、なんですけど」
「へー……水ね」
親戚が農家でもしているのか、手渡されたそれは、かなり立派な大根とカボチャのようだった。
しかもそれが、3本と3個。
感謝の気持ちがその重さに比例するなら、とてもとても感謝しているのかもしれない。
だが、女性に持たせるには、幾分か重たすぎると思う──
「……貸して。俺が持つよ」
「え?」
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